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第十節 王都の不夜城、カラフェの夢

閑話「カラフェシリーズ」エピソード10 本編 ep.143

 十月の王都(リヴェルナ)は、透き通るような青空に包まれていた。柔らかな陽光が石畳を淡く照らし、白亜の城壁や尖塔を輝かせる。


 街路樹の葉は黄金や紅に染まり、秋の風にそよぐたび、舞い落ちた葉が行き交う人々の肩や帽子をくすぐり、ささやかな笑いを誘っていた。


 アルフォンスは、いつものガゼボでいくつかのガラスサンプルを眺め、深く悩んでいた。眼の前にあるのは、何となく勢いで量産してしまった石灰を混ぜたガラスたちである。


 悩みの種は、アルフォンスに形を整える手段が存在しないことだった。


「リュミィはソフィアに任せた方がいいと言っていたが……それでいいのか? やはりここは〈造形〉を極める時ではないのか? 今なら、〈粉砕〉を安全にできる。そう、準備は整っている。いまこ――「やっほ〜、アル、おはよ〜」……」


 思考を遮られ、アルフォンスは顔を上げた。


「おはよう、ソフィア。今日は早いですね」


 ソフィア王女は、にこりと花がほころぶように笑った。


「うんうん、その挨拶が欲しくて早起きしたんだよ。やっぱ、呼び捨てでおはようの挨拶はグッとくるよね」


 ソフィア王女は腕を組み、うんうんと頷きながらも口角は上がっていた。その様子は、まるでお気に入りのご褒美を得た子どものようだ。


「で、なに悩んでるの? なんか微妙な顔してたよ?」


「微妙ですか……。いや、このガラスたちなんだけど、少しずつ原料が違うんですよ。今、耐久性に関して進めてるんでサンプルで作りました。とりあえず、飲み物を入れて耐久性を見ようという話になったのですが……水差しにできないんです」


「あー、うんうん。造形に問題があるってやつだよね。分かるわかるわ〜」


 ソフィア王女は少し悲しげな目でアルフォンスを見て、そっと手を伸ばしアルフォンスの頭をナデナデする。ナデナデしながら「これはいいものだわ〜」と小さな声でつぶやいているのは聞かなかったことにするアルフォンス。


「あら、ソフィアは早いのですね。昨日は来なかったのでちょっと心配でしたわ。今日は一日いられる感じですの?」


 ちょうど散策から戻ってきたリュミエールが、穏やかな表情で声を掛けた。


「リュミ、おはよ〜。そうなのよ、昨日は、クラリスお母様が突然公務を投げてきて逃げ切れなかったの。リーゼお母様も巻き込まれて二人でしょんぼりよ〜」


「それは、逃げ切れる道筋がそもそもなさそうですわね。そうそう、アルの眼の前に並んでるガラスで水差しを作って耐久試験をしたいのだけど、受けれそうな工房あったりします?」


「だよね〜、クラリスお母様は逃げ道を残すような心優しさはありませんわ。で、工房? なんか、そのガラスの評価が終わったら忙しくなりそうな気配を感じるわ。ということは、余力があるとこでないと不夜城が増えてしまいますわね」


 ソフィア王女はあごに手をあてて考え込む。しばし考えた後に「不夜城増えてもいっか」と割り切った顔を向けてきた。


「最近、近隣のガラス工房も王都で修行? というか巻き込まれてるのよね。巻き込まれた工房はまだ余力あるわ。というか、丁度良くない? 後から来ても新しいことに挑戦できるってのは魅力的……なはずよ!」


 ソフィア王女は「ちょっと声掛けてくる〜」と凄い勢いで本館に向かっていった。ドレスの裾が翻り、あっという間にその姿は遠ざかる。


「そこまで急いではいないんだけど」


 アルフォンスは苦笑いを漏らした。


「ソフィアとしては、遊ぶ時間を確保するために押し付け先を決めたいのよ」


「なるほど? 僕としては遊んでるつもりだけど、ソフィアは楽しいのかな?」


「王女様ですからね、なかなかこういった交流は難しいから」


 リュミエールはそう言って、アルフォンスの隣に静かに腰を下ろした。


 少しするとソフィア王女が戻り、ガゼボでお茶を飲みながら新作の粉末果物の試食をしたりして、まったりした午前中を過ごした。窓の外の木々の葉が、秋の柔らかな陽光を浴びてキラキラと輝いている。


 昼食の後もガゼボに集まり、午後の過ごし方について話し合いを始める。木漏れ日がテーブルに柔らかな模様を描いていた。


「最近、アルは鍛練はしてますけど乗馬してませんわ。少し乗馬をしませんか?」


 リュミエールが楽しげに提案した。


「確かに乗馬はしてなかったな。ソフィア、乗馬を少しやらないか?」


「いいねー、わたしも乗馬してないからいいかも」


 そばで話を聞いていたリトルがブルルと鼻を鳴らしリュミエールにすり寄って来る。アルフォンスは相棒というわけではないが付き合いが比較的長い馬を、ソフィア王女は相性が良さそうな大人しい馬を連れ出し馬具を付ける。


