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第二十五話 旅の仲間

 ケイルたちが『ピロテス』を訪れてから数日が過ぎた朝。

 俺がいつも通りの時間に朝の支度をしていると、いつもよりも早くケイルが起きて来た。


「よぉ、ファレス。今日暇か?」


「ん? 早いなケイル。今日とは言わず基本的にウチは毎日暇だぞ?」


「まあ、確かに……俺たちが来てから結構経つのに、他には誰も来てないもんな」


「ああ……ダンジョンにも誰も入っていないだろうから、あのレベルとは言え結構いい稼ぎになると思うんだけどなぁ。それで? なんかあったか?」


「っと、そうだった。今日は調査がてらダンジョンに行ってみようと思うんだが、この間の約束通り一緒にどうだ? 夜には戻るし」


「お、今日なのか! いいぞ! じゃあ、ネイロスにも支度するように言ってくるわ」


 俺が風呂掃除を頼んでいたネイロスに声をかけに行こうとするとケイルが咄嗟に肩を掴んできた。

 

「な、お前、ネイロスさんまで連れてく気なのか?」


「え、もちろん。そのつもりだが?」


 あ、そうか。

 ケイルはネイロスのことをまだどっかのお嬢様だと思ってるんだったな。


「まあ、見ればわかる。下手すればお前よりも強いかもしれないぞ?」


「はぁ? そんな馬鹿な!?」


「ま、期待して待っとけ」


 俺は今から驚くケイルの顔が思い浮かび、にやける顔を抑えきれずにネイロスへ声をかけに行った。


 ◇◇◇


 ネイロスに声をかけてから、昼食の弁当を人数分用意し準備を整えた。


「よし、弁当も準備完了だ! 待たせたな皆、じゃあ行こうか」


「ファレスさんもネイロスさんも本当に一緒に行くんですか!? 初中級レベルとは言え魔物がしっかりと出るダンジョンですよ?」


「ファレスは俺が誘ったんだ。それでもネイロスさんまで連れていくのはさすがに衝撃だったけどな」


「え!? なんで誘ったんですか!? もしかしてお二人とも探索者の経験が?」


「まあ、そんなところだ」

「そうですね」


「ええ……ほんとに何者なんですか、お二人とも……」


 困惑気味のダンカンに何とか疑問を飲み込んでもらい、俺たちはシローテダンジョンに向けて出発した。


「(なあ、ファレスよ。このダンジョンはどの程度なのだ?)」


 騎士装備に身を包んだ二人と最低限の防具の俺たちがダンジョンに向けて歩いていると、ネイロスが知らない魔法? か何かで俺にだけ聴こえるように話かけて来た。


「うおっ! なんだこれ!?」

「うおぉぉっ! 急にでかい声出して何だよファレス!」

「うおぉぉぉぉっ! 突然何なんスか副隊長っ!!」


 俺の声に驚いたケイルの声に驚いたダンカンという衝撃の連鎖。

 それを聞いても動じていないネイロスはすごい。


「す、すまん。ちょっと急に昔のことを思いだしてな」


 とりあえず、適当に誤魔化した。

 こう言っておけば、事情を知っているケイルは深掘りしてこないだろうし……少し悪い気はするが。


「あ、ああ。そうか……まあ、なんだ、足元とか気をつけろよ?」


「おう……」


「ほんとに大丈夫なんスか……?」


 出かけるときにちょっとカッコつけた手前、ダンカンに懐疑的な目で見られるのは恥ずかしかったが、酸いも甘いも恥も何もかも嚙み分けた勇者はこのくらいでは動じないのだ。


「(……おい、ネイロス。こういう魔法は突然使わないでくれよ)」


 微妙な空気になったおかげで、誰も言葉を発しなくなったが、現状では好都合だった。

 さすがの俺もこの魔法を使いながら口では別の話をするとか器用な真似はすぐには出来ない。

 

