美味しさの秘密は
「いらっしゃいませ!」
店主の元気な掛け声がかかる。お店はほぼ満席だったが、運良くカウンター席が1つ空いていた。
「お水どーじょ。」
どうやら家族経営なようで可愛らしい女の子が水を渡してくれた。メニューはカレーだけなようで、料理がすぐに運ばれてきた。お店の外にも漂っていた良い匂いがする。
「う、美味い!!!!」
今まで食べたカレーの中で一番美味しい。僕は混乱した。だって「一番美味しい」なんてありえないはずだから。
国家機密のため働いている者しか知らないが、今の農業は全て機械がおこなっている。人間は機械のメンテナンスが仕事なので、農業だが土にはほぼ触れない。野菜たちは種類ごとに家畜は用途別に部屋が用意され、その中で栽培や飼育されている。しかもプログラムによってそれぞれ適した温度や湿度、あらゆるものが管理され、味はほぼ同じものが生産されているのだ。材料はみんなが使っているものと同じ、だとすると「一番美味しい」理由はレシピなのか?
「お客さん、お口に合いませんでしたか?」
店主に声をかけられて、ふと気がつくと客は僕だけになっていた。
「いや、そうではなくて!むしろとても美味しくて、どうしてこんなに美味しいのか考えてしまって!」
僕が慌てて言うと、店主は笑って、
「ははっ!よかった。カレーが美味しいのは使ってる材料がいいからですよ。」
「え、そんなはずは!」
「レシピは一般的なカレーと同じですよ。」
「絶対そんなことはないです!なにか工夫されている所があるはずです!」
僕が断言したのを不思議に思ったのだろう。店主は少し考えてから、
「そこまでおっしゃるなら、レシピをお渡ししましょうか?」
「え、いいんですか⁈」
「ええ。ですが、本当に普通のレシピですよ?」
「ありがとうございます!」
「ただし、一つお願いがあります。またぜひウチに食べにいらしてくださいね。」
材料を買って家に帰り、早速レシピ通りに作ってみる。絶対お店と同じ味になるはずだ。そう思っていたのに、
「味が違う⁈」
お店の方がはるかに美味しい。こんなことは初めてだ。もしかして家のガスコンロの火力の問題か。そう思って仕事場にあるコンロを使って調理してみる。
「先輩、カレーのいい匂いがしてますけど、遂に自分で作るようになったんですか?」
匂いに誘われ後輩がやってきた。僕の職場は管理する作物ごとに3人1組のグループになっている。後輩は僕の頼れる仲間だ。
「昨日美味しいカレーのお店を見つけたんだけど、その人がレシピをくれてね。家で作ってみたんだけど、味が違ったんだ。」
「それはあり得ないですよ。だって材料は全部同じ味がするんですから。」
「だよなー。だからここのコンロを借りて作ってみてるんだ。」
できたものを食べてみる。昨日家で作ったのと同じ味だがお店とはやはり違った。