 公爵邸タウンハウスは、敷地全体が防衛を前提に作られている。馬場は、移動通路も兼ねているため複雑に入り組み、かなり自由に走路を選べる。


 庭園の横を抜けたり、小さな森を抜けたりと三人は楽しそうに笑い、談笑しながら乗馬を楽しんでいた。馬の蹄が土を軽く蹴る音が、穏やかな午後に響く。


 直線路では、リュミエールが「競争しましょう」と、リトルに伝えぐんぐんと加速していく。アルフォンスとソフィア王女は「ずるい!」と後を追うが、どんどんと離されていく。


 ソフィア王女が「速すぎよ」と言えば、「リトルは魔馬の血が流れてるからね」と速度を上げても会話できるだけの技量は取り戻していた。


 ひとしきり乗馬を楽しみ、馬にお礼の手入れを行い、おのおの身支度を整え直して再度ガゼボに集合する。


「相変わらず、リトルは凄いし乗りこなすリュミィも凄いな」


「ほんと、あの加速はありえないわ〜。あれでも全然ほんきではないんでしょ? 凄いわ〜」


 ソフィア王女は息を弾ませながらそう言った。


「ふふ、リトルはとても気を遣ってくれるので負担は少ないのです。子どもの頃からずっと一緒ですし、家族ですから一緒にいられて本当に嬉しいわ」


 リュミエールは目を細めてリトルへの愛情を滲ませる。


 アルフォンスがふと、テーブルに置かれた粉末果物を眺めていて「これ、飲み物に入れたらどうなるかな?」とつぶやいた。


「飲み物って何に入れるの? お水だと薄まっちゃうよね?」


 ソフィア王女は首を傾げる。


「味がついてる飲み物も相性が難しそうですわ」


「ん〜、……まずは身近な紅茶に入れてみよう。すみませんが、紅茶を多めに用意してください」


 アルフォンスは紅茶で実験しようと、侍女に声を掛けて準備してもらう。紅茶が淹れ終わるまでの時間で冷却保管箱も用意して紅茶を冷やす準備を進めておく。紅茶を受け取りテーブルの上で作業を始める。


「暖かい紅茶と冷たい紅茶で試してみよう。無難に混ぜる粉末果実は、柑橘系にしておけばあまり大きな失敗にはならないはず。たぶんですが――」


 まず、紅茶をざっくりと三等分し、ひとつをリュミエールに、もうひとつをソフィア王女に渡す。柑橘系の乾燥果物を〈粉砕〉の錬成陣で粉末果物にして二人に渡す。二人は悩みながらも粉末果物をティースプーンで掬い入れていく。


 リュミエールは、注意深く粉末果物を入れながら「アルは入れないのですか?」と、横目で見ながら声を掛ける。


「この紅茶は冷やした後に粉末果物を入れる。何となく暖かいうちの方が混ざりやすそうだけど、お試しだからね」


 ソフィア王女が思い出したように「そういえば、石灰ともうひとつ不明物なかったっけ?」と、こちらも注意深く作業しながら横目で聞いてくる。


「あー、石灰と鉛だよ。ガラスの原料に混ぜやすそうだったのが石灰だったから石灰で試した。確かに鉛はやってなかった。鉛はちょっと扱いが厄介だから、少し離れた場所で粉にするね」


 アルフォンスはガゼボから少し離れた位置に敷布を敷き錬成台を上に置く。


「アル、先に暖かい方は味見してみませんか? 混ぜ終わりましたわよ」


「了解、ソフィアの方も終わった感じ?」


「終わったよ〜、もう冷却保管箱に入れちゃったよ?」


 アルフォンスは席に戻り、紅茶が配膳されるのを待つ。侍女が手際よく紅茶をティーカップに淹れ配膳していく。辺りには芳醇な紅茶の香りに混じり、柑橘系のスッとした香りが漂う。


「この匂いは、かなりいいね。スッとした香りで、紅茶の芳香が際立って感じる」


「そうですわね、この香りはかなり良いと思いますわ」


「うんうん、これかなり美味しいよ?」


 アルフォンスとリュミエールはギョッとしてソフィア王女を見ると、既に美味しそうに紅茶を飲んでいた。


「ソフィア、あなた躊躇いなく飲みましたわね」


「匂いは好きな部類だし、匂いが大丈夫なら全然大丈夫だよ〜」


「おぉ、これは……かなり好みの味になった気がする」


 アルフォンスも一口飲んで、その風味の良さに目を瞬かせた。


 リュミエールがアルフォンスに「もぅ」と口を尖らせながら紅茶に口をつける。


 リュミエールは目を見開いて、「これは美味しいです」と、侍女たちを呼び寄せ感想をお願いする。侍女たちの感想は「とても美味しいです」と返ってきた。


 リュミエールは、アルフォンスが追加で作っていた粉末果物を侍女に渡し「マティルダ様が戻られたら出してください」と、お願いする。


 アルフォンスは先程やろうとしていた鉛の粉砕作業に戻る。鉛は身体に良くないため、ある程度密閉できる陶器の壺を棚から取り出して準備を進めていく。


「粉砕中は周囲の〈風の防壁〉が飛散を防いでくれるから粉砕後の手当だな。一番簡単なのは周囲に〈防壁〉を風魔法で出せばいいよな。リュミィ、鉛を粉砕するからこっちに来ちゃ駄目だからね」


