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プロローグ

時代設定が1990年と古いです。平成2年のお話です。

えっ、と思われる設定には温かい心でお願いします。

 名前は恭神斉門。通称はサイモン。

 サイモンが自分に霊感があることを認識したのは中学生の頃だった。

 それまでも人が死んだあとの場所、霊を収めるという意味合いの場所、神社などでゆらゆらと蠢くもの、透けているものなどを見る自分が人と違うことには気がついていた。しかし、『霊感がある』と実感したのがその頃だったのだ。それから大分経って、『自分の霊感の強さ』を知る出来事に出くわした。これから話す物語は、サイモンが『自分の霊感の強さ』を知る切っ掛けになったその出来事である。

 サイモンは忘れていない。高校卒業したての梅雨明けに起こった出来事を。

 あの女性と、友人たちを。


 全国的規模の予備校。その、津田沼校。

 サイモンは今年の春からそこに通っている。

 津田沼校は二つの駅に近い便利な立地であった。JR駅より徒歩三分、私鉄駅からは徒歩十五分の距離にある。校舎はA館、B館の二つが百メートルほどの距離を置き建てられている。A館が旧館で、B館が新館となる。B館は、新館の名に恥じず、学食、本屋、学生用エレベーターが完備されA館との新旧の差を見せつけている。が、A館においても毎日のように出張本屋がロビーを占領し、近くの総合デパートはB館にはない大きな利点となっている。立地条件に関しての不満は新旧どちらも取り立ててなかった。また、そんな不満は言ってもどうしようもないことだ。予備校生の不満解消方法は、高校時代と何ら変わらず、講師の悪口、パチンコ、競馬、カラオケ、酒、恋、と言ったところだった。

 津田沼校。一学期終了間際。

 七月二日、木曜日。


 昨夜はひどい豪雨。そして、今日も朝からあいにくの雨だった。雨のときはバスでのんびり予備校へ行くのがサイモンの普通だった。しかし、寝坊をしてしまっては遺憾ともしがたい。最初サイモンは、傘を差していつも通りに自転車で行こうかと考えた。しかし、昨夜の豪雨には遠いが梅雨の抜けきっていない天気は、いつ、どうなるか分からなかった。サイモンは最寄りの駅まで歩いて、電車で行くことに決める。時計を見る。一時限目にぎりぎり間に合うかどうかだ。

「行ってきます」もそこそこにサイモンは小走りで家を後にし、駅を目指した。全速力で走れば十五分だが、そんなことをするのは体力と精神力の無駄である事だとサイモンは思っている。

 ずり落ちて来る肩掛けカバンを何度も直しつつ駅に到着する。所要時間は二十五分程。サイモンは傘を畳みながら切符を買い、改札を抜けた。

(うえっ。すげえや、これ。)

 サイモンは思わず呟く。見ただけで嫌になる人の多さに、溜め息をついた。予想していたことだったが、雨の日のホームは気が滅入る。久しぶりとなれば尚更だった。

 電車が駅のホームに入ってきた。

「上り線に電車がまいります。白線の後ろに……。」

 スピーカーからの駅員の声がホームに流れる。電車が停まり扉が開く。殆ど人は降りない。当然である。朝のラッシュ時に普通電車しか停まらない小さな駅だ。乗る人のためにこの電車は停まったのだ。

(扉は津田沼で、反対側が開くな。)

 サイモンは傘とカバンを体に密着させると、津田沼駅で無様なことにならないように強引に人口密度が高い車内に体を埋める。サイモンの強引な動きに回りの人垣は揺れ、しかし、そのせいでサイモンの後ろから乗る人は無事に車内に場所を確保することが出来ている。サイモンはそれを見て満足をする。

(別に俺のお陰でもないけどね。)

 心の中でそう呟くことも忘れない。

 扉が閉まり、電車が動き出した。七月。車内は快適な空間をつくりだすため、クーラーと扇風機が設置されている。しかし、この鮨詰め状態では殆ど意味を成さない。人の汗と傘についた湿気で不快度は高く、電車が揺れ、人が揺れるごとに顔をしかめたくなってくる。サイモンは背が低いほうではなかったので自分の肩程しかない人の頭を見て、滅入る心を慰めた。

 最寄り駅から津田沼駅までの所要時間は十分弱。

 窓からの景色がもうすぐ津田沼駅であることを告げる。サイモンはほっとした。そして。

 いきなりだった。


「どわっ。」

 いきなりすぎて思わず唇から言葉が漏れた。電車が急停車したのだ。サイモンは吊革につかまっていなかったので、そのまま斜め後ろの男にぶつかってしまう。辺りでも同様のことが起こっているらしく、「痛っ。」とか「すみません。」と言う声が飛びかっている。

