第八話 元勇者の決意と新王女の覚悟
ルコルアの街でガダル爺さんに寝具を頼んでから数日、俺はルコルアの色々な宿に宿泊してみた。
騒がしくて温かみのある宿、料理が美味い宿、狭いが安い宿……本当にみんなそれぞれに特徴があった。
「……このままじゃだめだな」
俺の宿は競争相手こそいないが、その分立地面では最悪だ。
俺にとっては思い入れの深い場所で、あそこ以外考えられないと思っているが、それは完全に俺側の都合。
探索者にとっては付近に滞在できる場所がなく、ダンジョンも別段特に人気があるわけではない。
村もなくなってしまっていて、人が人を呼ぶこともない。
とはいえ、このまま嘆いていても始まらない。
……とりあえず、魔族の被害を受けたあと最低限の片付けしかされてないあの村を整理する必要があるな。
客は……まあ、人気ではなくともダンジョンはあるんだ、誰も来ないってことはないだろう。
今朝、眠りの羊に顔を出してみたが、やはり幻妖の羊一頭分すべてを加工するのにはそこそこ時間がかかるらしく、もう少し待ってくれということだった。
ルコルアには転移でいつでも来られるし、ちょっと帰ってあの村を整備しよう。
◇◇◇
数日ぶりに帰って来た村はやはり懐かしさを感じる雰囲気だ。
だが、そんな中に一つ、新たな風を感じさせる建物があった。
「やっぱり、雰囲気もいいなこの宿」
何を隠そう、「仲間に捧げる理想郷」で作り上げた宿である。
ここはもう手放されて長い時間の経つ場所だ。
ダンジョンの近くということで、この村の領主である貴族が手放さないかと思っていたが、やはり魔族の被害に遭った村だ。
原因はおそらく俺だが、そうでなくとも魔族に狙われたことのある場所を好んで領地に残しておこうとする貴族も組み込もうとする貴族もいなかったようだ。
そのおかげでこうして勝手に宿なんかを作れてはいるんだが。
せっかくだし、村の外観も綺麗にしてしまうか。
正直、あの日に亡くなった人たちのことを考えるとこのまま残しておきたい気持ちもあった。
だが、それ以上にこの村を悲惨な過去のまま停滞させるのではなく、新しく生まれ変わらせてやりたいと思った。
そこまで大きな村ではない。
俺は村中を歩き回って、昔この村に住んでいた人を思いながら一つ一つ建物を崩し、荒らされたままだった村を整えていった。
「ふう……まあ、こんなところか」
荒らされた姿のまま十年近く残されていたその村は、そんな悲劇の跡ごときれいになくなり、のどかな風景の中にぽつりと一軒の宿だけが残された。
「さて、この後はどうするかな……」
一仕事を終えてもファレスは手を止めようとしない。
その姿は過去の記憶を整理しているが如く儚げで、まるで償いに生きる者のようでもあった。
◇◇◇
「ミア……どうしたのだ!? その髪は!」
その日王城には激震が走った。
王国の顔であり、国王の一人娘ということでほとんど外を知らないまま蝶よ花よと育てられてきた王女ミア。
彼女の美貌をより確かなものとしていたのは、腰まで伸ばした透き通るような明るいホワイトブロンドの長髪であった。
「そろそろ、自分を出しても良い頃だと思いまして」
「……?」
「もう、二十六です。父上の庇護下になくとも自分で生きていけます。婚期は逃しましたが、王族としての務めを放棄するつもりはありません!」
「ミア……」
彼女は甘えを捨てた。
いつか叶うと信じていた夢は散ってしまった。
しかし、新たな夢ができたのだ。
「王族……いえ、次期オネイロス王国の女王として、本格的に政務へ参加させてください!」
その表情から感じられる彼女の本気。
きっとこの表情を見た者は親でなくとも心を動かされてしまうだろう。
「……良いだろう。結婚のことは……好きにしなさい。どうしてか、お前には決めた相手がいるのかと思っていたから、今までこの国を出ずに居てもらったが……」
「いえ! 父上、私は結婚はいたしません! 私の後は父上の御兄弟の御子息やそのまたご子息に任せましょう! でも、父上の後は私がしっかりとこの国を導きます! 今は無き勇者のために!」
「……それも含めて好きにせよ。だが、険しい道になるぞ?」
「もちろん、望むところです!」
ファレス、見ていてください!
今でも悪い国ではないでしょう。民の幸福度もそもそもの豊かさもおそらく他国よりも上の水準。
でも、きっとまだ手が届いていない場所はある。
だから私は、そんな場所すべてにまで手を伸ばし、治めてみせる。
それが私の新しい夢。
そして、それが叶ったら――
「引退して、会いに行きます! ファレスっ!」
この日以降、オネイロス王国の内政に新たな風が吹くことになる。
その風は今まで過度に当てに行かず、外さない政治を行っていた王国を一変させる、最適解を求め続ける政治。
外さずかつ当てに行く、民最優先の政治を行い、最高の国の実現に邁進していくことになるのだが、それはまた別のお話し。
なお、そんな立派な彼女だが、やはり王都を離れることは全くなかったのだとか。
彼女の一番近くで護衛をし続ける近衛隊長の話しでは、「初めての驚きはあの人の話しに取っておきたい」と言っているとのこと。
この発言はいつまでも結婚をしない王女の恋愛事情につながっているのではないか、実は叶わぬ想い人を思い続けているのではないかなど、大いに民を沸かせることになった。
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