家へ
俺たちは今、屋敷の入り口にいる。
あの後、スターチスの先導ですぐに移動した。
そこにはハットを被り、ステッキを携えた紳士がいた。
「フライ様、お待たせしました。」
「ああ。」
ハットのつばを上にあげ、一瞥する。
その紳士は若い青年の容姿をしていた。
「初めまして、私の名はフライ・ベルゼブル。以後お見知りおきを。」
帽子を取り、胸に手を当て、腰をかがめてお辞儀をする。
「ところで、スターチス。君はあのうるさいのを何とかしてくれないか?」
眼を後ろへと向ける。その先には1人の少女と幼女がいた。
少女は頭から頭から2本の角が生え、片方の角が半分にかけており、幼女は額から二本の角が生えていた。
「アル、スミレ、どうしてこちらに。」
「スターチスさん、ごめんなさい。」
「スターチス、たのもー!!」
スターチスはその様子に驚き、少女は申し訳なさそうに、幼女は枝を振り回してアグレッシブさをかもしだしていた。
「スミレ、後にしていただけますか。」
「え~、やだあ。いつもそうじゃん。仕事ばっかで構ってくれないんだもん。」
「そうは言われましても、これは大事なことなのです。どうにか、分かってはいただけないですか?」
スターチスはスミレを説得しようと試みているが、歯切れが悪くとても分が悪そうにしている。
「スミレ、今日閣下は帰ってくることはない。今からやることが終わったら、今日は一緒に帰ったらいい。それならどうだ?」
「うん、それならいいよ!」
間を取り持ったフライの提案をスミレは了承した。
「…。了解しました。」
この様子を見て、スターチスは観念したように諦めた。
「さあ、行こうか。スターチス、予定の通りで進行してくれ。
気にする必要はない。なんか言われたら、私の名前を出せ。そうすれば、私宛に直接クレームが来るか。手紙が来るかのどっちかだ。前者ならガン無視、後者ならシュレッダーにかける。問題は何もない。
責任は私が取ろう。」
「わかりました。」
「というわけで、お前ついてこい。」
フライが指を指してくる。
「え?」
「野宿したいのか君は?」
「いや、そうじゃないけど。」
「ならついてこい。」
何の説明もなかったじゃん!なんか話してるなあとは思ったけど。勝手にそっちの都合で進んでいって…
せめてなんか言ってよ。
文句を言おうとしても、そんな暇なんてなくフライに置いて行かれる。
道を迷ったら、帰ってこれるかの保証はない。見失わないように今はついていく。
ちらりと後ろを見ると、スターチスが将貴を連れて行っている。
どうやら俺たちが向かっているところは違うところらしい。
外に出ると、隣には黒い檻に囲まれた巨大な建物。檻の上には有刺鉄線が敷かれている。
監獄なんだろうか?恐ろしくて、まじまじとは見ることができなかった。
ぶおおおおおお!!!
「うわああ!」
まるで雷鳴のようなけたたましい音が響く。その音に耳鳴りがする。
「ハハハハハ、周りを見て気づいていなかったのか。これは魔導汽車の音だ。」
魔導汽車?音が聞こえた方向を見ると…
(おおお!)
目の前にあったのは、ロマンの詰まった巨大な黒鉄の塊、SLだった。
図鑑でも博物館でも見たことがあったが、動いている実物を見たのは初めてだった。
「今からこれに乗るんですか!?」
「ああ、そうだ。興奮するか?」
これを興奮しないってのは無理がある。まさか異世界に来てから乗れるなんてこんなことあるんだな。
俺はそんなことをしみじみと感じていた。
ガタンゴトンと汽車はレールの上を動き出す。動いてもなお、興奮は冷め切らない。開いている席に座り、窓から外の光景を見る。
汽車は風の如く走り、風景が変わり続ける。
(ん?)
巨大なラッパ状の口がついた建物がある。その建物は他の建物とは違ってひときわ大きかった。
その建物は変わりゆく光景の中でもいくつもあった。
「あの建物は何?」
目の前に座るフライに聞く。
「この国のパイプラインだ。君に魔導の知識が付けばおのずと理解できる。」
パイプライン。そんなにも、あそこは大事なのか。
「降りるぞ。」
汽車が止まると同時にフライに声をかけられた。
フライの後を付いて行って、汽車から降りる。
(何もない。)
今までは街だったのに、降りたところには何もなかった。
「ここだ。」
着いた先にはポツンと2階建ての家が立っていた。
「2階には君の部屋がある。
私は用があるときにしか来ない。ただ、地下には入るなよ。入ったら鬱になるだけだからな。」
地下が気になるが、気にしないでおく。
俺はそのままフライに付いて、中に入っていった。
しばらくすると開けた居間に辿り着いた。
居間には長テーブルと椅子がいくつか置いてあった。
そこに1人の少女が座っていた。それは知っている顔だった。
「優花!」
俺の声に反応して、少女は俺の方を見る。そんなに離れた気はしなかったけど、とても懐かしく感じた。
「正也!」
彼女は椅子から立ち上がり、
彼女は少し涙を浮かべて、抱き着いてきた。
「良かった…良かった。」
俺は初めて見た優花の様子に困惑するが、俺は震えてる優花を受け入れ、腰と肩に手を置く。
(なんか帰ってきたって感じがするな。)
彼女の声・音・匂いがその懐かしさをさらに際立てる。
いつの間にか、フライさんは消えていた。邪魔にならないように気を遣ってくれたんだろう。
でも、どうやってドアを開けずして、出ていったんだろうか?
気にはなるが、今はこの時間を過ごすことにした。
この後は2人で思い出話に花を咲かし、これまでにあったことを言い合って、過ごした。
それは時間を忘れ、2人とも部屋に戻ることもなく日が落ち、寝落ちするまで続いた。