第二十八話 決意を新たに
「いや〜意外と早かったですね。これも副隊長の話が止まらなかったおかげですかね」
「ん? あと三日くらいならこの辺りで野営してもいいんだぞ?」
「おっと、余計な口でした。さ、早くミア王女にご報告差し上げないと!」
帰り道でさらに打ち解けたケイルとダンカンは今やファレスとケイルのように軽口を叩けるほどの仲になっていた。
これはダンカンが甘え上手なのか、ケイルが兄気質なのか……おそらくどちらもあるのだろう。
そんな軽口を叩きながら、二人は王都へ戻って来た。
「お、ケイル、ダンカン! 結構早かったじゃねぇか。お前ら相当辺境んとこじゃなかったか?」
数日、走り続けた馬を騎士寮厩舎へ停めに行くと、同じく第二近衛騎士隊の騎士が声をかけて来た。
「ああ、でも想像以上の場所でな。大分調査がはかどったから一日早く戻ることにしたんだよ」
「はぁ? 想像以上ってまさか、逆に環境が整っていたとでも言うのかよ?」
ありえないと手を振りながら、冗談めかして言うケイルの同僚騎士。
「と思うじゃないですか先輩! マジですごかったんですから!」
「お、おう……お前、なんか一皮むけた、か? ま、まあ、取り合えず報告して来いよ! ミア様、めっちゃしっかり聞いてくれるから、な?」
そんな騎士をも圧倒する熱量で話すダンカン。
やかましくなると思ったのか、先輩騎士はそんなダンカンの背中を押して二人をミアの待つ部屋の方へ向かわせた。
◇◇◇
「これは、ケイルさんにダンカンさん! おかえりなさい、そしてお疲れさまでした。任務はどうでしたか?」
背中を押されるままにミアの待つ執務室までやってきた二人をミアが聖女の微笑みで出迎える。
「「おおぉ……」」
「お二人とも?」
ケイルとダンカンはその圧倒的な美に言葉を失うほかなかった。
「おっと、失礼いたしました。近衛騎士隊副隊長ケイル並びにダンカン、ただいま帰還いたしました!」
そんな中でもビシッと敬礼を揃える姿はやはりエリートぞろいの騎士というところだろう。
「はい、では早速ですが報告をお聞かせいただけますか?」
「はい!」
◇
そこからはケイルを中心に『ピロテス』での出来事を二人は身を乗り出すような勢いでミアに語り聞かせた。
「そんな宿が……ぜひ私も一度赴いてみたいところですね」
そんな二人の話をミアは一字一句聞き流したりせずに正面から受け止める。
そんな聞き上手のミアのおかげで話はどんどん弾んでいく。
「はい、ミア様にも絶対行ってみて欲しいです! 宿の主をしていたファレスさんと看板娘のネイロスさんという方もとても良い人で……」
「おい、ダンカン、ちょっとまてそれは……」
特にダンカンの話の弾み方は顕著だった。
ネイロスに想い破れたばかりで男としてのプライドを失いかけていた彼にとって、今のミアは天使を通り越してある意味で劇薬的な悪魔となっていた。
そして、ファレスとネイロスの空気に少なからず充てられていたケイルも失念していたのだ。
……ファレスとの約束をダンカンに伝えることを。
「……ファレス? ダンカンさん、今ファレスとおっしゃいましたか?」
「え?」
突然、纏う雰囲気を変えたミアにダンカンは一瞬戸惑う。
しかし、その変化はファレスやケイルなどミアのことをよく知る人物でなければ、さほど気になるほどのことでもなく……ダンカンは止まらずに話し続けた。
「はい、珍しいくらいに明るい金髪をした爽やかな男性の方で……ミア様、もしかしてご存知でしたか?」
言い切ってミアの顔を見たダンカンは背筋に冷たいものが流れるのを感じた。
「……そう、そうですか。ふふっ、ふふふっ……」
一度乾いた笑いを零すとミアの視線はまっすぐにケイルを捉える。
その視線はまるで狩人のそれのようで、日々鍛えている彼らでさえも、恐怖を覚えるほどのものだった。
「ダンカンさん、ありがとうございました。ケイルさんにはもう少し別のお話がありますので、残っていただけますね?」
そして、先ほどまでの良く弾んでいた会話からは一変、何か重要なことを思いだしたかのように、ミアは話を切り上げた。
「ふ、副隊長? 俺、なんか……」
「……ああ、お前はやってくれたよ。ここ一番、これ以上ないタイミングだった」
「……え、ええっと、じゃあ、俺はこの辺りで」
「はい、ありがとうございましたダンカンさん。数日はゆっくりと休暇を取ってくださいね」
やはり聖女のような微笑みは絶やさないミア。
だが、ダンカンの目に映る今回のそれには、笑いの部分が含まれていないように見えた。
「隊長、どうかご無事で……」
◇◇◇
「さて、ケイルさん?」
「はい……」
ダンカンが去った後、一人残されたケイルはもう大分昔の記憶に残るミアの姿を現在に重ねていた。
「私にわざと名前を聞かせないように話していましたよね?」
「……はい」
「理由をお伺いしても?」
だが、今の姿は昔の姿とは重ならない部分が大きいようだ。
一歩一歩、確実に獲物を追い詰めるかの如く問い詰めてくるミア。
「ええっと、言わないのも配慮かな~と」
その気迫に押され、ケイルは思わず口調が崩れてしまう。
「……私と貴方の仲ですので、職務中でもその口調については咎めるつもりはありません。ですが、任務前に言いましたよね? 見たこと聞いたことをすべて私に聞かせてほしいと」
「はい……」
「では、今度こそお聞かせいただけますね?」
「はい……」
(ファレス、すまん! これを躱せるほどの立ち回りは俺には無理だ!)