「分かりましたわ。ソフィアも近寄っては駄目よ」


 アルフォンスは周囲を確認し、風魔法で周囲に〈防壁〉を展開してから錬成陣に魔力を静かに流し始める。


 錬成陣に淡い光が走り、〈風の防壁〉が展開され、やはり待機状態に移行した。


 小さく「粉砕」と声に出し鉛を粉砕する。粉末状になった鉛を慎重に壺に入れ周囲の〈防壁〉を止める。


「鉛の粉砕は終わったけど、このままガラス錬成で使うから近寄らないでね」


 ガラスの原料を取りに移動しながらアルフォンスは二人に声を掛ける。三色の原料を錬成台の横に置き少し考える。


「分量は正直分からないから石灰のときと同じ適当でいいか」


 石灰のときに使ったスプーンを用意してガラスの原料に混ぜて錬成、混ぜて錬成を繰り返していく。


 各色のサンプルとして五個作り終わったところでガラス塊を持ってガゼボのテーブルに戻り、ガラス塊をテーブルに並べる。


「なんていうか、少しガラスに重厚感が出た感じでしょうか? 表現は難しいですが、落ち着きが出たように思いますわ」


「うわ〜、これ結構渋くない?って、このガラス塊重いですわね。リュミの言うように重厚感あるわ〜」


 ソフィア王女は小さな塊を手に取って驚きの声を上げた。


「この雰囲気を持った帝国産のガラスはなかった気がしますね。ということは、もしかしたら意図的に入ったものではなく、原料に含まれていたのかもしれませんね」


 アルフォンスは「ん〜」と、しばらく考えて口にする。


「グレナンさんは『鉛』と言ってたけど、分析結果は感覚的に鉛ではない。こちらもガラス工房にお願いしましょう。鉛は危険なので産業局が管理かな」


 待機していた侍女に「敷布を入れた小箱を十五個ほど用意するように伝えて下さい」とお願いする。


 ガラスの作成は一息ついたので、ソフィアが冷やしていた紅茶を飲んでみる。冷やしたことで香りは減ったが、喉越しが良くなり侍女たちにも好評だった。


「これは早めに魔道具の陣図を用意した方が良さそうですね。魔道具にしないと、依頼が流れ込んできてしまいます。陣図にするとしたらどれぐらい掛かります?」


 リュミエールが静かに、だが懸念を込めてアルフォンスに尋ねた。


 アルフォンスは、少し宙を見て「今からでも陣図は作れるかな」とリュミエールに答える。その声には、できることへの確信が滲んでいた。


「相変わらずですわね。では、陣図を作っておきましょう。マティルダ様に渡しておけば何とかしてくれます。あっ、陣図を書いた後に、時間が取れたときにでも魔道具に仕立てて欲しいけどできそうですか?」


「できるよ、あっ……基盤が手持ちにないかぁ。って、そうか〈変形〉で使ってみようと金属類はもう届いてるし、時間があれば基盤からできそうな気がしてきた。時間があるときに確認してみるよ」


「いいな〜、二人のそのお互いを信頼してる感が素敵すぎるわ」


 ソフィア王女は羨ましそうに二人を見つつ、それでいて負の感情を感じない辺りがソフィア王女らしかった。


 鉛の件は、マティルダ公爵夫人がリーズ側妃に話を通し、正式に産業局が管理しガラス工房で試作を行い良好な結果を得たと後日聞くことになる。


 すでにアルフォンスたちの興味の移り素敵なガラス製品を喜ぶだけであった。


 錬成陣で起動した〈風の防壁〉に関しては、ゼルガード公爵が引き取り、魔法局と王宮錬金術師を巻き込んで検証を進めているとアルフォンスは耳にする。


 アルフォンスは『僕以外で起動できる人がいて良かった』という方向性の違う感想を漏らし、ゼルガード公爵が呆れていた。


 リュミエールに自作ガラスでカラフェを作ろうと動き出した探求は終わった。


 贈る予定だったカラフェは〈造形〉の鍛練をこれからも続け、いつか作ろうという課題として残った。


 他にも〈遮熱〉という課題は残っているが、これはカラフェには関係ないなと課題の棚に放り込まれて終わった。


 アルフォンスの中で終わった今回の探求。――しかし、王都リヴェルナ公爵領都バストリアは今もガラスと魔道具で大騒ぎ状態である。


 公爵領都バストリアでは、魔道具の盛り上がりが更に膨れ上がり、お祭りが企画されるまでになっていると噂が流れている。騒動はまだ続く。


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