第八節 魔道具師バルモン、鍛冶師グレナン
閑話「カラフェシリーズ」エピソード8 本編 ep.130
十月に入った王都、工房街の煙突はいつにも増して忙しく煙を吐いていた。冷え込む季節に備え、魔道具の修理や新造の依頼が相次いでいるのだ。
昼過ぎ、公爵家の家紋を付けた街乗り用の馬車がゆっくりと工房街を進み、看板にバルモン魔道具工房と書かれた一軒の工房の前で止まった。
アルフォンスは、帝国産のガラスを分解する過程で見つけ、分離した二つの不明物を調べるため、グラナートから名を聞いた魔道具師バルモンを頼ることにした。
もし分からなくともドワーフを紹介してもらえれば――そう思い、行き当たりばったりに工房を訪れたのだ。
工房の入り口から中を覗くと、のんびりとした空気の中でドワーフたちが作業をしていた。入口から「すみませーん」と声を掛けた。
「ここは子どもの遊び場じゃあねぇ。チョロチョロすんな、さっさと出ていきな」
アルフォンスは目を細め威圧を加え「工房主のバルモンか?」と質問を投げる。
バルモン工房主は思わず後ずさりした。
「な、なんだてめぇは……!」
アルフォンスは威圧を高め「工房主のバルモンか?」と同じ質問を繰り返す。
バルモン工房主は青い顔をしてコクリと首を縦に振る。
アルフォンスはそれまでの威圧を消し去り、穏やかに挨拶をする。
「アルフォンスといいます。グラから……グラナートから紹介されてたので、すみません先触れなしでお伺いしました」
バルモン工房主は戸惑いを隠せない様子で問い返す。
「……グラナートってぇと、まさか〈赤鉄〉のグラナートのことか?」
「はい、グラとはバストリアで魔道具を一緒に作ってました」
バルモン工房主は目を見開いてアルフォンスの顔を改めて見る。
「アルフォンス……おぉ、〈風印〉かっ! こりゃあ失礼したのう。ワシがこの工房を仕切っとるバルモンじゃ」
「僕のこと知ってるのですか?」
「……いや、見た目がイメージと違うでな、つい無礼を働いちまった。だがの、王都のドワーフでお主の名を知らんやつぁおらん。〈風印〉といやぁ、あの〈戦姫〉と肩を並べて戦った剛の者じゃと伝わっとるわ」
「風評被害だ」
背後から楽しんでいる気配が漂い、アルフォンスはどう話を進めるか思案する。
すると、アルフォンスの後ろからソフィア王女が顔を出し「バルモン焦りすぎ〜」と声を掛けた。
バルモン工房主は二人目の来客者が誰なのかようやく理解したようだった。
「こ、これはっ! ソフィア王女殿下……! い、いったいなぜ殿下が、こんな工房におられるのですかっ?」
「あたし、最近はアルとリュミとつるんでるからね。楽しそうだからついてきた」
バルモン工房主は呆然とした顔で口を開く。
「な、なんとっ! アルフォンス殿と一緒におるリュミ嬢って……まさか、あの〈炎爆〉のリュミエール嬢かっ!」
アルフォンス、ソフィア王女、そしてリュミエールは互いの顔を見合わせ、二呼吸ほど開けて声を上げた。
「炎爆ってなんですの!」 「「二つ名! カッコいい」〜」
工房内に案内され、席についたアルフォンスが切り出す。
「先ずは、忘れないうちに伝言を伝えます。マティルダ様が明日にでも公爵邸に来て欲しいとのことです」
バルモン工房主は少し顔色を悪くしながら確認をする。
「な、なんと……マクシミリアン公夫人様からのお呼び出しか!?」
「単に、生産してほしい魔道具の話なので安心してください。多分ですが、改良と他の工房への教育支援を頼まれるのではないかと思います」
