第二十四話「伊達メガネ」
「光線」
「水弓」
キンッ!
お互いの魔術が空中で衝突。
音を立てて霧散する。
「………」
「………」
再び杖を構える。
カレアが魔術を発動しようと口を開いた時、ライラは突然、話し始めた。
「…このメガネさ、伊達メガネなんだ」
「……は?」
何を、急に何を言い出すんだこいつ。
「この街の、人間の女の子の形見なんだ」
そんなことを言ってる間にも、ライラの両腕は再生していってる。
時間を与えてはいけない。
早く殺さないと。
「光線」
「この街を拠点にした時の話なんだけどね」
カレアの詠唱。
ライラは、光線の通る道に小さな水の球を置く。
は?
何をしてるんだこいつ?
「1番ここを拠点にするのを抵抗してたのが、その女の子なの」
「………っ」
光線が水の球に入った瞬間、光線は軌道を変えて、少し斜めに飛んでいった。
軌道をあえてずらされたのだ。
あの小さな水の球で、原理は知らないが光の屈折を起こしたのだ。
ライラの真横を通過する光線。
そうこうしてる間も、ライラは話を続けていて、腕が再生していた。
「衛兵の剣を奪って、私に斬りかかったりしてきたんだ。勇敢でしょ?この街を守る衛兵よりも先に動いたんだ、その女の子は」
「…殺したのか?そいつ」
「うん、必要な犠牲だった」
なぜかうっとりとした表情を浮かべるライラ。
いよいよこいつのことがわからなくなってきた。
「今後、私たちに人間たちが反抗することがないようにできるだけゆっくりと、残酷に殺したんだ」
「………」
「私の矢から出る氷の棘ってさ、伸びる速度を変えられるんだよ」
もう話の内容は大体理解できた。
もうこいつを擁護できない。
「身体の中に水の矢を刺してね、ゆっくりと、ゆっくりと伸ばす」
「…悪趣味だな」
「口から、目から、お腹から。身体中から血が溢れて、女の子は悲鳴を上げたんだ。でも、その子は最後まで私たちに反抗し続けた。名誉の死ってやつだよ」
リエルアとメーデルは再びそれぞれの獲物を構えて、再び飛び出した。
もう少しで、ライラの両腕が再生しきりそうだったからだ。
「このメガネはその子のつけてたものだった。だからこれは自分への戒めなんだよ。人間は決して私たちを許さない。だから戦わなくてはいけないって」
「…どういう話だ」
「いや、この街にきた冒険者たちみんなにこの話をしてるんだ。ワンチャン戦意喪失してくれないかなって」
そして、ライラはその目線を足元のメーデル、リエルアに向ける。
二人とも殺意を宿した目でこちらを睨んでいた。
ライラはにはっと笑い、全快した両腕を掲げる。
「ま、君たちには関係のない話か」
「死ね、魔族」
メーデルの剣が上空に高く伸びる氷の棘を叩き斬る。
ライラは空中でバランスを崩し、背中を下に向けて自由落下していった。
「おっとぉ」
「かーらーのぉ?」
ポツリと呟くライラに、テンションが高いリエルアが言い返す。
「っと!」
地面を蹴る音。
リエルアは高く飛び上がり、宙から落下するライラを斧槍を振り落とした。
「水弓」
メガネをつけた魔族は思わず詠唱しようとしたが、間に合わない。
「ぁがっ!」
「メーデル!構えて!」
ガッ!
ライラの腹に、勢いよく命中。
そして、吐くように悲鳴を漏らした。
リエルアは着地の体制をとりながら、地上のメーデルに告げる。
上空6メートル地点から、アレリアの斧槍の柄の部分はライラを勢いよく叩き落とした。
ダン!
