消極的なムカデ
俺たちは遅れて緊急招集に招集した。
そこはエリアⅢとエリアⅡの丁度境目に本部が設置されていた。本部は巨大なテントで覆われており、中に入ると、目の前に広がっていたのは死屍累々な光景であった。
無造作に敷かれた藁のベッドの上に包帯でぐるぐる巻きにされた人たちが横たわっていた。
「こりゃあ……やばいなあ。」
ライアンがぼそりとつぶやいたが、それは俺も思ったことである。何故かはとても簡単だ。今までも緊急招集はあったもののこんなにも怪我人が続出している自体はなかったからだ。
(もっと早くに来るべきだったのだろうか?)
俺は罪悪感に駆られていた。
「レオンたちやっと来たか。」
そんな時、話しかけてきた男がいた。
「カツヤさん!」
それはカツヤ・オーバ、最高ランクのⅤの到達者であり、エリアⅡ支部のギルドマスターである。
「気にはやむな。レオンお前はすぐ顔に出る。」
「…ですが…。」
「ランクⅣがいてこの状態だ。まだまだひよっこなお前たちではいたところで変わらん。いや、むしろいなくてよかったかもな。倒れている奴のほとんどがランクⅢだ。」
「何があったんだ。」
「あれだ。」
ライアンに何があったのかを問われ、カツヤは奥を指さす。そこには巨大な熊の死骸があった。
「ブラッドベア。」
ブラッドベアとは通称「血洗熊」。高い戦闘力と知能を持ち、獰猛な性格で人を襲うことから血で洗う熊と言われている。通常はエリアⅢの深域に生息しているが、冬眠の時期になると浅域に来る魔物でランクⅣの討伐目安としても指定されている。
「でも、今は冬眠の時期ではないのに何故?」
「スタンピード?」
スタンピードとは魔物が群れを成してエリアⅢからⅠの方向へと暴走する状態のことで、放置しておけば生活圏に影響を与え経済的な損失が認められる。だからこそギルドの参入が必要不可欠となる。
「これはスタンピードではない。トップダウン災害だ。」
「トップダウン災害?確かそれって高位の捕食者が低位の捕食者に影響を与えて起こる災害のことですよね。」
「そうだ。実際に事故があったのがその一件だけだからな。スタンピードと定義するには難しいが…。いや何でもない。大丈夫だ。」
カツヤさんは突如として言い淀んだ。何かいいにくい事項があるのだろうか?
「お前たちに仕事を与える。レイナは救護班に。レオンとライアンは前線に来てもらう。ただ、配置はその後に言う。とにかく現状を説明する。」
レイナは救護班に行ったのちに、俺たちはカツヤさんの後を付いていくことになった。
すると、奥には洞窟があった。
(こんなところに洞窟なんてあったけ?)
俺らもエリアⅢとⅡを行き来することがとても多いが、こんな大きな洞窟には見覚えがない。
「そう、戸惑うのも無理はない。これは最近になって発見されたのだからな。初め地下に空洞があるって報告が来たときは驚いた。本当にこんなものがあるのだからびっくりした。」
カツヤさんは洞窟を歩きながら、そんなことを言っていた。
(ふーん、そうなんだ)ていうぐらいにしか思わなかった。
コンコン。
ふと隣を見ると、ライアンが壁を叩いていた。
「どうした?」
「ん~こんなのってダンジョンでもなかなか見ないって思ってよ。」
「こんなのって?」
「これだよこれ。」
そうやって壁をコンコンする。
「??」
しかし意図が分からない。
「この壁だ。」
「壁?真っ黒だな。」
「そうなんだが、いや、そうじゃないんだが。ああ、もう!この黒い壁だよ!触ってみろ!」
何故か逆ギレされた。
仕方がなく言われたままに壁を触れたり、叩いたりしてみる。
「堅い?あれ、なんで?」
ざらざらな感触を予想していたが、予想とは違い冷たくとても堅い感触がした。ダンジョンや洞窟、例外を除き確認されているものすべてにおいて、鉱物で出来上がっているものは存在しないはずだ。即ち逆を返せば、これは例外の場所。それは…
「業魔の洞窟?」
教本でしか見たことのない、エリアⅢに存在する燃え盛るムカデの精霊の住まう洞窟。とんでもなく強いらしいから、洞窟に入る際は壁を叩くって書いてあったのに、そんな初心を忘れていたとは…アンレイルたちには見せれないな。
「違うが…。違うくない。半分正解ってところだ。流石はレオンよく勉強している。」
反省すべき点はあるものの、いい筋は言っていたようだ。ただ半分とは?
「答えを言おう。これは精蟲の仕業とされている。それもムカデの精蟲だ。ムカデは後ろに進めない。前に進むしかできない。だからこの洞窟は周りくねっていても常に一定の広さが保たれている。ここまでなら半分とは言わない。そう、ここからだ…精蟲は常にかなりの熱を持っているとされている。岩盤を溶かし、掘削し続けられるほどに。業魔にそっくりだろ?」
岩盤を溶かしながら進む精蟲、それは確かに業魔にそっくりだった。ただ、違和感があるのはそこではない。仕業ではなく仕業とされているってところだ。つまりは確証がないってことだ。こんなにも巨大な洞窟を掘れる存在が見つかっていないのは流石に無理がある。
正直不明点が多く問い詰めたいところではあるがそれを分かってなのか、カツヤさんは足を速めだしてそうこうしてると置いて行かれてしまう。
「さて、まずはこれを見てもらおう。」
そうして、カツヤさんの歩みが止まったのは洞窟から明るい光が差し込んだ瞬間、外に出た時だった。
その光景はスライムたちが跳ねている場所が見えた。エリアⅠが一望できる場所エリアⅡとエリアⅠの境界線に出てきた。
(エリアⅢからエリアⅠの岩盤を掘削した?そんな存在がいるのか?)
「これは極めて危険な事態だ。こいつはエリアⅢの魔物の範疇を超えている。本来ならスタンピードが起こってもおかしくない。
元々この洞窟は掘られている場所と掘られていない場所に分けられていた。そうして、数日前洞窟の掘削作業中にブラッドベアの巣に穴をあけてしまい、そこからは戦闘。多数の負傷者を出したが何とかなった。
こいつの厄介な点は眷属分解を駆使して、危険な場所はわざわざ遠回りしてまで移動をしていたところだ。こいつが今の今まで捕まっていないのは恐らく眷属分解で体を隠している。そして、奴はなにがどこかにいるかを把握する能力が備わっている。極めつけに高い知能を有している。何故スタンピードを起こさなかったかは不明だが、国民のためにも阻止しなければならない。緊急事態の赤札を交付するためには証拠が必要だ。だからこそ我々は早急に眷属を捕獲する必要がある。レオンお前は知識をフル活用し探索班に、ライアンお前はエリアⅠの監視に行け!
必ず食い止めるぞ!」
理解できた。何故俺たちをここに連れてきたのか。時間は有限だ。一刻も早く対応する必要があったからだ。
「「了解!!」」
俺たちは持ち場に付いた。
そして…
「やったぞ!!!!」
眷属のムカデを捕まえることができた。そのムカデは岩盤に潜んでいた。偶然頭だけを出しているのを目撃して捕獲できた。
おかげでギルドにも危険性が伝わり、赤札の提示が決定した。ただ一つだけ懸念点があった。
(戦闘を嫌っているこのムカデを引きずり出すことができるのだろうか?)
岩盤を壊すことはエリア全体の地盤沈下に繋がるため、果たしてどうなるのか心配で仕方なかった。




