第十三話 新たな施設
朝、俺がレストランスペースの掃除をしているとユーリとアメリが降りて来た。
「おはようございます!」
「二人とも、おはよう。よく眠れたかい?」
「はい! もう、今までにないくらいぐっすりと!」
「私もです!」
そう言う二人の顔は確かにすっきりしていて、特にユーリに至ってはどこか憑き物が落ちたようなそんな落ち着きがあるように見えた。
「それは良かったよ! 寝具はうちのウリだからね!」
「……寝具だけじゃなくて、価格も食事も設備も全てが売りになるくらいすごいですよ。ここは」
自慢げな俺にアメリが苦笑しながらそう言った。
「二人はこれから探索かい? どうする? せっかくだし、朝食だそうか?」
朝の時間は人によって異なるため朝食は宿泊プランに含んでいないが、頼まれればトーストと卵料理くらいすぐに作れる。
「いえ、そこまでしてもらう訳には……」
「そうです! ここの料理を食べ慣れちゃうと、自炊とかできなくなりそうですし!」
「そっか……じゃあ、気を付けて! 相当な期間放置されていたであろうダンジョンだから、おいしいと思うよ!」
ダンジョンからは魔具以外にもダンジョンの魔物を倒すことで硬貨が得られる。
理由は不明だが、この討伐収入が探索者の基本的な稼ぎだ。
そして、放置されていたということは魔物が討伐されていないということ。
つまり、少し潜るだけでもしっかりと稼げるという訳だ。
「はい! あ、その前に」
「ん?」
このことが知れ渡れば、この宿も賑わうだろうなぁと俺が考えていると、ユーリが俺に小袋を差し出してきた。
「僕たちしばらくここを拠点にしようと思ってるので! とりあえず十泊お願いします!」
小袋を受け取り確認すると大銀貨が二十枚入っていた。
「……! ご利用ありがとうございます!」
どうやら気に入ってもらえたようだ。
まだ歴の浅い探索者の二人からしてみれば大銀貨二十枚……つまり小金貨二枚とは結構な大金だろう。
そんな大金を一括で支払ってくれるなんて、経営者冥利に尽きるというもの。
今日の夕食も張り切ろう!
しっかりと装備の確認をすませてダンジョンへ向かっていく二人を見送る。
ちょっと、ダンジョンを覗きに行こうかとも考えたが、流石にそれは余計なお世話というものだろう。
「さて、布団を干しちゃうか!」
今日の天気は絶好の洗濯日和。
きっと、疲れて帰って来るだろう二人に最高の睡眠環境を提供するため、二人の部屋の掃除に向かった。
宿の裏に二人分の布団を干していく。
この辺りは土地が開けているおかげでどこも日当たりが良くて最高だ。
疲れて帰って来るだろう二人のため、今後訪れる他の人のためにもっとできることはないだろうか。
水の魔法と風の魔法を併用してシーツを洗いながら、そんなことを考える。
俺の場合は魔法である程度何でもできちゃうからなぁ……幻妖の羊の布団みたいに魔法だけじゃどうしようもないようなサービスはないだろうか?
洗い終えたシーツも干し終えると、改めて広々とした空間を見つめる。
「……さすがに宿屋だけじゃ、寂しいよな」
ここは辺境の地ではあるが、手が付けられていない自然ばかりの地ではない。
もともとそこそこの規模の村が存在していた辺境だ。
こうも開けているのに宿がぽつんとあるだけではもったいない。
何か他に俺一人でも運営できそうな施設はないだろうか……。
ここに追加であったら嬉しい施設……こういう時の考え方は二つだ。
今あるうちの宿の強みをさらに伸ばすか、ない点を補うかの二つ。
「うーん……」
やっぱりうちの宿と言えば幻妖の羊の布団になるはずだ。
では、睡眠体験をさらに高める施設……入浴施設なんてどうだろうか?
「滅多に入れないし、風呂の後の睡眠は最高だよな」
問題はどうやって風呂を作るのかだ。
さすがの俺とて風呂を建設する魔法は知らない。
お湯は俺の魔法でいくらでも出せるが、浴槽や排水設備は作れない。
とりあえずの位置を見繕うだけ見繕って、どうしようかと考えていると魔法発動に起こる特有の魔力の流れが視界に入った。
「ん?」
俺の目の前で何かが組みあがっていく。
「おいおい、これって……」
呆気に取られてると、見る見るうちに宿の横へ謎の施設が出来上がった。
とりあえず中に入ってみると、内装は宿の時と同じようにシンプルで簡素なものだった。
だが、二つある扉を開けてみると、その先には俺が思い描いていた通りの入浴施設が広がっていた。
艶があり若干曇ったような白い色合いの石がいい味を出している浴槽に温かみのある色合いの木で作られた脱衣所。
「……〈仲間に捧げる理想郷〉って、もしかして本当に理想郷を作れる魔法だったりするのか?」
魔法の名前はあくまで比喩表現なことが多い。
だが、この魔法は今のところ俺の理想を具現化してくれている。
魔法の性能を試してみたい気持ちもあるが、今はこの風呂の使い心地が最優先だろう。
炎と水の魔法で少し熱めのお湯を浴槽に張ると手を入れてみる。
うん、間違いない。……最高だ!
服や体の汚れなどは、各部屋の入り口に設置した〈洗浄〉の魔法を組み込んだ絨毯で落とすことは出来る。
だが、魔物との戦闘や探索中の緊張を解きほぐすことは出来ない。
そこを完璧に補うことができるのはないだろうか。
一度外に出て、陽の位置を確認する。
あの二人が帰ってくるのはもっと陽が落ちたあとのはずだ。
「一番風呂、いただいちゃいますか!」
勇者として活動していた頃も風呂なんて滅多には入れることはなかった。
王城では毎日入っていたというのに、どうして今日まで思いださなかったのか。
サッと服を脱ぐと、逸る感情のままに浴槽へ飛び込んだ。
「ふぅ……なんか、懐かしいな」
こうして大きな浴槽に浸かっていると懐かしい記憶が思い起こされる。
「よく、剣の稽古の後ケイルたちとこうやって風呂に入ったよなぁ~」
物理的に解放されているからか、つい独り言が大きくなってしまう。
「ケイル……」
ケイルのことを考えて、今、一番最初に思い起こされるのはやはり、俺が〈存在しない記憶〉を使ったときだ。
あの時のケイルは最後に俺の名前を呼んでいたような気がした。
「何の立場もなかったら……またあの頃みたいに日々を過ごせたのかな?」
勇者として生まれたことに後悔はない。
そのおかげで俺は平民であるはずなのに王城という環境で過ごすことができ、ミアやケイルと知り合うことができたのだ。
だが、ない物ねだりだとはわかっていても、そんな理想の日々を考えてしまう。
「まあ、最近まではこんなことも考えられなくなってたからな。引退したおかげで俺にも余裕ができたってことかな。それに……」
それに、ここでこうして生きていれば、またいつかそんな日が来るかもしれないのだ。
そんな思いを胸に抱きながら、俺は風呂を上がるのだった。
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