「ぁだっ!」
地面に音を立ててライラは背中から衝突した。
身体の中から、バキッという音がした。
背骨が折れた。痛い。
呼吸がうまくできない。
まずい。早く治癒しなくては。
ライラは必死にメーデルたちと逆の方へ震える手を伸ばす。
「逃すかよ」
しかし、メーデルはそれを予知していた。
剣を上に掲げ、地面に伏せるライラの左腕を再び叩き落とそうと、勢いよく振り落とす。
「水弓」
詠唱。
メーデルの剣先が硬質化した水の弓に阻まれる。
矢の方向は、メーデルの顔。
本能的に、メーデルは自身の上半身を仰反らせる。
「…っぶな!」
それと同時に、水の矢が発射された。
まずい。
この矢は自動追尾だ。
早く離れないと。
地面に伏せるライラが、にこりと笑う。
「…っダメだよ」
「…はぁ?」
魔族が、左腕をかかげた。
メーデルの目の前、背後、左右に水の弓がたくさん設置される。
総数は10個ほどだ。
「………チッ」
刹那、メーデルの身体は攻撃から回避にシフトチェンジした。
地面を蹴り上げ、真上に飛び上がる。
唯一、水の弓が設置されていなかったところだ。
あと1秒でも判断に遅れてたら、命すら危うかったかもしれない。
「発射」
ライラの声。
それと同時に、すべての水の矢が発射される。
「マジか」
足元を見つめながら、空中のメーデルが呟く。
メーデルと同じ道を辿って、真上に向かって矢は向かっていく。
まずい。
このままだと、何も出来ずに死ぬ。
アレリアを救い出すまでは死ぬわけにはいかないんだ。
「…誰か!!」
宙に浮くメーデルは、助けを求めようと三人の方向へ向く。
しかし、ライラはそれも想定済みだった。
メーデルを追う10本の矢のうち半分がカレア、カルト、リエルアに向く。
「マジか!」
「ふぅ、危ない危ない」
ライラはメーデルたちが苦戦してる間に背骨を回復させようとその場から逃げようとする。
ここでこいつを逃したら、後で後悔する羽目になる。
ここで始末しなくては。
いやそんなこと考えてる場合じゃない。
どうにかしないと、先に俺が死ぬ。
一方、カレアたちは。
「水の塊」
5本の水の矢をカレアは水の盾を作り守ろうとする。
「サンキュ、カレア」
リエルアが自身の獲物を構えながらいつでも飛び出せるように足に全神経を注いでいた。
「通るぞ」
杖を構え、盾を作ることに全集中力を使っているカレアの背後を、盾役カルトが通り過ぎていく。
「え」
慌てて、カレアが前を向いたまま問いかける。
「カルト!?何するの」
「助けるに決まってるだろ」
助ける。
メーデルのことを、だ。
「どうやって!?」
リエルアがカルトを心配そうな目で見つめながら尋ねる。
一瞬、目を合わせたカルトは少し顔を綻ばせて、叫ぶ。
「こうだ!」
それと同時に、カルトは自身の持つ巨大な盾をメーデルに向けて勢いよくぶん投げた。
おそらく、メーデルに水の矢が当たらないように行った行動だ。
速い。
このスピードなら水の矢より早くメーデルのところに辿り着ける。
「マジか!」
ちょうど盾は、メーデルと下から向かう水の矢の間に挟まる。
回転し、宙を飛ぶ盾の表面に、5本の矢が着弾する。
ガキン!
音を立てて氷の棘が巨大な盾の表面にたくさん生える。
よかった。
メーデルは助かった。
「嘘だろ」
「セーーーフ」
呼吸器官を修復したライラは、地べたに転がりながら悲鳴を漏らす。
それにメーデルがにっこりと笑いながら答える。
そして、メーデルはそのまま宙に浮かびながら、両足を上に伸ばした。
その目線の先には、下に氷の棘がついたカルトの盾。
そして、さらにその下には地べたに倒れるライラがいた。
背骨の修復がもう少しで終わりそうだ。
なるべく早く殺しておきたい。
「うぉらっ!!!」
メーデルは勢いよく足元の盾を下に叩きつけた。
このままいくと、下向きの氷の棘が地べたにいるライラの身体を貫き、身動きが取れなくなる。
ライラは背骨の修復が終わったのと同時に、叫んだ。
「解除!」
自身に向かって飛んでくる盾の氷の棘を解除し、魔力に変換した。
これでライラは自身の魔術に串刺しにされる心配は無くなった。
しかし、それでも大きな鉄板が背中にぶち当たると痛い。
ガン
「ぅごはっ!」
鈍い音を立てて、ライラの首元にカルトの盾が命中する。
ライラは絞り出すように悲鳴を上げた。
「今」
ポツリと、空中のメーデルが独り言。
そして、
「…ぎ」
「…言い残すことはあるか」
速い。
空中にいるとは思えない剣捌きで右手と左腕をライラの身体から切り離し、盾に着地。
その剣を両手で持ち、ライラの首のど真ん中に突き刺しながら、メーデルは話を続ける。
「…あ、話せないか」
首を刺してるんだ。
そりゃそうだ。
魔族の魔力は無限にあるという。
なぜか。
それは魔族の体は魔力で構成されていて、その魔力が血液のように身体の中をくまなく循環してるからだ。
メーデルがエーリの脳天を刺した時、その魔族は死ななかった。
