第六話 寝具にはこだわりたい
眩しい光が顔に降り注ぎ、俺は目を覚ました。
「んぅ……眩しいな」
昨夜はもう日が落ちていたせいで気にならなかったが、そう言えばこの宿はまだ内装がほとんどない。
それに加え昨日は疲れからか、カーテンを閉めることすら忘れて寝てしまったため日が直接差し込んできている、眩しいわけだ。
「どこから手を付けようか……」
〈保存の収納〉に寝具セットを片付けて改めて自分が作り上げた宿内を歩き回る。
「あ、そういえば昨日の夜の洗い物、やっちゃわないと」
何度見てもすごく設備の整った厨房だ。
それにコンロには火加減の自動調節機能までついていると来た。
本当に便利な魔法だなぁ……使っている人を見たことがないのはなぜだろうか?
そういえば、あの魔法書は魔族が持っていたものだったっけ?
――って、え!?
〈仲間に捧げる理想郷〉に感心しながらシンクの前までやってくると衝撃の光景が広がっていた。
どこからどう見ても昨日使う前よりきれいに洗われたフライパンと包丁がそこにある。
いやだって、このフライパンなんてもう何年目の物かわからないぞ? どうやっても取れなかった焦げ付きみたいなのはどこに行ったの!?
……まさか?
その光景に一つの可能性を覚えた俺は〈保存の収納〉から一枚のお皿と豊富な果汁が特徴のミツリンゴを取り出し、八等分に切り分けてみた。
ジュワッと果汁が流れ、甘い香りが漂う。
ミツリンゴは美味い。
美味いんだけど、この果汁が意外とべたつくからこうして手を使わずに食べられる時にしか食べないんだよな……それに洗い物も面倒だし。
だが!
朝食代わりにミツリンゴを食べた俺は果汁のついた皿をシンクに置いてみた。
すると、シンクの側面が開き、洗浄液らしきものが噴射され、適度な水圧でお皿が洗浄され始めた。
「ははっ! 至れり尽くせりじゃないか! この魔法は!」
素晴らしい! まさかコンロに続いてシンクにまでこんな素晴らしすぎる機能が付いているとは……。
洗われたお皿を手に取り、名前を付けられない程度の弱い風魔法でサクッと乾かす。
「よし! 問題なくきれいになっているな」
これなら一人でこの宿を切り盛りしていくのも余裕そうだな。
家事において一番面倒なのはこの皿洗いだという話はよく聞く話だ。
そんな面倒ごとが一発で解消されてしまったのだ。朝から何と気分のいいことか。
まだまだ底の見えない〈仲間に捧げる理想郷〉に満足すると同時に食事を終えた俺は、満を持して二階の客室に向かった。
階段を中心に二手に別れた二階の客室は、左右どちらもがおそらく四人部屋で合わせて八部屋。
客室の数は……正直余りそうだが、足りないよりはましか。
とりあえずその部屋の一つに入ってみる。
内装は想像通り簡素なものだが、武器と鎧立て、人数分のベッドの枠組みとマットレスだけは配置されていた。
それにしても広い部屋だな……。下の受付兼レストラン階の半分が厨房になっているせいで気が付かなかったが、こうしてみると自分の作りだした宿の広さは相当いいグレードの宿レベルになってしまっている。
まあ、基本自給自足できるし、嗜好品や希少価値の高い香辛料、調味料などは暇なときに転移魔法で王都まで買い付けに行けるからそこまでお金を取るつもりはないけどね。
二階の部屋をあらかた確認し終えたため、続けて三階にも上がってみる。
三階は左右に八部屋ずつの合計十六部屋。
こちらは全て一人部屋になってるようだ。
広さも一人部屋にしては十分すぎる広さで、旅をしている間にこんな宿があれば俺なら拠点にしていただろう。
内装も二階の部屋と同じようになっており、あとは布団などを整えればすぐにでも営業できそうだ。
探索者は基本皆一人か二人で活動していることが多い。
そのかわり探索者間での情報交換は活発で、必要に応じて行く先々でパーティを組んで探索に当たったりしている。
基本的にはダンジョンの規模や内部の広さ的にもパーティが四人以上になることは少ない。
そのため、どこの宿も一人部屋が多く、この宿のメインもこの一人部屋になるだろう。
「さて、一通り確認も終えたし、まずは寝具を揃えようかな」
旅人の宿、探索者が宿に一番求めているものは美味しい食事でも豪華な内装でもない。
探索の疲れを癒し、翌日も万全の体調で探索できるようにするための安心できる睡眠環境である。
「久しぶりにあの店に行こうか」
俺の魔法ならば寝具だって作り出せる。
だが、魔法で作り出した寝具はなぜか妙に気が休まらないのだ。
温かみにかけるというかなんというか……。
明確な何かがあるわけではないが、俺はそんな気がしている。
だから俺は寝具セットを持ち歩いている。
一式全てでなくとも、枕だけでも翌日の気力がまるで違うのだ。
今から向かうのはそんな俺愛用の寝具を取り扱う家具屋。
眠りの羊だ。
店の名前から店主は可愛い人なんじゃと思わせるが、あの店を取り仕切るのは変わり者の頑固ドワーフ。
武器や防具の加工には一切目を向けず、家具一本でその道を究めた男だ。
あの爺さん元気にしてるかな?
以前寝具セットを購入した時に色々とあって、何度か酒を飲んだ仲だ。
……まあ、存在しない記憶を使ったから俺のことを覚えてないだろうけど。
外に出て行先の街を思い浮かべる。
広大な土地を持つ王国でも王都に次ぐ規模を持つ大都市ルコルア。
短い期間しか滞在しなかったが、濃い思い出の残る懐かしい街だ。
そんな懐かしさを胸に抱きながら、俺はルコルア付近の森へ転移の魔法を発動した。
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