「魔道具の生産はわかるが……改良と教育だと? そりゃまた大層な話じゃのう」
「細かいことは直接聞いてください。魔道具の作者ではありますが、どうしたいかは聞いていないので」
「わかったわい。明日、うかがうつもりじゃ。話をじっくり聞かせてもらおう」
アルフォンスは従僕から小箱を受け取り机に置く。
「本日伺ったのは、この鉱物の名前を知りたかったからです。バルモン工房主さんは鉱物の分析は得意でしょうか?」
バルモン工房主は小箱の中にある鉱物を触り「得意ではねぇな」と首を振る。
「やはり得手不得手はあるのですね」
「そうじゃのう、やはり鉱物に強い者は鍛冶師を目指すもんじゃ。ワシは〈魔法陣〉の扱いが向いとったから、魔道具師の道を選んだわい」
「ちなみになのですが、鍛冶魔法の〈変形〉や〈造形〉はどうでしょうか?」
バルモン工房主は首を左右に振る。
「そうですか、どなたか得意そうな人を知りませんか?」
「この流れで紹介できるのは……グレナンぐらいかのう」
「グレナンというと?」
ソフィア王女は椅子から身を乗り出す。
「やっぱり頑固なドワーフだよ〜。鍛冶師しててね、王宮で会ったことあるんだよ。お店知ってるからそっち行こいこ〜」
アルフォンスは席を立つ。
「突然来訪して騒がしくしてすみませんでした」
「いやいや、いきなりあの態度はさすがにまずかったのう。アルフォンス殿とリュミエール嬢に会えたのは、ほんに嬉しいわい」
アルフォンスとバルモン工房主は力強く握手し、工房を後にした。
バルモン工房――
その後、防寒魔道具の生産販売を開始する。使い勝手の良さと冬に向うタイミングもあり好評な評価を受ける。そして、簡易版の開発に成功し爆発的に忙しくなる。慌てて、他の工房に声を掛け職人の教育を開始する。王都中の魔道具工房が簡易防寒魔道具を作ったが需要を満たすことは叶わなかった。つまり、王都中の魔道具工房が不夜城のようになり、近隣の街から魔道具師を人攫いのようにかき集めこの冬を凌いだ。
公爵家の馬車は再び街中をゆっくり走り、ソフィア王女の誘導で一軒の工房に到着した。
やはり年季の入った看板には『グレナン鍛冶工房』と書かれていた。中からは鍛冶の音が響いている。かなりの騒音になるためか、この辺りは鍛冶工房が集められ騒音対策が施されていた。
アルフォンスは鍛冶工房に足を踏み入れ、響き渡る槌音に負けないよう腹から声を張り上げ「すみませ〜ん」と声を掛ける。やがてけたたましい音がぴたりと止み、奥からひとりのドワーフが眉間に皺を寄せて姿を現した。
「なんだ、ガキがこんなとこに来ちまったら怒られるぞ。危ねぇからさっさと帰れや!」
「アルフォンスといいます、バルモンさんから紹介されて訪問させてもらいました。少々、お話してもよろしいでしょうか?」
「あ? バルモンの紹介か。まぁ、休憩するところだから入っていいぞ」
ソフィア王女がアルフォンスの横からひょっこり顔を出し、グレナン工房主に声を掛ける。
「バルモンって、口は悪いけど子どもには優しいよね〜。お久しぶり〜」
グレナン工房主は聞き覚えのある声に視線を移し、ソフィア王女の姿を認めると二度、三度と瞬きをして固まった。
「なんだと……ソフィア王女殿下が、こんなとこに来ちまうとはのぉ! 護衛も連れずによ、危なっかしいったらありゃせん!」
ソフィア王女は悪戯っぽく口の端を吊り上げてみせる。
「護衛なんていらないよ〜。〈風印〉のアルフォンスと〈炎爆〉のリュミエールが一緒なんだよ?」
リュミエールは頬を朱に染め、慌てて声を上げた。