それは剣を突き刺しただけでは魔力の循環を止められないからだ。
身体の部位の分断。
詰まるところ、魔族の身体はぶった斬らないと攻撃は何の意味もないということだ。
しかし、魔族にも痛覚はある。
今、ライラは死にそうな痛みにもがきながら死ねないという一種の拷問を喰らっているようなものなのだ。
その痛みに耐えながら、ライラは最期の言葉をかけた。
その顔には、笑みが溢れていた。
「………っ楽しかったね」
「……じゃあ、死ね」
メーデルはゆっくりとその剣を振り落とし、ライラの首を切る。
ライラの目がぐりんと白目を剥き、その場に硬直した。
切り離された首から血が溢れ出す。
魔族の死体は何日も、何十日もかけて魔力が空気中に霧散し、腐食されたように骨も無くなって消え失せる。
メーデルの足元にはライラの赤い血が染み込み、思わず足を上げる。
そして、自分の手を見るメーデル。
「………」
生きてる。
俺たちだけで。
誰の力も借りずに魔族を殺せた。
勝ったんだ。
「…勝った」
「メーデル!よくやった!」
後ろから、カルトの声。
思わず振り向くメーデル。
三人がメーデル目掛けて走ってくるのが見える。
カレアがメーデルの背中を叩き、にっこりと笑いかけてくる。
「やったー!!メーデル!」
「…なーいす、カレア」
メーデルはあまりの呆気なさに上の空になりながら、カレアと肩を組み笑い合う。
そして目線をカルトに移す。
「はいこれ、カルト」
「おう、よくやったな」
「だろ」
メーデルは足元に落ちてあった盾を受け渡し、カルトとお互いの拳をぶつけてまた笑い合った。
そして、再びカレアと顔を合わせ、立ち上がる。
…何かを忘れてる気がする。
あそうだ。思い出した。
メーデルは辺りを見渡し、三人に問いを投げかける。
「…あれ、アレリアは?」
悪寒。
「………………ライラ」
声。
四人のじゃない。
別の声だ。
圧を、気迫を感じる。
あまりの重圧に思わず目を見開く四人。
「……っ」
慌てて、ライラの死体の方向に目を向けるメーデル。
男がいた。
片膝を屈ませ、死体のライラを静かに眺めている男。
メーデルたちも魔族とたくさん対峙し、立ち姿だけでも人間と魔族を見分けることが出来るようになった。
故に理解る。
こいつは、魔族だ。
目が黒いその魔族はチラリとこちらを向いて、問う。
「………お前らか?」
「構えろ」
メーデルは自身の剣を再び構え、三人の前に出る。
「………」
リエルアとカルトもそれぞれの得物を構えながら前に出る。
まいったな。
この魔族、今までに会ったことのあるどの魔族よりも強い。
メーデルは今、ライラと戦ってすでに体力を消費している。
はっきり言って、勝機は薄い。
ゆっくりと、目の前の規格外な魔族は立ち上がり、問いを続ける。
「…お前らが殺したのか」
「…………」
見ろ。
口の動きを。
詠唱するよりも早く避けるんだ。
早く斬りかかるんだ。
いける。
足に全神経を集中させろ。
「……返事ぐらいしたらどうだ」
いける。
みんなで勝つんだ。
アレリアを迎えにいくんだ。
勝つ。
勝つ。
「仇はとったぞ」
声。
速い!
あんなに遠くにいた魔族が気がついたら目の前にいた。
魔族がしていい速さじゃない。
それは剣術を極めたものの速度だ。
「……っが」
目の前の魔族はメーデルの腹に手を当てて、詠唱をする。
「岩壁」
「っがあああああぁぁぁぁっ」
魔族の手のひらから、鋭い岩の柱が伸びる。
そしてメーデルには痛みが走る。
その岩壁はメーデルの腹を貫通し、悲鳴を上げながらあっという間に背後の住宅に激突する。
轟音。
街の人々はざわめき出す。
「……は」
その様子をただ茫然と眺めることしかできなかったカルトとリエルア。
家が崩壊し砂煙が舞う背後を見て、ただ戦慄した。
速い。
目が追いつけなかった。
「……岩壁」
二人の前に立ち尽くす魔族は右手の人差し指を上に突き上げる。
「まずっ…」
リエルアが避けようとするが、間に合わない。
二人の足元から音がした。
ザクリ。
鋭い岩壁がリエルアとカルトの地面から伸びて、二人の腹を貫く。
エーリと同じ戦法だ。
二人の姿は岩の柱と共に遥か上空へと突き上げられる。
「がっあああっ!」
口から血を出しながら、カルトも悲鳴を上げる。
「…なっ、はっなんで」
カレアは杖を握りしめながら、三人が倒れていく様子を見ることしができなかった。
近接職の奴らが目で追えなかったのだ。
魔術師のカレアが終えるはずがない。
ザッザッと足音を立てて、三人を倒した魔族がこちらに近寄ってくる。
カレアははただ下がることしかできない。
「…………」
「聞かせてくれ」
魔族が尋ねてきた。
「……なんだ」
「……お前たちは何を思って……」
カレアはその顔を見つめ、目を見開く。
真顔。
冷酷さそのものを表現したような表情だ。
「…何を思って、ライラを殺したんだ」




