第七節 帝国のガラス、造形の深淵
閑話「カラフェシリーズ」エピソード7 本編 ep.122
十月に入った王都は、すでに冬の気配を漂わせていた。朝は靄が石畳を淡く包み、街路樹の葉は赤や黄金に染まりながら冷たい風に揺れる。
陽が高く昇っても、空気には張りつめるような冷たさが残り、人々は外套の襟をかき合わせながら行き交っていた。
公爵邸のガゼボにいつも通りの人影はなく、本館の馬車止から笑い声が響いてくる。停めてあった馬車に四つの影が乗り込み、アルフォンスたちはシグヴァルドたちと午前中の武術実技授業に向かっていった――。
昼前、武術実技授業に出かけていたアルフォンスとリュミエールは公爵邸に戻り、いつものガゼボで授業中に感じた懸念の話をしていた。
リュミエールは眉をひそめた。
「あの雰囲気はさすがに不味そうですわね。対立を煽っているという空気は感じませんでしたが少し不自然に感じました」
アルフォンスが顎に手を当てる。
「確かにそうなんだけど、教師たちに動きが見られないのがちょっと気になるね。立場的なものがあったとしても何もできないわけではないからね」
「バーン」
勢いよく扉が開き「アル、リュミ、ただいま〜」とソフィア王女が入ってきた。
リュミエールは思わず笑みをこぼす。
「ソフィア、扉はノックしても壊れませんから心置きなくノックしてね」
ソフィア王女はへへっと舌を出した。
「扉は大丈夫でもわたしの手が壊れちゃうのよ〜。でね、ガラスは好評でガラス工房は地獄の一歩手前? とにかく忙しいみたいで嬉しい悲鳴の嵐よ」
リュミエールは少し心配そうに言う。
「加減してあげてね。そう言えば、バストリアの話って聞いてます? 最近、グラナートさんから手紙来てませんわよね? アル」
アルフォンスはぽんと手を叩いた。
「あっ! そうだった。グラに夢メモを送ってるけど、そっちも感想来てないね。九月中旬から来てなかったのに確認してなかったよ」
リュミエールは真剣な顔になった。
「わたしの方から確認の手紙を出しましたけど返事はまだですわね。執事長に送って返事がないのは変よね。後で確認しておきましょう」
ソフィア王女は周囲を見回した。
「あー、バストリアかぁ。……あっちは大騒ぎみたいよ」
二人は驚きで目を見開きソフィア王女を見つめる。
ソフィア王女は照れたように笑う。
「そんなに見つめられると照れるわ〜。あれよ、ガラス工房も王都以上に忙しいみたいだし、魔道具工房は新作を出しまくって魔道具好きが押し掛けてて半分お祭り? みたいな」
「まぁ、暇よりは全然良いことですよね」
リュミエールは呆れながら目を細めて「それだけ?」と、少し非難の色が混ざった声でつぶやく。
アルフォンスは肩を竦めてみせた。
「いやほら、王都に来ちゃってるからどうしようもないし」
リュミエールは頷き、「それもそうね」と応える。
ソフィア王女は頬を膨らませた。
「いや、それはそうだけど淡白な反応過ぎない? まぁ、そういうとこも好きなんだけどね」
昼食の準備が整い、三人とマティルダ公爵夫人の四人で食卓を囲む。ソフィア王女が面白おかしくガラス工房の顛末をマティルダ公爵夫人に話して賑やかな昼食となった。
「あっ! そうそう、帝国産のガラスだけど叔母様の伝手で回してもらったの。ガゼボに運んでおいたわ。叔母様、ありがとうですわ」
マティルダ公爵夫人がにこやかに答える。
「イザベラお母様に聞いた範囲ですと、辺境伯領でも帝国産のガラスではそれなりに騒動になったようですわね。物持ちが良いので今は少し落ち着いたようですわ」
アルフォンスは確認するように尋ねた。
「帝国産ガラスで確認されている色合いとか情報ありませんか? 今回、用意してもらった分の色合いは後で確認します」
マティルダ公爵夫人は考えを巡らせた。
「色合いは聞いてなかったわ。アルフォンスは三色よね? それ以上に色合い出せそうですか?」
「調べていけば出てくると思います。ただ、この部分は工房が独自に考えて工房らしさに生かすところかなと思っています――」
「産業局で保護の仕組みがあるといいかなって思いますが今はそれどころではありませんね」
マティルダ公爵夫人は承諾した。
「産業局は、リーズが関わってるから話を入れておきますね」
昼食の後は、アルフォンスたち三人はガゼボに移動した。アルフォンスは「先に確認するね」と、二人に声をかけて帝国産のガラスを見に行った。
