第二十六話「積極的に消極的」
エニルトに、エーリの創剣が剣先を向ける。
「…なんで」
少し、切ない顔をしながらエーリは剣を走らせた。
「防護」
対してエニルトは光魔術の防護で守りに入る。
防護といえば、カレアが唯一覚えられなかった光魔術だ。
結構むずいらしい。
なんで当たり前のように使ってんだ。こいつ。
ガキン!
創剣は防護を突き破る事もできずにぶつかってそのまま消えた。
その様子を眺めるエーリはありえないと言った声を出した。
「…はぁ?」
「成長したなぁ…」
エニルトは無表情でしみじみと昔のことを思い出しているようだ。
そして、その目線をディレンに向ける。
「お前も」
「…ありがたきお言葉ですね」
ディレンは両手から岩の柱を10本出し、弧を描いて遠くからエニルトを襲わせる。
速い。
だが、エニルトの対応はそれより速い。
「………」
ダン!
ディレンの手のひらの前に竜が上空から着地。
岩の柱を地面に叩き潰し、魔力を霧散させる。
辺りには砂煙が舞い、地面の土のかけらが宙を舞う。
「……っく」
岩魔術は手元さえ使えなくすれば特に警戒する必要もない。
ディレンの目の前の炎天竜は口に炎を溜めて、目の前の敵を丸焦げにしようとしていた。
「ガアアアァァァァァァ!!!!」
「………」
ディレンは冷静に次の行動に移した。
右手を再び掲げる。
「岩壁」
岩壁の内容は、何かしらの物体に寄生する形で、そこから無制限の岩壁を生やしまくる。
たとえ、寄生する物体がどれほど小さくてもだ。
炎天竜が地面に着地した時、辺りに土のかけらが舞っていた。
まぁ、つまりそういうことだ。
「グガアアアァァァ!!!」
「…ふぅ」
百を超える土のかけらから、岩の棘が一瞬にして生える。
そしてそれは、勢いよく炎天竜の体に突き刺さった。
「グガ…………」
竜は少し叫んだ後、すぐ動かなくなった。
おそらく、死んだ。
「…強いですね、エニルト様」
「まぁ、長生きしてるからな」
ディレンがため息をつきながら訴えかける。
それを跳ね除けるエニルト。
エニルトもため息をつき、話を続ける。
「……ごめん、ディレン。俺はまだお前を殺す覚悟がない。そして、街での戦闘は避けたい。戦いはやめよう」
「すみません、出来ません」
「………ならせめて街の外で」
「いや、貴方は殺そうと思えばいつでも私たちを殺せる。ここで戦いましょう。障害物はあった方がいい」
「…いやな発想だ」
エーリは、エニルトとディレンが会話をしている間にもエニルトに攻撃を仕掛けている。
だが、攻撃が通らない。
目をエーリの方に向けていないにも関わらず、エニルトは完璧に「防護」で守ってみせる。
ありえない。
古代魔族ってすげぇ。
アレリアたちが必死に戦っても勝てなかった魔族を片手でいなしている。
てか、これは竜を操る魔術関係ないから単純に技量なのだろうか。
すげぇ。
「……どうする?」
「…ここから離れるか?」
アレリアたちは逃げるかエニルトの近くにいようか悩んでいるところだった。
ちなみに、カレアは三人の戦いの様子にただただ見惚れていた。
こんな高度な戦い、そうそう見れないだろう。
ましてや俯瞰視点でなんて今後一生ないかもしれない。
「…アレリア、あいつはなんなんだ?」
「エニルトっていう魔族。古代魔族っていうらしい」
「………はぁ」
よくわかってないかのようにメーデルが頷く。
同じく頷いたアレリアは話を続ける。
「あの、「創剣」の魔族にあいつの要塞に連れ去られた」
「…なんで生きてんの?」
「……それは知らない。何故か俺たち冒険者を助けたいらしい」
アレリアがなんか色々すごい生物ってこともわかったが、今話すことではないだろう。
「あと、ここら辺一帯を管理している魔族らしい。「創剣」はそいつの部下だ」
「へぇ」
不死身であること。
出自が普通じゃないこと。
いつかみんなの前で話せるようになりたい。
「メーデルたちは?」
「街に入ったら、教会を守ってる別の魔族に襲われてね。何とか倒せたんだよ」
「……メガネかけてた?」
「あー、かけてたかけてた」
あぁ、見たことある。
アレリアも知ってるやつだ。
あの、石造りの建物の中にいたやつだ。
あそこって教会だったのか。
でかい建物だ。
「んで、そしたらあの、強そうな魔族が出てきて、その、エニルトってやつに助けられたんだ」
「…まぁ今はとりあえずエニルトは味方ってことでいいか」
「多分、ね」
冒険者たちがそんな話をしている時、魔族たちは。
「……エニルト様、強いですよね…」
「今更」
ディレンの呻き声にエニルトが腰に手を当てて、ふふっと笑う。
エニルトの目の前には顔以外を氷漬けにされて動けないでいるディレン。
氷柱竜の仕業だ。
自身の姿を見渡し、自傷的に笑うディレン。
「…これじゃ、比べものにもならない」
「諦めて、降参してくれ。殺したくないんだ」
エニルトは悲しそうな顔をしながら、そう言う。
どういう仕組みか知らないが、身体を氷漬けにされていると魔術を発動できないらしい。
エーリが動けないディレンに近づきながら叫ぶ。
「兄上!」
「くるな、エーリ!エニルト様はお前を敵視していない。逃げろ!」
その制止の言葉を振り切るように、エーリは右腕を横に勢いよく振った。
「その次元の話はもう終わりました!これは兄上と俺の問題だ!」
「近寄るな!エーリ!」
「創剣!!!」
ディレンの制止を振り切り、エーリの詠唱。
ディレンの足元の氷塊に地面から生えた槍が刺さる。
そして、ゆっくりと矛先は回転する。
「竜を操る魔術」
「エーリィィ!!!」
エニルトの詠唱と、ディレンの叫び。
竜の1匹がエーリの近くに飛びながら着地する。
攻撃される。
ガキン!
