第十九話「舞う剣と竜」
「…剣が、浮いてる?」
エーリとの戦いを遠目に眺めているアレリアが素っ頓狂な声を上げる。
自分で言っていて、意味がわからない。
剣を浮かせるなんて事は、岩魔術では到底できない事だ。
魔族の特権なのだろうか。
「下がるぞ」
「ん」
リエルアとメーデルは危険を察知し、後ろに飛び下がる。
ちょうど、アレリアたちと合流した。
そしてそれぞれの獲物を掲げ、相手の追撃に備える。
下がる二人を見て、不敵な笑みを浮かべるエーリ。
「賢い選択だ、いい腕も持っている」
「………」
エーリはただの子供とは思わせない、その余裕のある口ぶりで周りを威圧する。
そしてその小さな人差し指をこちらに向けて、話を続ける。
「お前ら、魔族と戦闘したことあるだろ。間合いが明らかに俺の魔術を考慮している」
「頭いいね、僕」
「馬鹿にするなよ。もう200年は生きている」
煽るメーデルにエーリは冷静に対処する。
…ん?200年?
200歳ってこと?
アレリアが生まれて、ってか今の記憶になってから二ヶ月だから、エーリはアレリアの大先輩というわけだ。
じゃあなんでこんなに見た目が小学五年生くらいなんだ。
「…じゃあその見た目はなんなんだよ」
「何処で成長が止まるかには個人差がある。俺は特別早かったんだ」
「そう」
この魔族、やたらペラペラと話してくれる。
今まであったどの魔族よりも友好的かもしれない。
まぁ、どちらにしろこちらに殺意がある事は変わりないが。
「はぁ…」
「創剣」の魔族はため息をつき、こちらに一歩踏み出してくる。
「では、次はこちらから行かせてもらおう」
それまで薄かった殺気が、急に荒ぶれる。
みんなの額に冷や汗が浮かぶ。
「構えろ、みんな…」
メーデルが後ろを向いてみんなに注意する。
しかし間に合わない。
「遅い」
エーリの浮いている剣の一本はメーデルの眼前にまで迫る。
速い。
剣単独のしていい速度じゃない。
「ぅがぁっ!」
ギリギリ自身の剣でガードしたメーデル。
その右手は震えている。
強い。
浮いているくせに、この剣はとても力が強い。
メーデルが力負けをしている。
こんな事は初めてだ。
「アレリア!構えろ」
「わかった」
カレアから、不意に呼びかけられる。
あの剣を操作しているのはおそらくあの魔族だ。
あいつを殺せば、解決する。
二人は左右に分かれて、それぞれ杖を構える。
「光線!」
「飛礫」
「おっとぉ」
エーリの周りの4本の剣が自身を守るように光線と飛礫、両方にバッテンの形の盾を配置される。
光線を受ける剣2本。
なんの損傷もない。
バンっ。
アレリアの撃った魔術が盾となった剣ごと爆発する。
それを見て、エーリは目を見開く。
それで気が緩んだところを、メーデルは岩でできた剣を斬り伏せる。
「…ははぁ」
エーリは顎に手を当てて、感心する。
魔族は複数の属性の魔術を使えないので、混合魔術を見て純粋に楽しんでいた。
アレリアを指差し、にっこり笑う魔族。
「そうか、真似事が上手いんだな。お前」
「…何を言っているんだ」
無表情で応対をするアレリア。
その内心は鼓動がどくどくして今にも飛び出てしまいそうだ。
くそっ、この魔族賢い。
アレリアが纏う、多分魔族にしかわからない気配みたいなものを感じ、魔術師として人間に擬態して冒険していることまで察知した。
慌てて詠唱する。
「飛礫」
「はあ…、2回目は飽きるぞ」
杖を構えるアレリアに対し、右手を前に差し出すエーリ。
放たれた飛礫を残りの2本の剣でガードしてこちらも詠唱をする。
「創剣」
アレリアは再び杖を構える。
また剣を出すのか。
いや、槍か?
こちらに投げてくるかもしれない。
構えておこう。
「アレリア!」
何処からか、叫び声がする。
足元から音がする。
判断を間違えたか。
「は」
ザクっ。
腹に、何かが突き刺さる。
槍だ。
エーリが地面から槍を生やしたんだ。
そんなこともできるのか。
遠隔での発動ができるなんて。
「ぁぐくあああ!!」
悲鳴を上げ、あまりの痛みで杖が手から離れる。
身体が上に持っていかれ、だらんと脱力した状態で腹と口から血がぼたぼたと流れ出す。
また、誰かの叫び声。
「アレリア!!」
「傷は再生するのか?痛みは感じるのか?」
上を見上げ、左手を顎に添えながらエーリはニヤニヤする。
面白い。
こいつは魔族と人間のハーフか?
それとも、全く新しい種の生物なのか?
こいつは、自身が人間じゃないことを知覚しているのか?
それとも、ただ気配が人間と違うだけなのか?ただの人間か?
全てに興味がある。
そうだ、こいつを街に持ち帰ろう。
そうすれば、残りの冒険者に邪魔されることなく心置きなく疑問を解消できる。
満足そうな顔をして、エーリは後ろに振り向く。
「…そうと決まれば…」
「死ね」
声。
気配。
なんで気づかなかった。
こんなに近くに剣士がいたのに。
目線を横に向ける。
メーデル。
鬼のような形相でこちらに剣を振りかざす。
回避。
いや無理だ。間に合わない。
慌てて詠唱をするエーリ。
「創剣」
「っ!」
メーデルの片手剣がエーリの脳天にブッ刺さる。
ジャキンといういかにも金属らしい音がする。
勢いよくエーリの身体は地面に叩きつけられ、肺から空気が全て溢れる。
「………がッ」
呻き声。
勢いよく頭から血が吹き出し、メーデルの頬が赤く染まる。
身体は動かない。
「………」
死んだ、か。
メーデルは剣をゆっくりと引き抜く。
剣先から滴る血が魔族の顔に一滴ずつ落ちていく。
その血の一滴が、エーリの目元に垂れる。
「………」
パチリと瞬き。
「………」
瞬き?