ソフィア王女はリュミエールに問いかけた。
「リュミだったら、ガラス関連ってこの後どうする?」
リュミエールは小首を傾げ考えを言葉にした。
「そうですね、……基本は産業局に丸投げですわね。そのためにあるわけですし。ソフィアだって、ガラス関連に政治力が必要なので責任者ですし」
ソフィア王女はため息をついた。
「だよねー、あ〜あ、アルやリュミと遊べる時間終わりか〜。もっと遊びたかったのに」
リュミエールは微笑んだ。
「あら、別に責任者が終わってもここに来れば同じですよ。公務をするとしても時間は取れますよね?」
ソフィア王女は「えっ? 来てもいいのかな?」と、目を輝かせ声を上げた。
「わたしもアルもソフィアが来るの、楽しみよ」
ソフィア王女は満面の笑みになった。
「後で後悔しても遅いぐらい遊びに来るわ!」
アルフォンスは会話を聞き流しながらガラスをチェックしていく。
思ったよりも壊れたガラスが多く『これなら分離しても心が痛まないで済む』と、壊れているガラスを分別し確認を進めていく。
アルフォンスが、分類し終わったガラス片を見ながら声をかけた。
「分別終わったよ。壊れたのが多かったけどソフィアは理由知ってる?」
ソフィア王女は首を傾げた。
「んー、確か衝撃に対しては王国のより弱いって言ってたかな。でも、大事に扱えば王国のよりだいぶ長持ちするみたいだし綺麗だから人気は続いてるみたいよ」
アルフォンスは分離に特化させた錬成陣を展開して壊れたガラス片を慎重に置きながら、ソフィアに応える。
「粘りとかが少ないのかもね。でも、壊れやすいとなると帝国から輸送するの大変そうだよね」
アルフォンスは土属性の分析をガラス片に使用し、分かっている不純物から分離していく。リュミエールとソフィア王女はそれをじっと見ていた。
アルフォンスは顔を上げた。
「酸化鉄と酸化銅は分かるから取り除いた。後は二つほど不明なのがあるから別々に分離して鍛冶師か魔道具師に聞いてみよう」
侍女に小箱に敷布して用意するようにお願いし、それぞれ不明物を分離していく。用意された小箱に不明物を入れてアルフォンスは一息つく。
「これからちょっと魔道具師のバルモンさんとこに行こうかと思うんだけど?」
リュミエールは顎に手を当てた。
「バルモンさんというと、グラナートさんが『王都で一番腕が立つ』と言っていた魔道具師の方ですよね。先ほど分離したものを見てもらうのですか?」
「うん、見ても分からなかったらドワーフの知り合いを紹介してもらおうかと」
リュミエールは驚いたように目を見開いた。
「それは……ある意味で合理的な進め方ですね。行き当たりばったりですが」
ソフィア王女はぱっと顔を輝かせる。
「バルモンなら会ったことあるよ〜。めちゃ頑固だけど面白いんだよね。お店知ってるから行こいこ〜」
リュミエールが馬車の手配をしている間にアルフォンスはマティルダ公爵夫人に「魔道具師のバルモンさんのところに伺います」と、行き先を告げた。
マティルダ公爵夫人は何かを思い出したように言った。
「あっ、そうだった。アルフォンス、バルモンに明日にでも顔を出すよう伝言をお願い。防寒魔道具や、その簡易版の生産をお願いする積りでいて」
アルフォンスは振り向き、「分かりました」と応じて執務室を後にした。
馬車止めで合流し、三人はバルモン魔道具工房に向かった。馬車の中では造形について談笑が始まる。
アルフォンスは腕を組んだ。
「僕のセンスは置くとして、造形を使える形に落とし込みたいんだよね。魔道具化を考えると形をどう定義するか? につきそうなきがする」
リュミエールは静かに考えを述べる。
「アルのセンス情報がどういった形で錬成陣に流れているか。ここがポイントだと思います。視覚イメージでないことは確かですから難しいですね」
ソフィア王女は茶目っ気たっぷりに笑う。
「アルのセンス情報が錬成陣で誤解釈されてたり? でも、グラナートはあんまり考えてなさそうだよね。ドワーフって絶対お酒が伝達物質だよ。切れると止まる」
アルフォンスは何か閃いたように声を上げる。
「そうか、とにかく何かは流れてる。その誤解釈を何とかすれば僕の造形も良くなるんだな」
リュミエールとソフィア王女は顔の前で手を振った。
「「なったら、イイネ」」
なぜ造形をドワーフは使いこなせるのか? そこに造形の深淵がある――かもしれないとアルフォンスは思った。




