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第七話 幻妖の羊

 ルコルア付近の森。

 この辺りは比較的魔物も少なく穏やかだ。

 だが、そんな穏やかな森にもやばい魔物の一匹や二匹は存在する。


 その魔物の一匹が幻妖の羊(ファントムシープ)だ。


 家具を買いに来たはずの俺が、どうしてこんな話をしているかと言えば、それはこれから向かう予定の眠りの羊に手土産として持っていくためだ。

 幻妖の羊はその全てが一級品の素材として取り扱われ、特に羊毛から作られる衣類や寝具は王国中の誰もが憧れる逸品である。


 そんな羊だからこそ需要は非常に高い。

 だが、それと同時に非常に厄介かつ強力な魔物でもあるため、宿で使う分すべてをオーダーしようとすれば俺の全財産が枯れ果てる。

 それにあの頑固爺さんに家具をオーダーするには何かしらで認められる必要もあるため、自分で幻妖の羊を捕まえて両方解決してしまおうというわけだ。


 まずは〈影に潜む隣人〉を発動して気配を殺す。

 あの羊は非常に警戒心が強く、一度気づかれてしまえば、木々が並び立つ森をそんなもの無いかのようにすごい速度で駆け抜けていってしまうため隠密行動が非常に重要だ。


 そのあとは探知魔法で少しずつ探していくわけだが、これも中々に難易度が高い。

 奴らはその名の通り敵対する者を幻で惑わせてくる。

 これが探知の妨害もしてくるため、ある程度腕の立つ魔法使いでも幻妖の羊を探知できるものは少ないだろう。


 まあそれは普通の探索者ならば、の話だが。


 俺は感覚を研ぎ澄ませ、探知魔法の範囲を一気に広げた。


「見つけた」


 一番近くに反応のあった羊の元へ走る。

 転移でも良かったが、どうやら意外と近くにいたようで転移を使うまでもなかった。


 毛の色はまるで宝石のような銀色に近い白色で、直視しているとその美しさに目を奪われそうになる。

 そんな目的の幻妖の羊は警戒している様子もなく、足元の草葉を食んでいる。

 だからと言って油断はしない。

 万一、気を抜いているうちに惑わされてしまえば厄介なことになる。


 万が一、億が一がないように絶対に外さない距離まで詰め寄ると、王国騎士団でもよく使われる捕縛の魔法〈追跡者の鎖〉を発動した。

 同時にもう一つ、〈睡魔の誘いアリュアリングヒュプノス〉も発動して、完璧な状態で幻妖の羊を捕獲した。


「よしよし、全く傷をつけずに捕獲できたな。これならあの頑固ドワーフ爺さんも認めざるを得ないだろ」


 俺よりも体躯の大きな羊だが、俺の〈保存の収納〉ならば全く問題なく持ち運ぶことができるサイズだ。

 幻妖の羊をまるまる収納すると、整備された街道に合流し、正規のルートでルコルアの街へ向かって歩き出した。


 ◇◇◇


「相変わらずの賑わいだなここは」


 数年ぶりに訪れたルコルアの街はその頃と少しも変った様子はないように見えた。

 でも、街の周辺を周る兵士たちが減っていたり、探索者ではない普通の旅人や観光客の姿が増えていることからやはり魔王討伐の影響は大きいのだろう。


 うん、褒め称えられたりたくさんの褒美を貰うより、こうして実感できる方が嬉しいな。

 十年、頑張ってよかった。


 この平和の立役者が自分だと思うと鼻が高いというものだ。

 今日は一杯やりたい気分だ、そこそこいいワインでも開けて。


「ま、とりあえずは寝具だ」

 

 幻妖の羊から作られる寝具は恐ろしく寝つきが良くなり、夢見も良くなる。

 よく眠れる、これは非常に重要なことだ。

 どんなひどい目に遭おうと辛いことがあろうと生き残った者は明日を生きなければならない。

 そんなときに有無を言わさず寝かせてくれる寝具というものはありがたい。

 ……。


「俺も何度も救われたよな……」

 

 家具屋だというのに無骨で飾り気のない扉。

 知らない人が見れば、どうやっても民家以上の何かには見えないそこが今日の目的地『眠りの羊』だ。


 軽めに扉をノックする。


「すみませ~ん!」


 反応がない。


 もう少し強めに扉を叩く。


「すみませ~ん!!」


 ……やはり反応がない。


 仕方ない。

 ドアノブに手をかけ軽く引くと扉は開いていた。


「ガダルさん! 勝手に入りますよ!」


「ぬぅ? ぁぁん? 何だ貴様?」


 俺が扉を開けるとようやく来客に気が付いた頑固ドワーフが工具を置いて顔を上げた。


「家具を正確には寝具を作ってほしくて、その依頼に来ました」


「断る!」


 即答。

 懐かしい、初めて来たときは驚いたよな。


「そこを何とか!」

 

