第二十五話「バッタリ」
魔力を感じる。
杖を構えるカレア。
「岩壁」
「水の塊」
まずい。
詠唱が間に合わなかった。
目の前の、新たな魔族は手首から岩壁を生み出し、柱状にして蛇のようにカレアに襲い掛かる。
まるで岩鱗竜の魔術のようだ。
「い゛っ!!」
「償え」
ダン!
カレアはジャンプをして、岩の柱を避ける。
うわ、だめだこれ。
持久戦になったら負ける。
カレアとこの魔族の、魔術の精度が段違いだ。
ギリギリで回避して、背後の倒れているメーデルに駆け寄ようと、後ろを向く。
「治癒」をしたら、メーデルは助かる。
戦力は少しでも増えた方がいい。
その後に空中に宙ぶらりんになっているリエルアとカルトを助ける。
早くしないともっと強く腹に岩の棘が突き刺さる。
今は、少しでも早くメーデルを救出するんだ。
「ライラに詫びろ」
「え」
突然、カレアの足元が上に弾かれる。
浮かんだ。
カレアの体が上空に叩き上げられたのだ。
地面に。
「ぉわあああああぁぁぁぁぁっ!!!」
カレアは空中に転がりながら悲鳴を上げる。
そして、思考する。
あぁ、こいつの魔術がわかった。
こいつは全てのものから岩壁を生やすことが出来る魔術だ。
発動距離は、多分とても広い。
カレアが今まであった魔族で、魔術を扱うものの中で多分1番強い。
高さはざっと10メートル。
杖は持っている。
焦りはない。
俺なら、出来る。
「水の塊」
カレアが上に上がるエネルギーを失い、重力を失い下に落ちようとしたタイミングの詠唱。
自身の足元に、薄い氷でできた床を作る。
空中に魔術を発動させることはとても困難なことだ。
ただ、自身と魔術が接しているなら話は別。
「…ふぅ、成功したぁ」
自分の足元に水魔術を伝わせ、靴から床を作り出した。
そしてその床を上向きに重力と同じ力で引っ張る。
これで宙に魔術を浮かばせることが可能だ。
「大人しく死ね」
その魔族は地面から3本の岩の柱を立てて、再び蛇のように空中のメーデルを襲う。
「わぉ」
カレアは魔術を解除し、地面に向かって落下する。
大丈夫。まだ焦りはない。
地面が近い。
杖を構え、カレアは再び詠唱する。
「水の塊」
地面に水の塊を設置。
落下のエネルギーを抑える為だ。
少し濡れるが、まぁそのくらい許容範囲内だ。
バシャリ。
水飛沫をたてて、地面に着地するカレア。
うわ、口に水が入った。
魔術でできた水は異様に不味い。
「きっつぅ…」
口から水を吐くカレア。
魔術を解除し、服に纏っている水分が魔力となり霧散する。
そして、片膝をつきながら目線を魔族に移す。
その魔族はその右手を握りしめて、殺意のこもった言葉を発する。
「……逃げるな」
「ちょっと無理かもっ」
カレアのすぐ後ろには気絶したメーデル。
腹から血が溢れ出ている。
早く治さないと。
「治癒」
カレアの伸ばした左手から光が溢れる。
少しして、メーデルが目を覚ました。
口を開く。
「…どんくらい経った」
「1分いってない」
すぐに状況を理解したのか、近くに転がる剣を回収しメーデルはすぐに立ち上がる。
そして、土魔術を使う魔族に目を向ける。
「……次はフェアに行こう」
「…一人も二人も変わらん」
ニヤリと笑い、メーデルは剣を構える。
魔族は詠唱をしようと両腕を上に掲げる。
強大な魔力。
こいつ、何をする気だ。
カレアがメーデルに叫ぶ。
「ダメだ!下がれメーデル!!」
「…街を犠牲にするのは心が痛むな」
こいつ、街を巻き込む気だ。
そこまでして俺たちを殺したいのか。
魔族はたくさんの魔力を両手に込めて、詠唱をする。
「岩壁」
「止まれ、ディレン」
ガァァァァァァァァァァァァァ!!!
声。
雄叫び。
そして、炎。
「……は」
刹那、魔族の魔力の込められた両腕が焼け爛れる。
霧散しきれない量の魔力を野放しにしたその魔族の腕は音を立てて爆散する。
「…………なんだ?」
ただ茫然とするカレアとメーデル。
両腕を失った「岩壁」の魔族の背後には、巨大な竜がいた。
そこには、二人が乗っていた。
「……っ」
片方の、長身の男を見た瞬間、カレアとメーデルはその場に凍りついた。
動けない。
気迫が、魔力が強すぎる。
今二人を追い詰めた魔族の何倍も何十倍も強い。
そして、目線を隣の人影に移す。
背は隣の男と比べて、低い。
ん…?
まて、あれは…。
「アレリア!」
「…マジか、アレリアだ」
アレリアだ。
生きてたのか。
メーデルとカレアは打って変わって歓喜する。
…じゃあアレリアの隣にいるあいつは誰だ?
