第十七話「魔族の領域」
魔族領、と聞いたら最初は魔獣や竜しかいない、なんか空が変な色をしてる恐ろしい土地のことだと思うだろう。
しかし、決してそんなことはない。
空は綺麗な青色をしてるし、植物だって南側のものに少しだけ魔力が宿っているだけだ。
あと、魔族領には魔族よりも人間の方が多い。
元々、100年前くらいまではそこは人間の領土だった。
その名残もあり、それぞれの村をそれぞれの魔族が管理しているという形だ。
人間の作った食料などを魔族に貢がせるといった、独裁国家みたいなことをしているそう。
魔族は何も食わなくても生きていけるそうだが、なんでだ?
これも、人間の間では知られていないことだが、アレリアの脳内にあった記憶の一つである。
なので、アレリアは同じパーティのメンバーよりもあまりこれから踏み入る魔族領に恐怖していない。
多分メーデルとかリエルアは、変な顔をした木々や同じく変な顔の魔獣が徘徊してると思ってるのだろう。
魔族自体、魔族領に50体いるかどうかといった数しかいない。
その中の2体をあそこで殺せたアレリアたちは、実は割と快挙を成し遂げているのだ。
「……よし着いた」
アレリアたちは人間と魔族の領土の境界線に辿り着いた。
「おぉー、なんかすげぇ」
見渡す限り木の柵で両端が見えない。
おそらく、3キロぐらいは木の柵が張り巡らされているのだろう。
人間の、魔族への恐怖の象徴と言える。
境界線の門番の衛兵が二人、アレリアたちの元へ近寄る。
「貴方たちは魔族領の侵入を許可された方ですか?」
「まぁ、はい」
メーデルが照れくさそうな顔をしながら軽く頷く。
衛兵は英雄たちに背中をむけ、着いてくるよう促す。
「………」
無言で着いていくと、一部だけ木の柵がないところがあった。
ここが出入り口なのだろう。
衛兵は再びこちらに振り向き、話し始める。
「では、ここを抜けて魔族領にお入りください。ご武運を祈っています」
「はい、わかりました」
リエルアが手を振りながら衛兵と分かれ、アレリアは足を進めた。
そして、魔族領に足を踏み入れる。
ぬるり。
まただ。
王都で魔族と初めてすれ違ったのと同じ感覚。
これが魔族の気配なのだろうか。
「あー、遂に入っちゃった」
「どうする?今日の夜はどこで過ごす?」
「そりゃ野宿でしょう、…布団みたいなのってあるの?」
リエルアが周りに尋ね、それぞれの顔をきょろりと見渡す。
誰も目を合わせない。
カレアが正直に白状した。
「…ないね」
「嘘だろおい」
「自分のローブがあるでしょ、それを使おう」
「そんなー、まだ少し寒いのに」
ぐあー、と悲鳴を上げるリエルア。
そんなリエルアに低い身長の盾役、カルトが無表情のまま話しかける。
「寒かったら俺のローブも貸してやるぞ、リエルア」
「大丈夫だよ、カルト。そんな子供じゃないんだし」
「…そうか?」
これはアレリアが、病室でリエルアに聞いた話だが、カルトはリエルアの親みたいな存在だったらしい。
小さい頃から気にかけてくれていた、とリエルアは嬉しそうに言っていた。
また、カルトもアレリアと同じく口下手だった。
なのでアレリアは勝手にカルトに対し、信頼感がある。
今の季節が春の始まりでよかった。
日本の暦で言ったら今は4月の始めだ。
これから冬が始まるという季節だったら、魔族と戦う前に凍死してしまうかもしれなかった。本当に良かった。
「…なんか、あんまり魔族領っぽさないよね」
しばらく歩いている時、不意にメーデルが尋ねてきた。
いま、5人の周りにはだだっ広い草原が広がっていた。
アレリアの視線の端にはお花畑もあり、魔族の土地とは思えないほのぼのとした何かを感じた。
頷き、共感するリエルア。
「あー、確かに。なんかそこらかしらに魔獣やら竜やらがいるんだと思ってた」
「そんな事思ってたの?」
「まぁ、はい」
カレアの指摘に曖昧に頷くリエルア。
なんだかんだ、みんなすでにリエルアとカルトに馴染んでいる。
いい事だ。
「………」
アレリアは会話を聞きながら頷き、人生初めての花畑を真剣に眺めてた。
「アレリア、花好きなの?」
「え、あぁ」
リエルアが不意にこっちを向いてきて、話しかけてきた。
思わず、途切れ途切れの返事をするアレリア。
頷きながら、言葉を続ける。
「今まで見たことないんだ、こんな大きなやつ」
「ふーん、綺麗でしょ」
「あぁ、とても」
リエルアがアレリアの肩を組み、一緒に笑っている。
それを遠目に、眺めるカルト、メーデル、カレア。
メーデルがもどかしげに、二人に尋ねる。
「…これは想定の話なんだけどさ。もしこの二人に今後何かしらの…なんかがさ、あったらどうする?」
「何かしらってなによ」
「……察しろ」
カレアの問いを一蹴し、解答をカルトに目線を向けて求める。
「……アレリアには、俺と決闘してもらおう。あいつがリエルアに相応しい男なのかを確かめたい」
「…お前はリエルアの何なんだ」
カルトがドヤ顔をしながらこっちに向き直し、返答。
「親だ」
「違ぇだろ」
こちらも一蹴するメーデル。
「見て見てー!カルト!アレリア可愛くなったよー!!!」
「あ待ってリエルア、力強い、首捩じ切れる!」