王女の気迫たっぷりの詰問には実力派の近衛騎士隊副隊長もお手上げのようだ。
ケイルは内心でファレスに謝りながら、すべてを語ることにした。
「私が向かった先はミア様もご存じの通り、名前もない村の跡地でした」
「はい、そうでしたね。確か、シローテというダンジョンが近くにあるだけの」
先ほどしたばかりの会話を再現するように、話が進んでいく。
「そうです。そしてそこは魔族被害に遭い、壊滅状態になったはずの村でした。ですが、到着してみればそんな跡は一切なく、そこにあったのは一軒の宿屋だけでした」
「旅人の宿『ピロテス』でしたね」
「ええ、そしてその『ピロテス』の店主が……」
「ファレスだった……という訳ですか」
「はい……」
もう隠せないと言わんばかりにケイルは認める。
そんな様子を見たミアも追及の姿勢を止め、普段通りの態度に戻った。
「そう言えば、ケイルさんはファレスのことを覚えていたのですか? 確か、あの日ファレスが使った魔法は記憶を書き換えてしまうようなものだったと思うのですが……」
「いえ、完全に忘れていましたよ……。薄情な奴です、本当に。出会い頭でも知らないふりをしてきて……」
ファレスへの言葉に加え、自戒も込められていそうな呟き。
「そうですね。私もこの魔道具がなければ忘れていたのですから、本当に薄情な人です」
その意図に気付いてか、右耳についたアクセサリーに軽く触れながら、ミアも同じように含意の有る反応を返した。
………………。
お互いに顔を伏せて、少しの沈黙。
きっと色々な感情や記憶が二人の中で渦巻いているのだろう。
だが、そんな沈黙を破るようにミアが先に顔を上げた。
「ファレスは元気そうでしたか?」
暗い空気を笑い飛ばすかの如く、あの頃ファレスと二人で城内を駆け回っていた少女のような表情でミアはそう口にした。
「はい、そこそこ吹っ切れて、破格の値段で宿を経営してましたよ」
「なんでも、ベッドの素材に幻妖の羊が使われていたとか?」
「はい。ほんと笑っちゃいますよね。全部屋のすべてのベッドが幻妖の羊の羊毛らしいですよ」
「ふふっ、でも、好きに生きていてくれるのならそれに越したことはありません」
そう言いながら窓の外へ視線を向けたミア。
彼女の目に何が映っているか、彼女を幼い時から知るケイルでもそこまでは推し量れなかった。
「そうですね。本当に、楽しそうでしたよ。料理に狩りに指導にどれも生き生きとこなしてました」
「……指導、そういえば看板娘がいるとか。もしかしてファレスに子どもが?」
ミアの儚げな表情に一点の影が落ちる。
それは焦りか、それとも憎しみか、こればかりはきっと誰より彼女を知っているであろう国王やファレスにも分からないのだろう。
「いや、違いますよ。きっとどこかの貴族令嬢でしょうか? どこで拾ったのかは知りませんが、年齢はミア様と同じくらいの方でしたよ」
「……貴族令嬢。そ、その方はどんな方でしたか?」
「正直なところ、ミア様に並ぶ美貌、ファレスを支える献身的な姿勢、そして時に無邪気に甘えられる計略的な思考……相当な女性でした」
「……!!?」
「それに寝室も同じなのだとか」
「!?!?」
「これは小耳にはさんだ程度で、直接見たわけではありませんが……」
開き直ったケイルは久しぶりに見るファレスに振り回されるミアの様子を楽しむことにした。
ケイルはファレスの兄貴分であると同時にミアの兄貴分でもあったのだ。
もちろん、この三人以外の前では絶対に見せない姿だが。
「……もしかして、ファレスはその方と?」
ミアの声がワントーン下がる。
「いえ、そういう訳ではなさそうでしたが……まだ」
「まだ!? つまり今後は……」
「それは本人たち次第ではないでしょうか?」
そして声だけでなく二転三転と顔色も変えていくミア。
それを見てケイルは思った。
やはりミア様はファレスと一緒に居るべきなんだろうと。
「ですが、私とファレスにはこれがあります! これは最後に私が渡した指輪で、私の想いのすべてを込めた――」
