第十三話「奥の手」
…走れ!
アレリアはさっきと打って変わって、フェリオンに向けて走り始める。
今何もしなかったら、死ぬ。
みんな死ぬ。
そして俺も死ぬ。
杖の先をフェリオンに向ける。
「水の槍!」
竜巻にその透明な槍先がつきささるが、消える。
やはり、武力で止めるのは無理だ。
「くっそ」
「残念だねえ」
フェリオンのあざ笑う声が、風の壁越しに聞こえる。
魔族に魔力はない。
ただ、災害のように魔術を起こす。
魔族の術。
魔術の語源はここからきている。
人間は魔力を媒介にして擬似的に魔族を真似ているだけだ。
竜もそれと同じ。
魔族はこの世界の支配者側の生物だった。
これが、アレリアの脳内に初めからあった情報の一つ。
そして、もう一つ。
魔族は敵だ。
魔族を許してはいけない。
魔族をただ無心で殺せ。
それがお前の生まれた意味だ。
「魔族ゥ!!!」
叫ぶアレリア。
竜巻までの距離はもうすぐだ。
俺が竜巻に呑み込まれれば、フェリオンは竜巻を解除せざるを得ない。
助けろ。
俺を犠牲に。
みんなを助けるんだ。
多少の怪我なら怖くない。
ただ、みんなで生きるんだ。
風を感じる。
悪意を、殺意を感じる。
「ッぐ」
竜巻の中に飛び込むアレリア。
遠くから、その様子を見るヴィアルム。
瓦礫の中から、傷だらけの身体を再生しながら困惑する。
「あいつ、死にたいのか?」
一瞬、思考を巡らせる。
なぜ?
なぜこいつは自ら死地へ向かった?
自分らの意図に気づいている?
こいつは自身のことを俺たちが殺せないと理解しているのか?
いや、話を聞いていたんだ。
それとも、こいつは死なないのか?
両方か?
まぁ、いい。
このままではフェリオンが殺される。
仲間を殺されるより、訳もわからない生き物を生かす方が軽い。
巻き上がる大きな竜巻を見ながらヴィアルムはため息をつく。
「フェリオン、こいつも殺そう」
「え?マジで?」
素っ頓狂な声を上げるフェリオン。
両手を上に掲げながらヴィアルムの方向を見る。
「じゃ、熱くなるから気をつけろよ」
ヴィアルムは地面から拾った手頃なサイズの木片を竜巻に投げ込む。
この木片はおそらく、壊れた住宅のものだ。
そして、竜巻に呑み込まれる直前、ヴィアルムは目の標準をその木片に向ける。
木片は、もちろん可燃性だ。
「火葬」
赤い。
燃える木片は竜巻に呑み込まれる。
「わぉ」
フェリオンが呟く。
下の方から竜巻が赤く染まっていく。
炎だ。
フェリオンの竜巻の中の気体は、酸素のみやら、窒素のみなど調節が可能だが、普段は空気と同じ割合の気体だ。
それでも、やはり「火葬」の勢いは強まるばかりだ。
「まずいまずいまずい!」
「あっつ!熱波だ!」
一方、宙に浮かぶカレアたちと合流したアレリアは下から迫る竜巻に、パニック状態になっていた。
アレリアは心の中で舌打ちをする。
くっそ。
読みが外れた。
こいつらは俺の命よりも保身を優先した。
まぁ、当たり前か。
俺でもそうする。
いや、そんなこと思ってる場合じゃない。
今すぐこの炎をどうにかしなきゃ、死ぬ。
自分の体で受け止めるか?