突如、エーリの生気を失っていた口元に笑みが浮かぶ。
メーデルは剣を再び振りかざすが、間に合わない。
「…っ!」
「創剣」
メーデルの目の前に、3本の片手剣。
脳内で、目の前の片手剣の排除にシフトチェンして手を動かす。
瞬く間に、2本の剣を叩き切る。
だが、一本は間に合わなかった。
「あがぁっ!!」
エーリによって創られたその剣はメーデルのみぞおちに突き刺さり、はるか後方へ浮いた剣ごと吹っ飛ばされていった。
「メーデル!」
カレアが叫ぶ。
慌てて近寄ろうとするがそれより前に再びエーリの詠唱が入った。
「創剣」
15本もの両手剣。
全て、カレアやぶっ倒れたメーデルに剣先が向いていた。
エーリは無表情で右腕を上に掲げる。
何かを察したカレアは杖を構え、叫ぶ。
「避けろ!!!」
「お前らに用はない」
上から勢いよく前に手を振り落とす。
刹那、無数の巨大な剣が槍に突き刺さったアレリア以外の四人を勢いよく降り注いだ。
リエルアは直感的に、死を感知した。
カレアが間一髪で詠唱をする。
「水の塊」
四人の前に、杖先から巨大な水の盾が展開される。
「……水!?」
後ろからリエルアの叫び声が聞こえる。
このままだと水を容易くすり抜けて剣が突き刺さってしまう。
こんなところで死人を出したくはない。
すでに瀕死なのはいるが。
カレアはさらに魔力を加える。
「…っ」
状態変化を起こし、水を氷に変更する。
それと同時に、両手剣たちが音を立てて氷の盾に突き刺さった。
こちら側に貫通はしなかった。
カレアたちには何も攻撃されていない。
「………」
しばらくの間のあと、カレアは後ろを振り返り、みんなの安否を確認する。
リエルア、カルトはいる。
メーデルも抜いた剣の跡をおさえて、苦悶の表情をしているがひとまずは生きている。
すぐに「治癒」をかけなくては。
アレリアは…
「…アレリア!」
カレアは大きく目を見開き、その目線をエーリに向ける。
魔力の供給がなくなり、氷の盾は姿を消す。
地面から伸びた槍はさらに伸びて、エーリの目の前に槍先があった。
そこには、息絶え絶えのアレリアがだらりと脱力していた。
「痛みは感じてそうだな」
「………っ…っ」
エーリは項垂れるアレリアの後頭部を眺めながら呟く。
アレリアは必死に叫ぼうとしているが、声を出す気力ももうない。
冷たい汗が鼻先で揺れる。
死の気配が、ひっそりと近づいてくる。
「返事もできないか」
そして、その右手をアレリアの頭に添える。
「…勘違いするな、お前は今死なない。少しの間気絶してもらうだけだ」
「………」
アレリアは最後の気力を搾り出し、震える右手を上に掲げる。
ちょうど、エーリの上半身の部分だ。
不審げに、エーリがアレリアに尋ねる。
「……何をしようとしてる」
「………」
「抗おうとしてるのか?」
「………」
「命をかけるほどのことなのか?「それ」を使うことは」
アレリアは必死に、肺に空気を送り込む。
そして、勢いよく吐く。
その流れで詠唱をする。
アレリアのその震える右手に、悍ましい力が籠っていく。
「見えない魔術」
突然、アレリアが気絶した。
エーリはその様子を眺めながら、ため息をつく。
「……諦めが悪いな、お前も」
アレリアの詠唱が始まる前に、エーリがアレリアの脳内に魔力を送り込んだのだ。
魔術師が気絶する要因。
それは二つある。
一つ目は魔力切れだ。
アレリアやカレアもすでに体験している。
そして二つ目は魔力過多。
明らかに人体に収まりきらない量の魔力を急激に送り込まれると、魔術師は気絶する。
人体に拒絶反応を起こす魔族の魔力なら尚更だ。
「アレリア!!」
カレアとリエルア、カルトが叫びながらこちらに走ってくる。
「………」
それの様子を横目に、気絶したアレリアの首根っこを掴んだエーリは再びため息をついた。
「では、会えたらまた会おう」
上空から翼のはためく音。
カレアとメーデルはこれを聞いたことがある。
二人は上を見上げる。
「……竜!」
竜の巨体が上空から落ちてきた。
ドオオオオン。
身体の中に響くような衝撃音。
着地した時の衝撃で辺りに砂煙と衝撃波を巻き起こす。
「ぐあああっ!」
カレアたちがその風圧で後ろに飛ばされかける。
砂煙の中の石で身体中に擦り傷がたくさんできる。痛い。
あまりの痛みに顔を顰めていると、何処からか、エーリの声が聞こえた。
「こいつ、借りていくぞ」
そして、再び翼のはためく音と共に辺りの砂煙が消える。
グォァァァァァァ!!!!!
赤い、大きな竜が雄叫びと共に、アレリアとエーリの身体を持ち上げ再び上空に飛び上がっていった。
だんだん、竜とアレリアと魔族が小さくなっていく。
その姿は奥の街へ飛び去っていくようだった。
「………」
その様子を、その真上をカレアたちはただ立ち尽くして見ているしかなかった。