 サイモンもぶつかった男に詫びた。

「すっ、すいません。」

「………タバコか。」

 詫びの言葉に返ってきた聞き覚えのある声にサイモンは驚いた。そして、ゆっくりと答える。

「……それは、吸いませんだろ……。」

 三ヶ月前までは毎日のように顔を合わせていた人間がそこに居た。その男が笑い始める。

「はっはっはっ。サイモン、お前はやっぱりサイモンだよ。全然変わってない。」

「………真実か……。」

 サイモンはぼそっと答えた。男の名は清水真実。高校時代の部活の友人だった。逆三角形の顔に、細い目。その目を眩しそうにさらに細めるのが癖。サイモンより頭半個分低く、体型は音楽家のような細身だ。

 真実はすでに地元の国立大学に受かっていた。真実は久し振りにサイモンに会って嬉しそうだった。

「お前、俺がすぐそばに居るのに全然気がつかないんだ。」

「チビはよく見えん。」

 この投げやりな言い方はサイモンの癖みたいなものだ。真実も心得たもので、

「すぐにそんなことを言う。うんうん……。分かったよ。お前はそう言う奴だ。うんうん。」

 と一人頷き納得している。

 電車はなかなか動き出す気配を見せない。乗客達は、サイモンや真実も含めてざわめき始める。一度、車内放送があった。

「誠に乗客の皆様に御迷惑を御掛けしております。千葉中央よりの電車が、駅に入り切らないままストップしました。原因が分かるまで暫く御待ちください。」

 サイモンはその放送にあっさり納得すると、カバンの中からヘッドホンステレオを取り出して聞き始めた。しかし、辺りのざわめきは一段と激しくなる。口々に文句を言い出す人達。窓を開けたり、意味もなく日除けを下ろす者。黙り込んで車内広告に見入る人。腕時計を睨む者。

 真実は腕時計を睨んでいる口だった。しばらくして、言った。

「まずいな。今日はテストなのに。向こうで勉強をしようと思って早めに出て来ていたから良いけど。………もう三十分だぜ。………なあ、サイモン。」

 真実はサイモンの顔を見た。しかし、サイモンはヘッドホンステレオに聞き惚れてニヤニヤしている。

「……何聞いてんだよ。」

「落語。」

「うんうん。お前の趣味は分かったからもう良いよ。」

 真実はサイモンの肩をポンポンと叩いた。

 新しいざわめきの波が前の車両から伝わってきた。

 自殺。女。

 何を想像し、考えたのか物好きが窓から身を乗り出し、前方に目を凝らしている。

(良い趣味しとるわ。)

 サイモンは思う。ざわめきはサイモン達の車両を通り過ぎさらに後ろへと伝わっていく。

 女が、亡くなった。サイモンはこの事実を心の中で反芻してみる。そして、思わず呟いていた。

「………女か……。」

「どうした、サイモン。」

 真実がサイモンの呟きを聞きとめた。

「いや、別に女だから勿体ないとかな。そういう意味で言ったわけじゃなくてな。その………。」

「何言ってんの。大丈夫か。」

 サイモンは明らかに間抜けなことを言い出していた。真実の驚きはそのままサイモンの焦りになる。

「いや………。居るんだ。すぐこういう突っ込みをする奴が。」

 真実は暫くサイモンの顔を見ていた。

「渦間か、そいつ。」

 サイモンは大きく頷いた。渦間享一。高校時代同じクラスだったサイモンの友人だ。そして、真実の友人でもある。今は東京の私立大学に受かり、一人暮らしをしている。サイモンは渦間と話していると考えがまとまるので何時間も語り合ったものだった。しかし、いつの間に毒されていたのだろうか、サイモンは心外だった。

「警察、来てるかな。」

「そりゃ、そうだろう。」

 真実は耳を聳た。頷いて言う。

「じゃあ、やっぱりあの音はパトカーのサイレンだ。」

「そんなの聞こえるのか。」

「イヤホン。外せよ、サイモン。」

 さらに三十分が過ぎて、電車は動き始めた。すでに文句さえも言い疲れたのか、車内にはぐったりとした雰囲気が漂っている。車内放送すら流れず、電車は静かに津田沼駅の一番ホームに滑り込む。

 扉が開いた。ドッと人が出る。サイモンと真実はその流れに身を任せる。向かいのホームの事故現場にロープが張られ、警官が三人程立っているのが見えた。そこを覗き込もうとする物好きは無論いない。

 事故現場を通りすぎるとき、サイモンは何かの気配を感じた。

 それと共に『ゾクリ』とする。背筋に何かが這う予感。振り向いたら見えるものは分かっていた。普段は、無視することを持つものとしての矜持としていた。しかし、この感触は今までの中で、かなり強い部類に入りそうだった。

 サイモンは歩みを緩め、ゆっくり振り向いた。

 目を細める。

 何かが見えた。しかし、それはすぐに消える。

 サイモンはこの駅で降り、予備校へ向かい。真実はこの駅で乗り換え、大学へ向かう。二人は改札への階段を登りながら別れを言った。

「じゃな、サイモン。」

「じゃあな。真実、テスト、頑張れよ。」

「聞いてないようで聞いてるな。サイモンって奴は。」

 真実は苦笑している。

 二人は少々殺気立っている人の流れに逆らわず、別れた。

1990年から1998年で書き上げた作品を投稿します。

少し手直ししました。よろしくお願いします。

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