ある程度の損傷なら耐えられる。
いや、俺一人で抑えられる火力はすでに超えている。
俺以外のみんなが焼け死んで、終わりだ。
魔術の発動は、竜巻の中では出来ないし。
てか、竜巻に入る時の反動で杖がどこかへ吹き飛んでしまった。
普通の竜巻ならすでにアレリア含めた冒険者たちの体は遠くに吹き飛ばされていた。
この竜巻はフェリオンが意図的に調整して、冒険者たちを閉じ込めるためのものだ。
魔術は発動できないし、おそらく発動できたとしても足場が安定しなくてすぐ魔力の供給が途切れる。
剣士、戦士も同じ理由で空中で戦うことはできない。
「動けねえ!」
「くっそくっそくっそ!」
近くから、誰かの悲鳴が聞こえる。
風の音でよく聞こえないが、おそらくメーデルあたりだろう。
カレアとかはあんまり弱音を吐かないタイプだ。
…やはり、これをするしかない。
もう二ヶ月は使っていない。
これを使った後は体の脱力感がすごいので、あまり好きじゃない。
今考えると、これは魔力切れの症状なのだろう。
覚悟はできている。
勇気もある。
理由もある。
あとは、自分自身に頼るだけだ。
方向…、方向は炎が向かってくる方でいい。
フェリオンを殺すよりも、みんなを生かす方が大事だ。
「…………」
「……アレリア?」
両手を広げて、前に突き出す。
カレアの困惑した声が、背後で聞こえた気がした。
アレリアの目の前には、もう炎がすぐそこまで近づいてきていた。
声を振り絞る。
少しでも気を抜いたら、むせていまいそうだ。
熱い。
温度を感じる。
髪が、肌が焼けてしまいそうだ。
詠唱。
「見えない魔術」
音はない。
消えた。
炎が消えた。
「火葬」の発動自体が無かったことになり、それを渦巻いていた竜巻の制御も失われ、
アレリアたち冒険者はその運動エネルギーを保持したまま、弾き飛ばされて行った。
詠唱…、いや間に合わない。
アレリアが叫び声を上げながら、近くの建物に衝突する。
「ぅあああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
その衝撃でアレリアは意識を失った。
何度もいうが、この「見えない魔術」という詠唱は目の前の空間を見境なしに削り取るという、あまりにも無法な魔術。
いや、これは魔術ではない。
魔族が使うのと同じ、災害の部類だ。
「…なんだ、なんだ今のは」
「わからんねぇ」
ヴィアルムは先程起きた事象に未だ信じられず、目を大きく見開く。
その目線の先には、血を流し、気絶しているアレリアの姿があった。
魔族の魔術を消した。
というより、周りの空間、空気ごと抹消された。
あれは、人間の扱える魔術の範疇ではない。
あれは、魔族の敵だ。
魔族の敵であるのと同時に、人類の敵だ。
あれは、別の生命体。
人間に擬態しているだけの、もっと悍ましい、存在しては行けない生き物だ。
「………」
竜巻を解除するフェリオン。
多少、ヴィアルムよりも楽観的な思考をしている彼女だが、考えていることはヴィアルムと同じだ。
どんな人間よりも、先にこいつを殺さなくてはならない。
あいつはまだ死んでいない。
確実に殺すべきだ。
辺りはすっかり暗い。
「フェリオン、残りの冒険者の死亡を確認しろ」
「…ん」
あの高さからあの勢いで落下して5体満足のやつはなかなかいない。
他の冒険者はすでに死亡しているか、瀕死の状態だろう。
フェリオンの次の言葉を、ヴィアルムは知っていた。
後ろを振り返らずに、ヴィアルムが言葉を続ける。
「ヴィアルムは何をするのか、…お前が一番知ってるだろ」
「まぁ、わかった」
何か少しつっかかった様子のフェリオンを無視して、ヴィアルムは気絶したアレリアに向かって歩き出す。
「……ん?」
気配。
「光線」
それは、予期せず聞こえてきた詠唱。
カレアだ。
カレアの詠唱。
その光線は、ヴィアルムの右目を貫通する。
その勢いのまま、頭はぐるりと回って身体ごと地面に衝突した。
「ぅぐあっ!」
血が辺りに溢れて、ヴィアルムは自身の右手を今はなき右目に添える。
そして、ニヤリを笑う。
その目線の先には、「治癒」で全身を回復させた魔術師、カレアがいた。
「…なるほど、頭を使ったな」
頭付近の再生には時間がかかる。
たとえそれが魔族でも、だ。
作りが複雑なのか、単純に頭に魔力がつながりにくいのかは知らないが、とにかく今のヴィアルムには死角ができた。
迷惑そうな顔をするカレア。
竜巻の影響でまだ頭がぐわんぐわんしている。
「うー」と呻き声をあげて、言葉を続ける。
「……おかしいな、なんで生きてんだ俺」
「さぁ、あの気絶してるやつに聞けよ」
カレアが自虐気味に笑うと、ヴィアルムは右手を下にずらし、こちらは不敵に笑った。




