第十六話 王女の目となり耳となる
「ケイル副隊長」
「はっ! 御用でしょうかミア王女」
ファレスが去ってからそこそこの月日が流れた。
それまでもミアは王女として早くに亡くなった彼女の母に替わり、国王である父を献身的に支えていたが、ファレスが去ったその日からは自らも王政、国営に携わるようになっていた。
「魔王は討伐され、我々人類には平和が訪れました」
「はい、偉大なる勇者には日々感謝するばかりです」
「ふふっそれは良いことでしょう。……ですが、本当にすべての人が平和を取り戻せたのでしょうか?」
「はい? それはどういう意味でございましょう?」
今朝、急に呼び出された第二近衛騎士隊副隊長ケイルはそんな、ミア王女の唐突な発言に困惑を隠しきれない。
「確かに魔王討伐は果たされ、魔族による被害もなくなりました。ですが、それまでに魔族による襲撃を受けた村や町は今、どうなっていると思いますか?」
「ミア王女や陛下によって十分な補填がなされたのでは?」
「はい……。もちろん、そうですね。ですが、それが完全だったとは思えないのです。私は戦場を知りません。実際の魔族が如何様な姿でどれほど恐ろしいかも知りません。そんな私が、私たちが完全な対応ができたとは思えないのです!」
「……王女」
最近のミアは様々な人から話を聞き、毎日誰かを救うような活動をしてきた。
護衛として付き従うことの多かったケイルはよく知っている。
城下に頻繁に顔を出し、民との交流を増やし、遠方から来訪した領主やその従者とも積極的に会話をして常に情報を刷新し、できる限りのことは最大限にやっているように見えていた。
そんな彼女が、こんな激情を内心に抱えていたということにケイルは驚かされた。
「ですからケイル副隊長。あなたにやっていただきたいことがあるのです」
そして、その彼女の激情は――かつて勇者がケイルに抱かせた尊敬を再燃させる。
「魔族による襲撃を受け、放棄されてしまった土地、村、街などそのすべてを私に代わって見てきてほしいのです。そしてそのすべてを私に教えてください。お願い、できますか?」
「まるで聖女のように国を思うお心に、不肖このケイル、心の底から感服いたしました! 是非、その命を私にお与えください!」
いつからか、心に大穴が空いたような気がしていた。
絶対に忘れてはならないことを忘れてしまったような気がしていた。
そんなケイルの心を溢れさせる光がミアにはあった。
「ありがとうございます。では、陛下に許可を頂いてくるのでケイル副隊長は第二近衛騎士隊を集めておいていただけますか?」
「はっ。仰せの通りに!」
満ち足りた表情で部屋を後にするケイル。
その背を見つめるミアが誰にも聞こえない程度の声量で呟く。
「ファレス……あなたの灯した希望の炎は、たとえあなたを覚えていなくても、多くの人の心のうちにちゃんと残っています」
窓から見える城下を、その先に広がる王国を見渡すように遠くを見つめたあと、中指に嵌まる淡い赤色の宝石を撫でる。
「今、あなたはどうしていますか?」
◇◇◇
ミアの考えは王の「お前はこの国の王女だ。すべてを私に確認する必要はない」という発言により最速で進められ、早くも視察隊派遣の日になった。
「ケイル副隊長! 俺たちが王を守らず遠征なんて……本当にいいんですか?」
視察隊には王の護衛として常に王のもとについている隊長を除いた第二近衛騎士隊に任せられることになった。
「魔王が討たれた今、いったい何から王を守ろうというんだ? 今、この国は史上でもかつてないほどに安定している。王と諸貴族の関係もミア王女の活躍もあって、類を見ないほどに保たれているんだぞ? こんな時にどこかの一貴族が反乱なぞ起こしたところで、すぐに周りの貴族から叩かれて終わりだろう」
「それは……そうですが」
「まあ、お前の気持ちもわからないではない。守ることが本分の俺たちが視察に行ったところで何ができるのかって思うんだろ?」
「……はい。戦いならまだしも視察って、いったい何をすれば……」
「まあ、そんな難しい話でもないと思うぞ。ちょっと待ってろ」
「副隊長?」
周囲を見渡し、第二近衛騎士隊全員が揃ったことを確認したケイルは一人、前に出た。
