第五話 万能キッチンと簡単旅飯
「おお、中々様になっているもんだな」
〈仲間に捧げる理想郷〉で作り上げた宿の外観を見てつぶやく。
この魔法を覚えたのはいつだったか。
魔法にハマったのは旅を始めてから一年も経つ前だ。
魔族との戦い、それはまさに裏の斯きあいだった。
あいつらはとにかく卑怯で非道だ。
だがそれが魔族における正道であった。
だから俺が旅に出て最初に覚えた魔法は姿を隠す〈影に潜む隣人〉だった。
そんな経緯があって攻撃魔法以外にも興味を持つようになり、魔族と戦う傍らで魔法書を読み漁り、気が付けばあらゆる魔法を操る勇者だなんて言われだした。
この魔法を覚えたのもその時だった……。
おっと、こんな回想ばかりしている場合じゃなかった。
せっかく作った宿だ。
内装もきちんと確認して、家具とかにはこだわろう。
ここは安息の地にしたいからな。
両開きの立派な扉を開け、できたばかりの宿に足を踏み入れる。
「おぉ! 見事に何もない!」
外観だけは一丁前でそこそこのいい宿に見える俺の宿ピロテスだが、内装は簡素もいいところだった。
一応受付のカウンターや間取りの間隔はあるが他のものがほとんどない。
要するに出来のいいハリボテだ。
「まあ、内装くらいは自分で整えようか」
そう呟きつつ、正確な間取りを確認するために宿内を探索し始めた。
一階は入って正面のところに受付のカウンター、その奥には厨房へつながる戸口が付いている。
それ以外のスペースは本当に何もない。
「ここは……レストランみたいな感じにしたいな。テーブルをいくつか並べて……」
考え始めると着想がどんどん湧き出てくる。
この調子で厨房も見ていこう!
厨房は浅めと深め両方のシンクに四口のコンロ、到底一人では使い切れないサイズの調理台にケイルが最新の魔道具だと言っていた冷凍機付き冷蔵庫などが備え付けられている。
空気の流れもすこぶる良く、軽く風の魔法を回しておけば換気の問題もなさそうだ。
「これはまた……王都でもこれほど設備が整ったレストランは少ないんじゃないか?」
料理は数少ない戦闘以外の誇れる特技なのでこれにはテンションが上がる。
設備以外の調理器具は例の通り全くないが、これでも一人旅歴十年だ。
当面は多くの客が来ることもないだろうし、手持ちのものでもなんとかなるだろう。
「食材は……狩りと採集だな。そういえばこの近くには綺麗な渓流もあったはずだし、釣りをしてもいいかもしれないな」
そんなことを考えていると、ふとお腹が空いてきた。
そう言えば昼にも話に夢中でほとんど食べなかったし、夜はパーティーの前に出てきてしまった。
窓から覗く外の世界はすっかり日が落ちて暗くなっている。
今日のところの探索はこのくらいにして、厨房の使い心地を試してみるか!
〈保存の収納〉から二つの丸いパンと魔鳥種の胸肉、レタスにレモン、塩と胡椒を取り出す。
「っと、とりあえずは簡単に作れるものでいいな」
同じ要領で愛用のフライパンに包丁まな板を取り出し、慣れた手つきで調理を始めた。
これから作るのは、旅の途中に何度も作ってきた俺のお気に入りサンドイッチだ。
まず、パンの側面に切り込みを入れる。
フライパンを弱火で熱し、切った面を下にしてパンを軽く炙る。
次に魔鳥の胸肉を手頃なサイズにカットして塩と胡椒で下味をつけ、フライパンに並べていく。
胸肉は脂が少なくパサつきやすいため、火入れの感覚が重要だ。
個人的には固い肉やパサついた肉もそれはそれで好きなのだが、今後は人に振る舞う訳だし……。
と、火の調整をしようとするとコンロの火が勝手に少し弱くなったような気がした。
「ん? 今、俺何もいじってないよな?」
フライパンの下を覗き込むと確かにパンを炙った時より、ほんの少し火の勢いが弱くなっている。
……これはまさか?
試しに肉をひっくり返してみるとまた火の勢いがほんの少し変わった。
「おいおい、〈仲間に捧げる理想郷〉凄すぎだろ!」
間違いない。
このコンロは食材に最適な温度に自動で火を調整してくれる非常に優れた魔道具だ。
俺が使った魔法だからこうなっているのか、そもそもこの魔法がこういう物なのかは俺自身魔法書でしか見たことのない魔法のためわからないが、まさかここまで便利な魔法だとは……。
見事に食欲をそそる焼き色のついた胸肉のカットステーキを皿に取り上げる。
このままエールと共に流し込んでしまいたい衝動に駆られるがジッと我慢だ。
俺が作っているのはサンドイッチ、酒のつまみではない。
それに、こうして肉を冷ますことによって、サンドイッチにした時にパンの触感が損なわれなくなる。
まあ、あまり冷ましすぎても肉が固くなるため料理の温度管理とは難しいものである。
肉を冷ましているうちにレタスをカットしてパンに敷いた。
この上に粗熱の取れた鳥肉を並べ、軽くレモンを絞る。
さらにレタスを重ねたらパンを閉じて完成!
「よし、記念すべきピロテスでの第一食目。長旅のお供、特製サンドイッチの完成だ!」
食べ慣れたサンドイッチを見ていると安心感と共にちょうどいい空腹がやって来る。
「では、いただきます」
テーブルや椅子を準備することも忘れ、立ったまま厨房でかぶりつく。
「うん!」
こだわっただけあって表面はサクッと中はふんわりしたパンと新鮮なレタスの触感にあっさりとしつつもしっかりと味の着いた鳥肉。レモンの酸味と香ばしい小麦の香りが二口、三口と食を進める。
間違いない味。
このサンドイッチは俺の十年間の試行錯誤が詰まっている。
こういう息抜きを見つけ出せないでいたら今頃は魔族を屠るだけの蛮族になっていたかもしれない。
「ふぅ……ごちそうさまでした」
食事は大切だ。
体力的にも精神的にも食事を抜いた日とそうでない日には明確なパフォーマンスの違いがある。
だが、探索者のようなある種の憑りつかれた人種はそれをおろそかにしがちでもある。
「この宿に泊まる人にはしっかりとしたものを食べてもらおう」
また一つ、宿の目的を増やした俺は、とりあえずフライパンなどをシンクに漬けおきして、だだっ広いレストラン予定地に寝具セットを取り出して眠りについた。
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