「ちょっ、ソフィアなんでその恥ずかしい二つ名を出すんですの」
グレナン工房主は大きく目を見開いたまま、「はぁー……まさかのぉ!」と呆然と呟くしかなかった。
アルフォンスは呆然とするグレナン工房主に構わず、「ちょっと見てもらいたい鉱物がありまして」と本題を切り出した。
我に返ったグレナン工房主はアルフォンスたちを工房の奥へと通し、机を挟んで向き合う形になった。
「で、見せてくれっつうのは何だ?」
アルフォンスは控えていた従僕から小箱を受け取り、ことりと机の上に置いた。
「ん? これか?」
グレナン工房主は小箱の中の鉱物を指先で転がし、穴が開くほどじっと見つめている。
「あー、なんだよ、変なもん持ってきやがって……こっちは炭酸カルシウム、あっちは酸化コバルトってわけか!」
アルフォンスは聞き慣れない単語に首を傾げた。
「炭酸カルシウム?」
「ん? 知らんのか。普通に呼ぶなら石灰ってやつじゃな」
アルフォンスは納得したように一つ頷き、
「石灰か! 石灰を触ったころは分析を使ってなかったから分からなかったのか」
「ほぉ、分析ができるとな? んじゃ、ちと待っとれ!」
グレナン工房主はそう言うと席を立ち、工房の奥へと消えていく。やがて、古びた木箱を抱えて戻ってきた。
「鍛冶やっとると、酸化したやつらが結構出るんじゃ。こりゃ捨てるもんだが、一応分けてあるんじゃよ」
グレナン工房主が持ってきた箱には、いくつもの陶器の壺が収められていた。その中から『酸化コバルト』と走り書きされた紙が貼られた壺を取り出し、アルフォンスの前に置く。
「これが酸化コバルトだぞ。んで、こいつをよく見てみろ」
アルフォンスは言われるがまま壺の中身に意識を集中させ、土魔力を通して分析を行う。すると、思わず「あれ?」と声が漏れた。
「さっきの酸化コバルトと少し違う?……いや、違うな。違う鉱物が混ざってるのを誤認したのか」
「あたりだな。こいつを見落としておったんじゃ」
アルフォンスはグレナン工房主が指し示した別の鉱石に視線を落とし、「鉛……」と呟いて目を細めた。
「その辺りはグラナートに鍛えられたか? ぱっと見で分かるとは、よぉ、ちゃんとやっとったのぉ!」
その様子に、グレナン工房主は満足げに頷いた。
「その箱はやる。全部酸化したやつらでゴミみたいなもんだが、お前さんには必要そうだからな!」
アルフォンスは深い感謝を込めて頭を下げた。
「助かります。これで勉強させてもらいます。もしよかったらまた訪ねてきてもいいですか?」
「ほぉ、異変の英雄〈風印〉が遊びに来るんか。こりゃ鼻が高ぇわ!」
思ったよりも長居をしてしまったが、大きな収穫にアルフォンスは満足しながら工房を後にする。
戻りの馬車の中、アルフォンスはなんだか落ち着かない様子で、リュミエールとソフィアに頭を下げた。
「ごめんね、なんか放置しちゃった感じになっちゃって」
リュミエールはくすりと笑って、アルフォンスの不安を打ち消すように優しく言った。
「ふふ、問題ありませんわ。そうなるのが分かっていてついてきたんですもの」
ソフィアも楽しそうに同意する。
「久しぶりの工房は面白かったよ? バルモンもグレナンも元気に働いてたし」
三人で談笑し、次に何をするか話し合っていると、ゴトゴトと揺れる馬車は、いつの間にか公爵邸に帰り着いていた。
馬車を降り、屋敷に向かって歩きながら、三人で今日一日を振り返る。
やることを共有し、笑いながら一日を過ごすことで、――アルフォンスたちの心の距離は少しずつ近づいていくのを互いに感じていた。