「第二近衛騎士隊総員! 聞けっ!」
副隊長にふさわしい、良く通る声を張り上げる。
すると、すぐに騎士隊の全員がケイルに注目した。
「この度の任務、いったいなぜ俺たちがと思う者もいるだろう。だが、難しく考えることはない。俺たちは任務先で見たこと、感じたことをミア王女に伝えればいい。難しく捉える必要はないんだ。これはミア王女直々に下された任だ。これから俺たちは王女の目となるために遠征に行く。それだけを考えて任務に当たれ!」
一瞬の沈黙――そして歓声が上がる。
「副隊長! それは、この任務の後でミア王女とお話しできるということですかっ!?」
「ああ、よく見てよく感じてきた分だけ長くお話しすることができるだろう」
近衛騎士、いや、それに限らず最近の王都でのミアの人気は凄まじいの一言に尽きる。
元より、その美貌で王国中の憧れとなっていたミアが最近は王城から出て、より身近な存在となったのだ。
さらに、そんな女性が未婚と来た。
これでは人気が出ない方がおかしいというものだ。
そんな、巷では聖女とまで呼ばれるようになったミアの人気をケイルはうまく利用した。
「おおおおお!」
「副隊長! 俺、やる気出てきました!」
「おい、お前ら! 王女のために気張るぞ!」
一気にやる気満々になった騎士たちの姿を見て、ケイルは戻る。
「ダンカン、お前もやる気になったか?」
「もちろんですっ! 行きましょう副隊長! この両の目で見た物すべてを王女にお話ししてみせますっ!」
「……ははっ。ほどほどにな?」
◇◇◇
「最終確認だ! 期間は任務先到着後から十四日間、任務中は辺りに滞在し、周囲の環境や人がいるならばその生活に実際に触れ、感じたことを忘れずに記録し帰還せよ! いいな? 何があっても環境を荒らすようなことや住民とのトラブルは起こすなよ!」
「分かってるさ!」
「王女の名がかかっているのに馬鹿な真似をするわけにはいかねぇ」
「もういいだろ副隊長! 行こうぜ!」
……いつから騎士たちはこんなバカばかりになってしまったのだろうか。
「ふっ。分かった。では総員! 任務に当たれ!」
「「おおおおお!」」
それぞれが自身の愛馬に跨り、王都を駆けだしていく。
……あんな調子だが、実力も人間性もしっかりと認められた王都でも選りすぐりのエリート集団だ。
きっと心配することはないだろう。
そんなことを考えながらケイルは今回共に任務にあたるダンカンを連れ、二人で一度王城内に戻る。
「ケイル副隊長? 俺たちはまだ行かないんですか?」
「いや、すぐに行くさ。でも、その前にミア王女に挨拶をしておかないとな」
「! ミア王女に会えるんですかっ?」
「その調子じゃ、お前は扉の前で見張りだな」
「……! なっ何のことでしょう? 任務前のため少々、気が逸ってしまいましたが私はいたって冷静ですよ副隊長?」
「……そうかよ」
あまりの変わり身の早さに内心溜息をつきながら、ケイルは扉をノックした。
「ミア王女! 第二近衛騎士隊副隊長ケイルが出立の御挨拶に参りました」
「入ってください」
返事はすぐに返ってき、ケイルは横で緊張しているダンカンの背を叩きながらミアの執務室へ入った。
「今回は私の頼みを聞いてくださりありがとうございます」
「いえ、私が王女の考えに賛同したまでです。感謝など恐れ多いです」
「ふふっ、そうですか。……ケイル副隊長には確か、シローテダンジョン付近の村跡地に行ってもらう予定でしたね」
「はい、このダンカンと共に行って参ります。まだ若いですがうちでは一番の有望株です」
そう言ってケイルがダンカンの背を軽く叩くと一歩前に出たダンカンがミアに跪いた。
「不肖このダンカン! 王女の目となり耳となるために全力で任務に当たらせていただきますっ!」
「はい、ぜひよろしくお願いしますねダンカンさん」
「! はいっ!」
柔和な笑みでそう言うミアをダンカンは目に焼き付けようと瞬きを忘れた。
「では、ミア王女。行って参ります」
「はい、ケイル副隊長もダンカンさんもお気をつけて」
こうして、ケイルたち第二近衛騎士隊による魔族被害復興支援視察隊の任務が始まった。
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