花を髪飾りみたいにアレリアの髪に添え、その顔を掲げながら3人の方へ近寄るリエルア。
「足元、気をつけろよリエルア」
「…俺の心配もしてくれ」
リエルアに朗らかな顔を浮かべて手を振るカルトに対し、息切れしているアレリアが首が繋がっているのを確認しながら陰口をたたく。
アレリアの髪の傍には、白い花で飾り付けされていた。
それを見て、思わず笑いが込み上げてくるメーデルとカレア。
メーデルが笑いながらアレリアにいう。
「あら!アレリアちゃん!可愛くなってぇー」
「からかうな」
アレリアは不貞腐れながら自身の首元をさする。
リエルアに引っ張られた首がまだ痛い。
流石近接職というべきだろうか。
力がメーデル並みに強い。
ぱんと手を叩きみんなに気持ちの切り替えを促すカレア。
「よしみんな、いくよ。今日中に野宿できるとこ探したいんだよ」
「ここじゃダメ?」
「ダメ、魔獣やら魔族やらに出会ったら即死だよ」
そんな感じで引き続き北に足を進める五人だった。
ーーー
「カレア、ちょっといいか」
「ん?」
少しして、小さめの林の中に野宿する事になったアレリア一行。
辺りはすっかり暗くなり、交代制で夜番をする事になったカレアとアレリア。
「どしたん?」
「ちょっと、魔術のことで話が」
焚き火で顔が照らされるアレリアとカレア。
寝ている3人を起こさないように小声で会話をする。
周りに音はない。
二人の微かな話し声と木々の揺れる音だけだ。
「俺が今攻撃に使ってる魔術が、水の槍なんだけどさ」
「うん」
アレリアは照らされた手元に小さな矢印の形をした水の槍を出現させる。
「もっと強いのが、もっと強力なのが欲しいんだ。どうしたらいいと思う?」
「…うーん、そうだね」
「見えない魔術」は奥の手だ。
あれは魔力を消費しすぎている。
水の槍は汎用性はあるが威力はイマイチだ。
もっと強い魔術を身につけたい。
カレアは自分の顎に手を当て、しばらく考える。
そして、何か思いついたように人差し指を上げた。
「アレリアが使えるのって、水と炎の魔術じゃん?」
「あぁ」
「新しい混合魔術作ってみたらいいじゃん」
「…はぁ」
混合魔術とは、魔術の教科書に載ってある基本魔術を組み合わせ、新たに自分自身で作り出す創作魔術のことである。
もちろん、名前は自分でつけていい。
「どう?」
「いや、いいけど、うーん」
カレアの問いかけに渋るアレリア。
水と炎。
いくら何でも相性が悪すぎる。
最初に水をガソリンのような性質に変えたり、炎を水で消えない性質にしなくてはいけない。
それだけで魔力をたくさん消費してしまう。
「俺には難しいよ」
「そう?アレリアはもうかなり強いよ。いけるはず」
「…そうか?」
少し、納得してしまうアレリア。
心の底で自分ってすぐ乗せられるなーって思いながら、考えを巡らしていた。
「………」
どうしたら、水と炎を合わせられる?
どうすれば、もっと強い魔術を作れる?
そして、次の日の朝。
「よし、じゃあ今日はまた北を目指そう。ここら辺に村があるって情報は聞いてないから、魔族はいないと思う」
「なるほど、わかった」
そんなこんなでアレリアたち一行は林の中を進んでいく事にした。
道を進む中でも、アレリアは魔術のことをずっと考えてた。
そんなアレリアを見て、カレアは考える。
アレリアは、間違いなく優秀な魔術師だ。
魔術に対する探究心もあり、向上心もある。
何より、アレリアは魔術に依存していない。
魔術にだけ気に配ると、冒険者としての判断が鈍りやすい。
仲間を見て、状況を判断し、ここぞという時だけ魔術を使える頭を持っている。
きっと、将来アレリアはカレアを超える魔術師になる。
これは予測ではなく確信。
想定ではなく未来だ。
…だけど、いくつかの謎もある。
アレリアは未だに今までの経歴や昔話をしてくれない。
そんな感じの話をしてもすぐに逸らしてくるし、何より嫌な顔をされる。
自分だとあまり意識していないのかもしれないが、何か嫌なことがあったらアレリアはすぐに顔に出る。
まるで子供みたいだ。
あと、アレリアは明らかに世間知らずだ。
貨幣という存在も知らないし、海や森も知らない。性別という概念も知らない。
なんならこの前は、「なんで空は青いんだ?」って聞いてきた。そんなの、俺だって知らない。
よほど純粋な子供か、生まれた時から地下強制労働施設にいたのではないかと本気で思うほどには、アレリアは何も知らなかった。
そのほかにも、「治癒」が使えたり使えなかったり、幾つか気になる点がある。
まぁ、世の中には事情があるやつもたくさんいる。
本人が深く聞かれたくない事は詳しく聞かないのが礼儀だろう。
ーーー
「グフゥ…………」
「魔獣だ、下がって」
アレリアたち一行は林の中で魔獣に遭遇する。
8匹の大きな猪みたいな魔獣だ。
リエルアは自身の得物を構え、周りに後ろに下がるよう促す。
「いや、俺にやらせてくれ」
「…アレリア?大丈夫なの?」
リエルアの横から、アレリアが話しながら現れ、前に出る。
「うん」
心配そうな声で尋ねるリエルアに対し、アレリアは右手をあげて大丈夫のジェスチャーをする。
「ちょっと、試したいことがあるんだ」