魔族というほど邪悪ではないが、大きすぎる魔力と気迫を持っている。
二人と対峙していた魔族を攻撃したということは、敵ではないのだろうか。
「……どういうつもりですか、エニルト様」
「魔術を解除しろ、ディレン」
「……………」
「ディレン」
アレリアと共に街に来たエニルトはディレンを威圧する。
「………」
リエルアとカルトを突き刺さす岩の棘が溶けたように消える。
落下する二人。
気絶したみたいだ。
「おっと」
エニルトたちを乗せてきた炎を扱う竜が二人を受け止める。
そして二人に手を当てるエニルト。
「治癒」
強い光が一瞬、エニルトの右手から溢れる。
かと思ったら二人の傷は一瞬で回復した。
二人の顔はみるみる明るくなり、最初から寝ていましたと言わんばかりの表情をしている。
あまりに強力だ。
近くにいたアレリアが目を見張る。
こいつ、光魔術使えるのか。
魔族は使えないって聞いてたんだけど。
あんな致命傷を喰らっていた二人を一瞬で治す技量は人類とは比べていけないものなのだろう。
そんなこんなを考えながら、二人の得物を見つけたアレリアはそれぞれの膝下に斧槍と大盾を置く。
アレリアの優しさだ。
アレリアもこういう行動ができるようになったのはやはり我ながら成長を感じるそうだ。
「……アレリア?」
リエルアが目を覚ます。
カルトもそれに続いて起きた。
「ん、おはようリエルア。遅れてごめん」
「………夢?」
「違う違う」
自身の頬を撫でるリエルア。
夢ではないことを理解したようだ。
「…………っメーデルは!?」
そして思い出したように立ち上がる。
辺りを見渡すと、魔族を挟んだ向かい側にカレアと一緒にいた。
治癒で治したのだろうか。
次にアレリアはカルトに目線を向ける。
「カルトもおはよう」
「…………あぁ、久しぶりだな」
カルトも立ち上がり、辺りを見渡す。
大体、状況を理解したらしい。
「…今までどこにいたんだ?」
「…まぁ、その話は後で」
カルトもみんなもアレリアの行方が気になるのだろう。
だが、今は目の前が修羅場だ。
後の方がいい。
すぐさま両腕を回復させるディレンと言われた魔族は竜王エニルトと対峙する。
「……どういうつもりですか。エニルト様」
「街を破壊するのは、感心しないね」
「そこじゃありません、外から来た人間を排除するのがエルトーンの長を任された私の責務だ」
「ちょっと事情が変わったんだ」
エニルトは自身の背後とディレンの背後の2体魔竜を作り出している。
ディレンが少しでも動けば炎天竜と氷柱竜によってめったうちにされる。
ディレンに今、勝ち目はない。
故に動くことができない。
「シャルトの件と同じタイプだ。そいつ含めた冒険者たちにはこの街を通過してもらう」
「シャルト……、なら尚更ここで殺さないと」
「ダメだ。俺が許さない」
「…人間が嫌いではなかったのですか」
「友達との約束の方が優先順位は高い」
なんか、アレリアにはよくわからない会話をしている。
多分、アレリアを含む冒険者たちを生かすかどうかについて話し合っているそうだ。
多分、エニルト側に加勢した方が良さそうだ。
「……どうしてもだめですか。…こいつらはライラを殺したんだ」
「………それは、とても残念なことだ」
「………残念、ですか」
ディレンは顔を下に下げる。
「残念、だけですか。もっとライラに対する情はないんですか」
「…………すまない。俺の都合なんだ」
そして、再びエニルトに向きなおる。
「エニルト様、貴方には恩があった。私と、エーリを助けてくれた」
「……あぁ」
「………先に謝ります。すみません、貴方を裏切ります」
「………そう、か」
エニルトは歯切れ悪く頷き、竜にいつでも攻撃を命令できるように、感覚を研ぎ澄ます。
バサリ。
上空から別の翼の音。
竜だ。エーリが乗っていた、白い竜だ。
エニルトとディレンは互いに上を見上げる。
また、面倒なことになってきた。
竜に乗ってきたエーリが街に着地した。
どうやら、要塞から街までの森の中で魔獣を倒してから来たようだ。
「……っえ」
竜から飛び降り、対峙する二人に駆け寄る。
状況がわからず、戸惑っている様子だ。
「兄上……、エニルト様……?何を」
「エーリ、突然で悪いが私はエニルト様を裏切ることにした。お前は私についてこなくていい。好きな生きろ」
「…………え」
背丈が高いエニルトとディレンに挟まれた、小さいエーリ。
お互いの顔を凝視し、必死に状況を整理しているようだ。
そして、次はエニルトの方に顔を向ける。
エニルトは虫を噛み潰した顔でエーリに話しかける。
「……すまない、エーリ。私のせいだ。私の我儘だ」
「………何が」
「ライラが死んだ。私が助けようとしている人間たちが殺したんだ」
口を開け、茫然とするエーリ。
そりゃそうだ。
アレリアの状況からすれば、カレアとメーデルが喧嘩をしていて、その理由はカレアがリエルアを殺したから。ということだ。
「人間たちの肩を持つのですか」
「あぁ」
「仲間よりも、重要な事なんですか」
「あぁ」
すぐに理解できるはずもない。
「…わかりました。俺は兄上につきます。今までありがとうございました、エニルト様」
「…あぁ」
エニルトは自身の髪を掻きむしって、必死に考えているようだ。
もしかして、エニルトにとってアレリアたち冒険者は相当重要な人物なのかもしれない。
部下に裏切られるまで追い詰められるほど、人間の肩を持つ意味がわからない。
てか、今更だけどエーリの兄ってディレンなのか。
確かにそう言われれば、面影がないわけじゃない。
「………」
「………」
「………」
魔族三人はお互いに警戒しながら、右手を前に出す。
くる。
始まる。
この街で、アレリアたちには考えられないほどの大乱闘が。
アレリアはカレア、メーデルに合流し、少し後ろに引き下がる。
「………はぁ」
エニルトのため息、それが合図となった。
「創剣」
「岩壁」
「……竜を操る魔術」




