七 訪問
時代設定が1990年と古いです。平成2年のお話です。
えっ、と思われる設定には温かい心でお願いします。
成田駅は、そのまま降りると門前町の駅である。国際空港は、成田空港駅と言った立派な名前がついている。津田沼から成田への行き方は、私鉄とJR線の二通りがあるが、二人は千葉で乗り換えをして成田線に乗り換えるJR線よりも、一直線に成田へ向える私鉄のルートをとった。正月にもなれば、成田山に詣でる人々で賑わうこの駅も、通常の平日は閑散とした印象を受けることが多い。サイモン達が降りたった日もそうであった。
小雨は止みそうな気配だった。遠くの東の空に青空が、申しわけなさそうに顔を見せている。時刻は既に午後二時をすぎ、一番人影が少ない時間となっている。本来なら予備校で講義を受けているはずだという思いが、成田に来ていることに大きな意味があるようにサイモンには感じられた。
「それで北巻しぐれの家はどこなんだ。」
サイモンは成田への道中、必要な会話しか交わさなかった加賀美に聞いた。加賀美は何かを考えている目付きを電車の中でも終始止めなかった。加賀美がいつもの加賀美ではないのはその眼差しのせいである。
二人は私鉄の成田駅の改札を抜け、外のバスターミナルを左手にゆっくりと歩いていた。サイモンの問いに加賀美は気づいていないようだった。サイモンは溜め息を付こうとしてやめた。今の加賀美は人の話しに注意を払ってはいられないのだろう。
しかし、サイモンには、北巻しぐれの何が加賀美をここまでにするのか理解が出来なかった。
「加賀美。」
サイモンの声に、加賀美は夢から覚めたような顔を向けた。
「あっ。何。」
「北巻しぐれの家ってどこら辺なんだ。」
「住所か。玉造四丁目※※番地。」
「えっ。」
サイモンは驚いて聞き返した。加賀美は答える。
「だから、玉造四丁目※※番地。」
「サンキュ。」
(真実の家の近くだ。)
サイモンはそう思って、何となく気が重くなった。別に真実に会いたくないという理由ではなかった。ただこれ以上、登場人物が増えることに関して、サイモンは嫌な気がした。理由無く、そう思った。真実に会うという確信があるのでもなかったのだが。
「バス知ってるか、サイモン。成田よく来てんだろ。」
加賀美が言った。
「分かるが……、でも歩かんか。」
「何で。」
「金が勿体ない、それにその住所なら三十分も歩かんよ。」
加賀美は唇を突き出した。サイモンは何かとそれを理由にするのだ。
「また金かよ。」
「お前もそうだろ。」
「こんなときに言うこともないだろ。」
加賀美は機嫌を損ねたようだった。
「何を言う若いくせに、文句を言うな。」
「んだよそれは。」
加賀美は諦めたように言った。
途中にあったファーストフードで取っていなかった昼食を取り、その後二人は花屋に寄った。北巻しぐれの霊前に備えめる花を買うためだ。
「サイモン。幾らぐらいが常識かな。」
「さあ、気持ちだからな。二千五百円程でいいんじゃないのか。」
サイモンは自分の経験からそう言った。
「じゃあ、五千円ぐらい出すか。」
「お前本気か。」
思わず語気鋭く加賀美に、サイモンは問うた。加賀美は戸惑いを見せて言った。
「………そうだよな。そんなに高価じゃない方がいいか。花は選んでもらうよ。」
加賀美は千円札を三枚出し、釣は貰わなかった。
一本だけある白百合がやけに目につく花束になっていた。空が、梅雨の終わりが近いことを示す青空を見せていた。雲の切れ間から、光が薄いカーテンのように降りそそいでいる。湿った地面が光で暖められ、蒸気と共にアスファルトの匂いを辺りに撒いた。二人は人影の無い閑散とした駅から、都市計画で作られたベットタウンへの大通りを歩いていた。大通りも人影がない。そのせいなのか、それとも他に理由があるのか、サイモンは自分が小さくなる錯覚に陥った。アスファルトの匂いが目眩を起こさせる。梅雨が明けていない空は、そのためのエネルギーを人々に要求している。そんな考えが浮かんだ。
加賀美は相変わらず言葉少なく、サイモンもそれに合わせていた。そうして十五分も過ぎたころだろうか。聞き覚えのある声が二人を振り向かせた。
「あれっ。サイモンじゃん。何やってんの。」