「断ると言っているだろう! 俺は忙しいんだ!」


 フン! と顔を背け、また工具を手にする頑固ドワーフガダル。

 だが、これを見せれば血相を変えて飛びついてくるはずだ。


「そういえばさっき変な羊を捕まえたんですよ」


 〈保存の収納〉からチラッと幻妖の羊の顔を見せる。


「ぁぁん? 変な羊だぁ? せいぜい巨大羊……って、はぁぁぁ!?」


 幻妖の羊の特徴としてグルグルと捻じ曲がった角がある。

 この角は曲がって輪になった数が多いほど、希少でいい寝具が作られるのだ。


「その角の捻じれ……幻妖の羊じゃねぇかっ!? いったいどこで……しかも、三重の角……」


 予想通り血相を変え、工具を投げ捨てて飛びついてきた。


「おい、貴様! これをどこで捕まえて来た! こんな状態のいい幻妖の羊なんてもう数年見てないぞ!」


「ルコルアの近くの森ですよ」


「……チッ、いいだろう。寝具だったな、作ってやるよ」


 お、予想以上に早い了承。


「ありがとうございます! じゃあ、枕と掛け布団をお願いします! あとは別でシーツとかテーブルとかも見たいんですが……」


「おう、いいぜ。その他の家具類も勝手に見とけ。俺は早くこいつを加工してぇ」


 ガダル爺さんの目はすでに厄介者追い払いモードから、職人モードになっている。


「お願いします」


 もう一波、二波あるかと思っていたが、存外あっさりと作ってくれたな……。

 昔なら色々と小言を言ってきて、「はぁ……しかたねぇなぁ」みたいに渋々って感じだったのに。


 そんなことを考えながら、一応売り物として並べられている家具を眺めているとガダル爺さんが声をかけて来た。


「おい、兄ちゃん。あんたは勇者様って覚えてるか?」


「……! 勇者様ですか?」


「おう、お前と同じように俺に寝具を作ってくれって言いに来たんだよ。あぁ、懐かしいなぁ」


 こちらを一切見ずに手は黙々と解体作業をしながら、まるで独り言のように話すガダル爺さん。


「そう、なんですね」


「俺はドワーフ一の家具職人だ。安請け合いはしねぇって決めてたからよ、言ってやったんだ。俺に家具を作ってほしけりゃ相応の素材でも集めて来いってな」


 いや、それは違うだろ爺さん。

 作ってほしけりゃじゃなくて、売ってほしけりゃだっただろうが。


「そしたらよ、その勇者様はその日のうちに幻妖の羊を捕まえてきやがったんだ。今日のお前さんみたいにな。適当言って追い返そうと思っただけなのによ、あんな上質な素材持って来られちゃ、作らねぇわけにはいかねぇだろ」


 瞬間、顔を上げたガダルの鋭い眼光が俺を捉える。


「……どうかしましたか?」


「……いや、なんでもねぇよ。まあ、それ以来俺も心を入れ替えてな、素材の持ち込みをしてくる探索者にゃぁこうやって作ってやることにしてんだよ」


 ……。


「そうなんですね……」


「おう! ああ、そうだ兄ちゃん。この毛全部寝具にしちまっていいのか? 相当デカいか、相当な数になっちまうが」


「あ、はい。俺、宿をやろうと思ってまして、探索者向けの。なので数がいるんです」


「ほう……宿ねぇ。こんな上質な素材を宿に使うなんて兄ちゃんも変ってるな。売れば、一生遊んで暮らせる額になるぞ?」


「……はい。でも、良いんです。俺も宿には助けられてきたので、最高の睡眠を提供できる宿にしたいと、そう思っているので」


「カカッ、最高の睡眠か。それに俺の寝具を選ぶたぁ、兄ちゃんセンスあんな! まあ、その量なら今日明日でできるもんじゃねえし、少ししたらまた来いよ。シーツとテーブルだったか? そっちも特別に作ってやる」


「え! いいんですか?」


「ああ、今日は気分がいいからな!」


「じゃあ、お願いします!」


「おう、任せとけよ! ……そういや兄ちゃん名前は?」


 ……名前、か。


「……ファレス、ファレスです」


「そうか、じゃあまた来いファレス!」


 解体してもらい家具としては利用されない肉や内臓などを受け取ると店を後にした。


「名前……はまあ、変えなくてもいいか。〈存在しない記憶(インビジブルメモリー)〉で俺と勇者の結びつきは消えているわけだし」


 それにしても、あの頑固爺さんが……なぁ。

 俺と勇者の結びつきが消えても、勇者によって変わったことは残っている。

 ああ、本当に、やり遂げられて良かった。

ここまで読んでいただきありがとうございます!

少しでも面白い、応援したいと思っていただけたら☆☆☆☆☆評価、ブクマ等していただけると嬉しいです!

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