第三話 あの日の誓い
現在では使われなくなった旧騎士団武器庫。
武器庫と言っても、使える武器は全て持ち出されており、残されているのは旧式の重い槍や脆く廃盤になったバリスタの弾などだけだ。
この建物は俺たちが幼かった頃から古いが、何故か取り壊されていない。
そんな武器庫が俺とミアの思い出の場所であり、通称秘密基地だ。
「ここも変わってないんだな」
なかなかに重たい扉を開けると、中にはもう一枚視界を遮るようなカーテンがつけられている。
カーテンに染み付いた若干の古臭い匂いも今は哀愁を抱かせた。
「ファレス……どうしてこんなことをっ」
カーテンをめくり、武器庫の中に足を踏み入れると、何故か俺を俺と理解したままのミアが待っていた。
「……ミア?」
「ここまでする必要があるのですかっ!? 確かに去るだけなら止めるつもりはありませんでした。ただ、どうして記憶を変えてまで消えようとするのですっ!!」
その表情は怒りや悲しみ、疑問など複雑な感情で揺れていた。
「……すまない。これが俺なりのケジメなんだ。俺はこの力があるのに……という思いにこれ以上耐えられない」
軽く頭を下げた時、ミアの耳元で十字のピアスがキラリと光る。
ああ、なるほど。
光の魔法による加護が込められたピアスか。
俺の使った魔王の魔法には確かに特効だ。
ミアが身につけている物ということは最上級の物のはず。
一瞬、計画の失敗が頭によぎったが、王女の装飾品など国に二つとない物が大半だろう。
「……いえ、私こそすみません。こんなことを言うために呼んだ訳ではないのに」
目尻に溜まった雫を拭い、まっすぐに俺を見つめる。
大きくひとつ深呼吸をすると、ミアは話し始めた。
「懐かしいですね。かつて日々がもう二十年近くも前だなんて……お父様も歳をとるわけです」
「まだまだ元気そうだったけどな」
「ふふっ、そうですね。まだまだ元気でいてもらわないと困ります」
ここに二人でいると懐かしい記憶の数々が次々に思い起こされる。
「ここでした約束、覚えていますか?」
「覚えてるよ」
まだ幼い俺たちだったが、それぞれ勇者と王女として役目を背負って育てられた。
そんな俺たちだからこそ、身分を超えてすぐに仲良くなれた。
そして俺たちは幼いながらに共に誓い合ったんだ。
「あの時の約束通り、あなたは魔王を討伐してくれた」
「ああ」
「今度は私の番です。この国を建国時以上の平和なものにしてみせます」
それは改めての誓い。
十数年前の決意を再確認し確固たるものにするもの。
「ミアならきっと、いや、絶対に出来るよ」
「……はい。最大の障害はあなたが取り除いてくれたのですから」
そう言うとこちらへ手を差し出してくる。
俺もそれに応えて、固く握手をした。
女性らしい細く綺麗な手だが、この手には確かな力強さが見える。
「最後にファレス、目を……閉じてもらえますか?」
「……」
俺は言われるがままに目を閉じる。
「良いと言うまで、絶対に開けないでくださいね」
握手をしたままの右手中指に冷たい何かが触れ、嵌め込まれた。
その事に気を取られているうちに、腕を強く引かれ俺は体勢を崩し――そして温かい何かが頬に触れた。
咄嗟の出来事に思わず目を開けると、ミアとバッチリ目が合ってしまった。
「――っ良いと言うまで目を開けないでと言ったのに」
耳までを真っ赤に染めたミアが顔を背けている。
そんなミアに俺も恥ずかしくなり目を下に向けた。
俺の指には淡い赤色の宝石があしらわれた指輪が輝いている。
「……せめて私だけは、あなたを覚えていさせてください」
そう言うと俺の視界の中に写り込むように、ミアが右手を見せてくる。
「隣は諦めます。でも、私の中心にはあなたがいる。そんなあなたの中心にも私がいて欲しい。これが本当に最後のお願いです。どうか、今後も私のことを思い出してください」
俺の胸にミアがもたれかかってくる。
「忘れるわけが無いよ」
「……私には忘れさせようとしたのに、ですか?」
「それを言われると……返す言葉がないな」
「ふふっ、冗談です。あなたの苦労は私が推し量ることすらおこがましいもの。壮絶な旅路を十年も一人で行かせてしまった、言わば王国の罪。今後は国政を尽くすことであなたへの贖罪とします」
ミアが離れ、俺たちは再び視線を合わせる。
その表情にはもう、複雑な色は見えなかった。
「じゃあ俺はどこかからそれを見ていることにするよ」
「はい! 見ていてください。あなたが守ったこの国がどんどん良くなっていく様を」
そう宣言するミアに俺は王たる気概を見た。
今の国王も大した御仁だが、きっとミアはそれを超える。
そんな未来が俺には見える。
「……じゃあ、あとは任せた。ミア!」
「はい! お疲れ様でした。ファレス!」
俺は一人で秘密基地を後にする。
存在しない記憶を使い、完全な引退を決めた後よりも、ミアに覚えていて貰える今の方が何倍もスッキリとしている。
これでセカンドライフを気兼ねなく始められそうだ。
達成感と解放感に全身を包まれながら、俺は転移魔法を発動する。
行先はもう、決めてある。
◇◇◇
彼が秘密基地を出ていくのを見送ってから、やはりもう一言と思いすぐに後を追った。
しかし、彼は一度もこちらを振り返らず、伝説の魔法と呼ばれた転移の魔法でどこかへと消えてしまった。
「ファレス……」
私は王女だ。
この国を強く正しく導いていく必要がある。
その決意にはもう、揺らぎは無い。
でも――
「できることなら、あなたと二人で……この先も……」
自らの手に嵌められた指輪を見つめる。
彼のものとを全く同じに作ってもらったこの指輪。
他の女性ものの指輪と比べたら、指輪の胴と腕が太く、きっと人目を引いてしまうだろう。
「でも、これだけは……」
視界が滲んでいく。
「今日だけは……王女ではなくミアとして、あなたの友人として泣かせてください」
武器庫の懐かしい匂いに包まれ、見守られながら、人生で最後の弱音を吐き出した。
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