大通り左手に学校が見え隠れする場所だった。自転車のベルの音。すぐにサイモンは声の主がわかった。最近聞いたばかりだ。
清水真実である。
「真実。こんなとこで会うなんて珍しいな。」
サイモンの問いに真実は答えない。
「あれれっ。加賀美じゃん。」
「久しぶりだなぁ、清水。今帰りか。」
サイモンは真実に無視を食らって機嫌を悪くする。真実は加賀美の問いに自転車を降りながら答えた。
「うん、うん、そう。今日は講義が二つだけ。まあ、すぐに帰ってきたからってのもあるけどね。」
「国立は一、二年で教養を終わらせるんじゃないのか。」
加賀美の問いに真実は怪訝な顔をしたがすぐに答えた。
「ああ、講義が少ないって事か。休講とかあるからね。教授もいろいろだよ。テストもあったりするし。」
「テストもあんの。国立のテストは休み明けからだろ。」
「教授次第って事だ。まあ、休み明けからが本当のテスト期間だよ、うんうん。おかげで夏休みはゆっくり出来そうにないけどね。まっ、バイトはもちろんするよ。バイクの免許を取ってる最中だし、バイクも欲しいしね。忙しくなりそうだ。」
真実は一気にそこまで言うと、一人頷いた。サイモンは相変わらずよく喋れるなと、高校時代と変わらない勢いのある口調に圧倒されていた。加賀美はフーンと頷き、いいよなぁ、大学受かっている奴はよぉ、と拗ねたことを口にする。
「ところで、君たちはこんなところで何してるのかなぁ。」
真実は加賀美の持っている花束を見ながらそう揶揄した。
「ちょっと家を捜しにな。」
サイモンが答えた。
「花束を持ってか。告白でもすんのか。」
「何言ってんだよ。違うに決まってるだろ。」
真実の言葉に加賀美は息巻いている口調で言った。加賀美の慌てている顔を見て、サイモンは思った通りの展開になってきたと思う。真実は笑い出した。
「何でかな。ムキになるところがますます怪しいじゃん。」
「そんなんじゃないって。」
「なんだこいつぅ。怪しいぞぉ。」
加賀美の反応がよほど楽しいのか、真実は調子に乗っている。サイモンはそれを見ながら、知らないって悲しいなぁと思った。しかし、加賀美は怒っているわけではなさそうだった。サイモンは放っておくことにした。暫くすると、真実はもういいと思ったのか、加賀美の言葉を最後にからかうのをやめた。
「この花は……って、もういいだろ。」
「分かった、分かった。それで、本当に、本当に誰の家なんだよ。」
加賀美は疑わしそうに真実を見たが、すぐにそんな目をやめた。
「いや、………な。」
そこで加賀美は大きく息を吸い込んだ。
「北巻医院って、知ってるか。」
すこし、間があった。しかし、すぐに知っている真実の口調が答えた。
「知ってる知ってる。最近不幸のあった小さな内科だよ。」
そこで、真実は気がついたのか気不味そうにした。サイモンは、内心飛び上がるほど驚いた。加賀美の調べた住所は、合っていたのだ。それが、本当に本人の家かは、まだ分からないのだが。正直、合っているのだろうと予感がした。真実は、まだ喋っていた。
「じゃあ、そうか………その花はあれか、うん。そう言われると、何か、種類が違うものな。」
加賀美は苦笑した。
「だから言ったろ、違うって。」
「真実、案内出来るか。」
サイモンは内心の驚きを出さないように気を付けながら、若干ゆっくり気味に切り出した。それに、いい加減立ち止まって話しているのは時間の無駄だと思い始めていた。加賀美もそう思っているんではないかと考えたが、案の条だったようだ。すぐにサイモンに合わせた。
「清水、案内出来るのか?」
真実は、いきなり自分に振られた役に面食らった顔をした。その面食らった顔にある微かな表情の変化を、サイモンは見た。
(嫌そうだな。いや、違うのか。もしかして、知り合いか。家も近いし。)
そうは思ったが、これ以上登場人物が増えると訳が分からなくなる思いが勝って、その問いは胸にしまった。
真実は少し考えているようだった。ふと顔を挙げて言った。
「うん。まあ、いいよ。帰り道でもいいし。……でも、それならこっちじゃないぜ、そこの手前の角を右だ。」
真実は自転車に乗り、向きを前後入れ替えた。そして、ゆっくりと漕ぎ始める。サイモンと加賀美は真実の自転車を追いかけた。