音を立てて氷が割れる。
それと同時に、ディレンの詠唱。
「岩壁!」
ディレンの左腕から伸びた岩の柱は、竜の大きな頭の脳天を貫く。
「グオアァァァァァァ!!!」
咆哮。
そのまま、血を頭から吹き出し竜は死んだ。
「………っ」
本来の形が崩壊したからなのか、ディレンの周りの氷が昇華したかのように魔力となり、消える。
「…荒々しいな」
「すみません、兄上」
ディレンは元気なさげに立ち上がる。
右腕が氷と共に砕け、切断面から血がぼたぼたと垂れていた。
「はぁ……」
その一連の様子を眺めていたエニルトは、額に手を当てて、ため息をついた。
「……わかってるだろ、俺が本気を出せばお前らは瞬殺されるということ」
少しの間。
「…すみません、耳鳴りで聞こえませんでしたね」
「同じく」
わざとらしく耳を指差すディレンにエーリは頷く。
尚もエニルトは引き下がる。
「もっと、平和的解決はできないのか」
「いえ、多分無理でしょう」
ディレンは両腕を合わせて、左手の先と右腕の切断面から岩壁を生み出す。
「……岩壁」
そして、木の根のように張り巡らせた岩の柱を沢山放出する。
それらは曲がりくねり、エニルト向かって飛びかかってくる。
エニルトの魔術は確かに完全無欠というに違いはない。
だが、短所もある。
近接攻撃に対する対処が少ない。
何故対処がないではなく、少ないにしたかというと、エニルトは「防護」を覚えているからだ。
「防護」
詠唱。
エニルトにまっすぐ向かう岩の柱のど真ん中にオレンジがかった透明な防護を設置する。
ガキンと音を立てて、防護より先端の岩の柱が、魔力の供給が途切れ霧散する。
それを、大量に設置するだけだ。
「防護」
切り落とす。
「防護」
切り落とす。
「防護」
切り落とす。
結局、エニルトの身体に岩壁が触れることはなかった。
岩壁を防護の強靭なシールドで細かく輪切りにして、魔力の供給を完全に断絶した。
「………なんだそれ」
エニルトの近接攻撃に対する対抗手段は、「防護」だけだ。
しかし、人間の魔術師にはもちろん、並大抵の魔族には攻撃が届く前に自身が死ぬ。
「防護」の使用可能範囲まで近づき、首や頭のど真ん中に設置する。
それで大体の敵は終わりだ。
……勝てない。
実力の差はもちろんある。だが、かすり傷すら負わせられないほどとは。
わかりきっていたことだが、魔族と古代魔族は同じ「魔族」の物差しで測っていけない。
エニルトは手首をぷらぷらしながら、ディレンに目を向ける。
「…まだやるか?」
「………………」
多分、エニルト様に敵意はない。
ただ、引き留めたいだけだ。
私とエーリに人間を殺されたくないだけだ。
ディレンはため息をつき、エニルトに話しかけた。
「…理由だけでも聞かせてください。人間を何で生かすんですか」
「…………」
「シャルトの件だけでは、他の冒険者たちを生かす理由にはなりません」
ディレンの右腕はみるみる回復していき、エニルトの沈黙が終わる頃には全治していた。
「…約束、っていうか協定だね。これも友人とのだ。この領地を抜けた人間は、次にラザリアのところに行く」
「…ラザリア……ですか」
「残酷なものだよ。いろいろと」
「………?」
エニルトとディレンが何か難しげな話をしているが、エーリは何も理解していないように首を傾げる。
「この領地はそういうところなんだ。理解してくれ」
「……わかりました」
そして、話が終わったのか、ディレンは後ろに振り向き、エーリと顔を合わせて歩き出した。
「行くぞ、エーリ。エニルト様を殺す理由が今消えた」
「え、しかしライラは…」
「それを裁くのは未来だ。割と近いぞ」
そして、ひっそりとエーリに軽い目配せをする。
ディレンはそのまま、目線を竜に乗ろうとしているエニルトに移す。
「エニルト様、冒険者たちは今すぐ領地の外に案内しましょうか」
「いや、あいつらの目的は北の果てに向かうことだ。案内せずとも、ラザリアのところに向かってくれるだろう」
「…了解いたしました」
「うん、じゃあまた」
そしてエニルトは竜に乗り、街を去っていった。
バサバサと優雅に去るその姿は先ほどまで魔族と戦っていたとは思えないものがあった。
「……何が起きてんだ?」
全ての流れを見てもなお、メーデルたち冒険者は理解できなかった。
何で戦い始めたのか。
何で戦いをやめたのか。
全てがわからない。
ディレンの方が困惑してるメーデルに話しかけてきた。
「では、このまま北に向かうと次の領地に着く。早急にこの街を出ろ。顔も見たくない」
「…わかった」
なんか、よくわからない展開でアレリアたちは無事に生きて街から出ることが出来た。
かもしれない。