「(こういう時でないと使い時もないだろうに……そう言えばお主は一人で旅をしていたのだったな。この魔法を知らなくても無理はないか)」


 持ち前の魔法適正と対応力ですぐに使用できるようになったが、流石に口を開いてもいないヤツの声が突然脳内に響いたら誰でも驚くだろう。


「(……それで、質問はダンジョンの強さだったか?)」


「(うむ、まあお主がいれば世界のどこでも安全だろうが、自衛は出来た方が良いだろうからな)」


「(ああ……まあ、気にしなくていいと思うぞ。ここのダンジョンのレベルはダンジョンの中でもおそらく真ん中から弱い方だ)」


「(そうなのか? この二人もそこそこ戦えそうだが、妾と戦った時のお主よりも重装備をしているが)」


 そうか……こいつは魔王とは言え、結局戦線に出てきたことはなかったんだよな。

 もしかして人間の装備の基準とかが俺なのか?

 

「(……俺やお前は例外だろ。あとこの二人は騎士だから、戦うときはどんな相手でもあの格好だよ。探索者とは違う騎士には品性とか様式も大事なんだ)」


「(なるほど……。確かに、品の良い鎧だな。だが、人間というものは中々に面倒なのだな)」


「(そうだな。……まあ、取り合えず今日は小指の先くらいの出力で頼むよ)」


「(ふむ、わかった)」


 意外なところで人間と魔族とのギャップを感じながら、約十五分ほどの道のりを歩いた。


「ここか……そこまでダンジョンに潜った経験はないからかもしれないが、この突然空間に穴が開いたような造りはやっぱり不思議に見えるな」


 到着一番にケイルがそう呟く。


「ですね……ほんと、どういう原理で出来てるんですかね」


「これに最初に入った人は偉大だよな。あとこいつらが俺らが使ってる硬貨を落とすのも意味不明だな」


 ダンジョンは本当に訳の分からない場所だ。

 空間に突然ぽっかりと空いた穴、入れば全く知らない場所にたどり着く次元の裂け目。

 専門の研究者による一説では、硬貨の発祥自体がこのダンジョンという話もあるほど人類の文化に大きく関わっている。


「(ネイロスはダンジョンについて何か知っていることはあるか?)」


「(いいや、妾は何も知らぬ。というか存在情報以外を知るのが今日で初めてだ)」


「(そうなのか……。言われてみれば魔王城があった方には、ダンジョンってなかったけど……魔族ってダンジョンに入ったりしないのか?)」


「(せぬな。人間のように硬貨などは必要ないし、魔力や強さを測るならば、同族にも人間にも相手はたくさんいたからな)」


「(そういえば、魔族が人を襲う理由って……)」


「(うむ、強さの証明だな。特に低級の者は知能が低く自我が薄い。だが、生来によるアイデンティティの確立という欲求はどうしてもあるものでな)」


「(いや、別に責めてる訳じゃない。だから、そんな顔をしないでくれ。二人もお前の様子を窺ってるぞ?)」


 俺が魔法でそう伝えると同時にダンカンがネイロスに声をかけた。


「ネイロスさん? ちょっと顔色が悪そうですけど、大丈夫ですか? 道中も一言も話してませんでしたし……無理しなくても」


 ダンカンはずっとネイロスの様子を気にかけていてくれたようだ。

 さすが、副隊長に同行させられるだけはある。

 若くてもしっかり広い視野を持っているみたいだ。


「いえ、大丈夫ですよ。初めて来たダンジョンが気になってしまい、一人で色々と考えてしまいました。ご心配ありがとうございます」


「そ、そうでしたか。初めては緊張しますよね! ですが、中ではしっかりとお守りしますので、安心してください!」


 ……ん? いや、ちょっと待て。

 これ、本当に視野が広いのか?

 むしろこの感じ、ただずっとネイロスのことを見ていただけでは?