「ここだ。んじゃね。俺、帰ったら勉強するから。」
そう言って真実は去って行った。
着いた北巻医院は、小さな駐車場を持った平屋建てだった。入口が一つ。外見からは特に身内の不幸を示す痕跡はなかった。二人は入口に近づいてみた。扉には『休業』という掛札がしてあり、さらに、張紙があった。
『誠に勝手ながら、一週間休ませて頂きます。』
ガラス張りの扉から見える待合室は、暗い。小さくても、人影のない病院は気持ちのいいものではないとサイモンは思い、眉をひそめた。
加賀美が張紙を見ながら真面目な声を出した。
「やっぱり、ショックだろうな。」
サイモンは加賀美の顔を見た。加賀美は続けた。
「娘が………死ぬっていうのは……。」
サイモンはもう一度張紙を読む。加賀美の言葉を反芻する。
(そうだな………。……なんか、色々な意味で。)
まだ、本人の家かは、分からないのだが。と心で呟きながらもサイモンは思い出していた。どこで読んだか忘れてしまったが、遺体の損傷が激しい場合、すぐに火葬する時があるという。新聞記事には警察が動いていると書いてあったが、司法解剖までする必要があるのだろうか。妊娠していたのが本当だとして、最近耳にするDNA鑑定を胎児に行えば父親がわかるのかもしれないが、選択した人生の終わらせ方が、それは無理だろうと思わせる。麻薬をやっている可能性は零とは言えないが、今までの感触がそんな事件性を感じさせなかった。
そうすると、いま、この家には何があるのだろうか。葬儀はまだかもしれない。亡くなって四日しか経っていないのだ。だが、医者なら伝手はいくらでもありそうだった。サイモンは、もう少し、真実にいろいろ聞いても良かったかと後悔したが、後の祭りである。思考をぐるぐるさせてもしょうがないと、あたりを見渡した。
人通りの少ない道だった。住宅の密集しているベットタウンの中で、北巻医院にはどのような人が来、どんな人が診察していたのだろうか。診察していた人が、つまり、北巻しぐれの父親になるのだが。
「本当の玄関はあっちらしいぜ。…ひょえー、でっかい家だなぁ。」
加賀美はサイモンを呼びながら、周りの家と北巻家を見比べてそう言った。家は病院の続きにあった。そして、本当に大きい。他の家より一回りは大きかった。しかし、サイモンはこの家は好きになれないと思った。何かしら人を遠ざける雰囲気があった。人間不信というか、まるで家自身が排他的な劣等感の固まりである、そんな空気。
サイモンは体を震わせた。
加賀美はそれを感じたのだろうか。サイモンが見守るなか、ゆっくりと門に続く階段を登って行く姿には、それを感じたのかどうかを知る術はない。加賀美は呼び鈴を押そうとし、一瞬躊躇した。そしてもう一度押そうとする。
しかし、そこで、加賀美の動きは止まり、首がサイモンの方を向いた。
「サイモン。来てくれよ。」
「おまぁーなぁー(お前なぁ)。」
そう言いながらも、サイモンは五段ある門への階段を登る。加賀美は目をつぶり、一人言を言っている。花束を右手に持ち替え、再び左手に持ち替えた。それが終わると一人で何度も頷き、息を大きく吸った。ちらりとサイモンの方を向く。そして、意を決したようにインターホン付きの呼び鈴を押した。
「ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン。」
間があった。
「どちら様。」
インターホンからの声は、疲れた印象を受ける女の人の声である。加賀美は慎重に声を出した。
「あのー、しぐれさんの………、友人なのですが……。」
「しぐれの?」
インターホンの向こうから何やら言い合う声が聞こえてきた。二人は夫婦なのだろうと見当をつけるが、どちらも一言も喋らない。暫くして扉が開かれ、しぐれの母親らしき人が顔を出した。
「門は開いています………。どうぞ………。」
加賀美は一礼して門を開け、中に入った。サイモンも続き、そして、門を閉める。
母親は声の印象通り,やつれた感じの人だった。
1990年から1998年で書き上げた作品を投稿します。
少し手直ししました。なんか、ちょっと作品が若々しくて苦しい…全二十六話+4話(前日譚、プロローグ、エピローグ、後日譚)です。




