第五節 変形と造形、謎の茶器
閑話「カラフェシリーズ」エピソード5 本編 ep.106
王都は、少しずつ秋から冬へと装いを変える中、気の早い人々は冬支度のリストを片手に行き交い、そうでない人々は続々と届く秋の味覚を楽しみ、季節の変わり目の空気が街に静かに満ちていた。
ガラス生産の検証をダリナン工房に任せたことで、アルフォンスにそれなりの余裕が生まれた。そこで、ソフィア王女に帝国産のガラス製品を入手できないか打診することにした。
「帝国産のガラス? 辺境伯領からだから難しいかも? んー、叔母様の伝手も借りましょう。えっ?……壊れてるのでもいいの? 分かった〜、手配しとくね」
ソフィア王女は、この後、ガラス工房主たちの会合に顔を出し生産に向けた根回しの予定があるので、そそくさとガゼボを後にした。
アルフォンスは〈変形〉の錬成陣を調整していた。ガラス塊の変形を試みているが上手くいってない。変形の過程で割れて形にならない状況が続いていた。
「ガラスが硬いわけではない。たぶん、硬さでなく柔らかさが変形の鍵なんだろう。試しに金属や粘土を素材にしてみるか」
リュミエールが、そっと声を掛ける。
「お茶にしませんか? 材料の手配に少し時間が掛かりますし。根を詰めても閃きは生まれませんわ」
「ありがとう、リュミィの方はどう?」
リュミエールはお茶を淹れながら「順調ですわ」と微笑みを向けた。
リュミエールは、空いた時間を使い、ポーションを作成したり、三属性の混合を操作したりと鍛練を続けていた。
最近では、暇していた愛馬のリトルを連れてきて話し掛けたりブラッシングしたりとかなり自由にしている。
ティーカップから香りが立つなかでゆったりとお茶をする二人は、リラックスした様子で談笑にふける。
「変形で砕けるというのは不思議ですわね。錬金術は物理的な圧力ではないイメージなのですが」
「錬金術でも、物に作用する時は物理的になると考えてたけど、確かに純粋な物理か? というと疑問がのこるな」
「形を変えることが難しいとしたら、形を作り出すというアプローチはどうでしょうか? 粉々にしたガラスから形作るとすれば砕けるというのは回避できますわ」
「えっ? ……粉々のガラス。リュミィは発想の天才だよ! 砕けたガラスを目にしながらその発想は出てこなかった」
リュミエールはアルフォンスの絶賛を受けて、照れながらも口角は少し上がっていた。ハッと取り繕うように話題を変える。
「ソフィア遅いですね。ガラス工房主の会合で問題でも起きたのでしょうか」
「確かに遅いね。連絡が来ないということは先触れも出せない感じなのかな」
アルフォンスは控えている侍女に「確認を出してください」と、お願いをした。
「ガラスを砕くのは簡単だけど、どうせなら均一の粒になってたほうがいいよな。となると、土魔法の粉砕がベースになりそうだけど……魔道具として存在しないはずはない。たぶん違うんだろうな」
アルフォンスは敷布とガラス塊を持ってガゼボから出る。少し離れた場所に敷布を敷きガラス塊を置く。
リュミエールに魔法を使う事を伝え、腰を落としてから「粉砕」と魔法を発動すると、ガラス塊は爆砕されたように吹き飛んでいった。
「やっぱりこうなるか。これを魔道具にしたら危険すぎる。でも、やりようはありそうな感触ではあるな」
「アル、掃除しないと苦情が出ますわ」
「あっ……そうだよね。風魔法で集まるかな? ガラスは感知できるから土属性の魔力で何とかなるか?」
「わたしの魔法で集めてみますわ」
リュミエールは目を瞑り風魔法を発動する。小さな竜巻が十個程度生まれ、思い思いに動き回る。アルフォンスは「凄い!」と歓声を上げその魔法に見入った。
小さな竜巻は集まり始め、融合し、そして消えていった。
「ふぅ、さすがに魔力制御にかなり負担が掛かりますね。どうでした?」
「凄いよ! 思い思いに動き回るように見えて全部制御してたんでしょ? ガラスの破片は綺麗に集まってる」