「なあ、ケイル」


「ああ、ファレス。……あれは落ちてるな」


「だよな」


 そう思ってケイルに声をかけて見たら、案の定ケイルも同じ考えだったらしい。

 まあ、旅先って色々が五割増しくらいですごく見えたりするものだからな。

 ネイロスの五割増しなんて、そりゃもうすごい破壊力だろう。


「……なんつうか、お前って罪な男なんだな」


「俺じゃねぇだろ……」


 王都の方へ視線をやりながら呟くケイルにそうツッコミを入れながら、ネイロスの手のひらの上なダンカンを生暖かい目で見守った。


 

「よし、それじゃちょっくら行きますか」


 数分して、だいぶダンカンの緊張もほぐれた頃合いを見計らい、号令をかけた。


「おう! とりあえず、前衛は俺とダンカンで張る。ファレス、お前は後衛でネイロスさんのサポートをしながら、魔法で俺たちを援護してくれ」


「了解だ」


「副隊長!? そんなファレスさんに色々任せちゃっていいんですか?」


「ああ、ファレスはやり手だぞ?」


「副隊長はファレスさんのなんなんですか……」


 ダンカンがそうぼやくとケイルは一瞬こちらを見て言い放った。

 

「兄貴分、みたいなもんだ!」


 その顔はどうしても懐かしい記憶を想起させるもので、あの夜に枯らし切った涙がまた少し湧いてきそうになった。


 ◇◇◇


 ――数時間して。


「ファレスさんにネイロスさん! お二人は本当に何者なんですかっ!!!」


 ダンジョンから出てきた俺たちは潜る前の百倍はハイテンションになったダンカンによる猛攻を受けていた。


「まあ、それなりに魔法は得意だからな」

「私もここで働き始める前は趣味で魔法研究などをしていましたので、それなりに」


 そして、この返しはこれで四度目だ。


「おい、ダンカン。いつまで驚いてるんだお前は……」

 

「いや、何回も飲み込みましたけど! いや、無理ですよ! だって俺、魔法の一撃で魔物が灰になるところなんて初めて見ましたもん!」


 それは、ダンジョンに入ってすぐのことだった。


 ◇◇◇


「うおっ! マジで魔物だらけじゃねぇか。これは確かに稼げそうだな」


「だろ? とりあえず、ネイロスの実力のお披露目でもしとくか」


「ほんとに大丈夫なんですか?」


「大丈夫ですよ。では、あそこにいる尾の長い鳥にしましょう」


 そう言うとネイロスは手頃な距離にいる魔鳥に照準を合わせ、パチッと指を鳴らした。

 その刹那、音を置き去りにした矢のような炎で魔鳥が燃え尽き灰になった。

 

「うぇ?」

「……ははっ」


 ダンカンの間抜けな声とケイルの乾いた笑い、それに加えて遅れて来たゴオッと言う燃え上がる炎の音がシンクロする。

 

「な、ネイロスも中々やるだろう?」


 期待通りの反応に満足した俺は得意げにそう言ってみせた。

 

 ◇◇◇


「ほんとにすごかったですよ! そのあとも俺いる? ってくらいにお二人が無双してて……。普段の訓練では副隊長とか隊長が人類最強クラスなんだろうなと思ってましたが……いや、世界は広いですね」


「まあ、正直ネイロスさんの実力には俺も思わず笑っちまうくらいには、驚いたけどな。ほんとどこで見つけて来たんだよ、ファレス」


「見つけたというか、自分で来たんだよな」


「?」


「ふふっ、足を引っ張らなくてよかったです」


 正直なところ、パーティ探索はもうしないつもりだった。

 今回はケイルに誘われたから承諾したが、そうでなければこのダンジョンにさえ入らなかっただろう。

 このダンジョンには、思い出が多すぎる。


 だが、今日は潜ってよかった。心からそう思える。

 ダンカンの新鮮な反応、何も言わずとも俺の思考に合わせてくるケイルとネイロス。

 特にケイルはもう四十近いと言うのに、十年前より格段に強くなっている。


 俺の勝手な想像かもしれないが、ケイルなりに俺に近づこうと努力してくれたのかもしれないと思えるような強さだった。


 ……こんな旅だったら、引退してなかったかもな。

 

 いや、あの頃はこんな毎日だったんだ。

 だが仲間を持つという責任は重い。

 その責任から逃げて一人になったのは俺だ。

 

 だからこの思いは俺の中に抱えておく。


 それでも今日は一生の宝になるような楽しく、懐かしい一日だった。

 

ここまで読んでいただきありがとうございます!

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