ミアは右手の中指に嵌められた指輪に何かを確かめるように優しく触れている。
だからケイルはあえてこう言った。
「そうですね。ファレスも肌身離さず嵌めていましたよ。左手の指輪と一緒に」
「左手? それはどういうことですか?」
「そのままです。あ、そう言えばその看板娘の左手にも……」
「それ以上はいいです。ケイルさん。……分かりました」
ケイルの言葉を遮り、ミアが立ち上がる。
「第二近衛騎士隊全員が帰還次第、即座に支援対応政策を打ちます。そして、それが終わったら……」
強い決意の込められたその顔は、いつかの輝きを取り戻していた。
「ケイル副隊長、道案内は?」
「もちろん。王女の身には一切の不安のないようにお送りいたしますよ」
そうだ。
ファレスとミア、両者のことを考えて、ミアにファレスのことは言わない方がいいと思っていた。
しかし、やはりそれは違う。
この二人はどうなろうと、もう一度しっかり話し合うべきだと、ケイルはそう思ったのだった。
「よろしい。では、すぐに全員分の報告をまとめてください」
「え? 休暇は? 訓練は……?」
「ケイルさんにはありません。先ほどの口調こそ許しましたが、私を不安にさせたことへの罰は受けてもらいます」
「……分かりました。誠心誠意働かせてもらいます」
「ええ、お願いしますね」
聖女の笑みでそう言うミア。
だが、そこにはしっかりと為政者としての威厳が備わっていた。
◇◇◇
――同日同時刻、ピロテスでは。
「なあ、ファレスよ」
「ん? なんだ?」
「魔族では力の強い者が多くの伴侶を持つことはよくあるのだ。だが、多くの伴侶を持ちすぎると夫婦間では力関係が逆転したりしてな……」
「ん? おう、そうなのか」
突然何を言い出したのかと怪訝そうな表情を浮かべるファレス。
その表情を見て楽しそうに笑いながらネイロスはこう続けた。
「だから、もう一人くらいいると妾たちはちょうどいいのかもしれぬな」
「……?」
左手の指輪を掲げながら、なんだか意味ありげに呟くネイロス。
その視線の奥に何が見えているのか、流石のファレスにもそれは分からない。
だが、そんな様子を見ながら、何故かファレスは両手の中指に嵌まる指輪がきつくなったような、そんな気がした。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
何とか書きたかったことは書けたかなと思います。
今後の彼らについて、少しだけ――
きっとミアとケイルは、より一層の力を入れて仕事にあたり、王国は歴史上類を見ないほどに平和な国になるのでしょう。
ファレスとネイロスのいる『ピロテス』にも時々客が訪れ、その度に客を驚かしながら、少しの非日常が宿泊客とファレス、ネイロスを成長させていくのでしょう。
そうした後で、ファレスとミアは再会を果たし……。
そこで何が話されるのか、二人がどうなるのかは、まだわかりません。
ですがきっとこの世界の未来は明るいはずです。
なにせ、勇者が照らした光をしっかりと届かせるように、障害を一つ一つ片付ける王女がいるのですから。
――こんな感じだと思います。
ミアとファレスの再会のお話の執筆については完全に未定です。
時間に余裕ができれば書きたいとは思っていますが……。
さて、この物語は勇者の引退を通じて色々な人が影響を受け、そしてその勇者当人がどうしていくのか。そう言った部分にスポット当てたお話でした。
役目を終えても人生は終わらない。むしろ、後の方が長いということの方が多いのかもしれません。
それでも、どんな特別な人間でも、人生や生き方に悩み、そしてそれを誰かと乗り越えていくのではないでしょうか。
そんな言葉では表現のしづらい現実的な部分がこれを読んでくれた方の心に届いていたら、嬉しい限りです。
駄文になりましたが、最後までお読みいただきありがとうございました!
☆☆☆☆☆評価等いただけるとすごく励みになりますので是非よろしくお願いします!