リュミエールは嬉しそうに微笑む。
「さ、粉々になったガラスは手に入りましたし、アルは作業を続けてください。〈変形〉を使われるのですか?」
リュミエールは、侍女にガラス片を集めるように指示しながらアルフォンスに問い掛ける。
「いや、どちらかと言うと〈融合〉をベースに〈変形〉に補助させた方が上手く行きそう」
アルフォンスは、テーブルの上に〈融合〉をベースとした錬成陣を構築し、その錬成陣を改変して〈変形〉の魔法陣を組み込んでいく。
リュミエールは集まったガラス片を受け取り、テーブルにそっと置いた。
アルフォンスは真剣な顔で錬成陣を整えていき一呼吸する。
「たぶん、こんな感じで行けそうな気がする」
リュミエールがそっとテーブルに置いたガラス片を錬成陣の中に置き直す。アルフォンスが、静かに魔力を流していくと錬成陣に淡い光が走り、ガラス片が融合しその形を変えていく。
「アル? これは何かしら?」
「さぁ……何だろ。ガラスのティーカップを作ろうとしたんだけど……花瓶?」
「百歩譲っても花瓶ではないでしょう。……あっ! 公爵領の異変の時に見た瘴気核ぽくないですか?」
アルフォンスは力なく項垂れて「瘴気核……」と、呟いた。アルフォンスは虚ろな目をし、気お取り直して〈粉砕〉の魔法陣を錬成陣に組み込んでいく。
「何となく嫌な予感がしますわ。先ほどの錬成陣と随分と雰囲気が違いますもの」
「あっ……これ違う魔法陣組み込んでる。ごめん、これ〈粉砕〉の魔法陣みたい」
「休憩してお茶にしましょう。もう少しでお昼ですわ」
お茶で一息つき、アルフォンスは気分を変えるため湯殿で流してくるとリュミエールに伝え本館に歩いていく。
リュミエールは少し考えて、愛馬のリトルに近づき軽く乗馬を楽しんだ。
昼食にまだ少し時間があったのでラウンジで談笑していると、シグヴァルドとマリナが帰ってきた。
「最近ってほどでもないんだけど、学園内の空気がだいぶ悪くなってる。男子連中と女子の壁が厚くなったというか」
「そうね、以前は男女で動いてたグループも一緒にいないことが多くなってると友達が言ってたわ」
「バーン」
勢いよく扉が開き「アル、リュミ、ただいま〜」とソフィア王女が入ってきた。
啞然とする四人を置いて、ソフィア王女はそのままソファーに座り、侍女に紅茶を頼む。肩で息を整えながら話始めた。
「シグとマリナも戻ってたのね。今、わたしはガラス生産の責任者やってるんだよね。さっきまで会合に出てたんだけど、話が長い長い。ちゃちゃっと決めればいいのに長いの。参っちゃうわ〜」
「ソフィア、飛ばしすぎですわ」
「おっと、ごめんごめん。会合は無事終わったから各工房で試作の流れになったわ。原料のベースは、分離魔道具を設定し直して使うから予定通りな感じね」
「最近何かしてると思えばガラスか。ていうか、会合って王都のガラス工房を全部巻き込んだのか?」
シグヴァルドは呆れを通り越して引き気味に仰け反る。
「ところでさ、そこにある謎のガラスは何? なんか凄いことになってない?」
ソフィアがテーブルの上の物体を指差すと、リュミエールは顔を手で隠し肩が小刻みに揺れていた。シグヴァルドとマリナは、未だ状況を飲み込めない様子で目を見開いて謎の物体を凝視していた。
「シグたち、気が付かないのはどうかと思うよ? きっと、そこらの魔物より存在感ある。間違いない」
リュミエールの肩がさらに振動を増し「だめ、勘弁して」と小さい声が漏れ聞こえていた。
「なんだよ、それはティーカップだよ」
堰が切れたかのように爆笑するリュミエール。とても珍しい光景に唖然とする四人。マリナが、まじまじと謎の物体を見てボソリと呟いた。
「これがティーカップ? ……乙女心には響かないですわ」
呟きをもろに聞いてしまったシグヴァルドとソフィアは笑い始め、マリナも釣られて笑い始める。
アルフォンスだけは「ちょっと造形に問題あるだけだよ……たぶん」とひとり拗ねて謎の造形物を撫でていた。




