絶望の先には?
「話は終わったか?ペテン師。」
病室を出た途端、声をかけられる。
声をかけてきた奴は病室の壁にもたれかかっていた。
「嘘はついていない。それで、奴は?」
「生かしてるよ。調製はしてる。」
「十分だ。場所は?」
「お前の家だ。今確認してくれ。」
「ああ、少し待ってくれ。
…大丈夫だ。後で約束の金は払う。」
確かにもう動く気配はない。息も絶え絶えで、もう明日には死んでいるはずだ。
死人になれば、真相を語るものは誰もいない。これにて解決だ。
「さてと、なにして遊ぼっかなぁ。ふっふっふん…。」
用がすむと、鼻唄を歌いながらラックは去っていった。
「相変わらず、自由な奴だ。
…しかし痩せ細った鷲ではないか…。」
神々しい鷲か…少しばかり驚いたが、気にすることはない。
「そもそも生きているのも不思議だ。」
病院から連絡があるとは思いもしなかった。
(プランの変更が起きるとはね…モスキート、あいつはこうなることを分かっていたのか?)
「報告書を書いて、さっさと次に取りかかろう。やれやれ、眷属とはいえ面倒いなぁ。」
私は病院を後にした。
「あ、オトハを置いていったままだった。」
その事に気がついたのは次の日になってからだった。
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車椅子障害者暴行事件
今事件は部屋に1人でいる時を狙って起きた計画的な犯行である。
被害者はフラッド·レイン。年は16歳。
凶器は存在せず、服の左袖と左腕には足で踏みつけられた形跡があり、左上肢は完全骨折をしている。車椅子は車輪がひしゃげて使い物にはならなく、部屋から逃げ出すことは困難であった。
同居者のオトハ·シズカは犯行時刻クエストに出ており、犯行は不可能。これには何人がクエストに出ているのを見たと言っており、アリバイが成立する。
仮に彼女が犯人だとしても彼女の身体は華奢で、車椅子をひしゃげさせるほどの力はないと思われる。
事件時の特徴は部屋は荒れており、窓は割れてガラスは外へと飛び散り、割れた響石が落ちていた。外は散らばったガラスの破片と羽毛に血がベットリとついた鷲の爪があった。
これは襲われた際、響石をおもいっきりぶつけたが止まらなかったため、窓ガラスへと鷲の爪を投げたのだと推測できる。現に鷲の羽毛に付着していた血は被害者のDNA データと一致した。
その時点では犯人は不明であり、被害状況から犯人像はかなり暴力的であると推測できるため、同居人のオトハ·シズカに対しても被害が生じるリスクがあった。
特に彼女は端正な顔つきであるため、犯される可能性すらもゼロではなかった。
だからこそ、強制執行を行い彼女を勾留として保護をすることにした。
しかし、執行尋問の際、担当者から度が過ぎる干渉が見られたため、統制者へと彼の執行者の剥奪と恐喝として拘束を要請した。
その要請はすぐに受諾され、彼を逮捕した。その後尋問をおこなったものの、彼と彼女との関係性は全くなく、彼自身黙秘をした。
後日話を伺おうとしたが、トラブルが起こった。
彼が獄中で殺されたのだ。確認すると何故か執行手形を発行されていた。
それは嘘つきな彼にとっても最もな末路であろうが、捜査が進まなくなるため、非常に残念な結果となった。
ただ、私自身は執行手形は発行していない。誰が一体発行したのだろうか?
本日早朝、機関長からオトハ·シズカに対して解放するように要請がされた。理由は勾留する必要性がないと判断されたためだ。
保護の目的で、まだ置いておきたかったが、それを否定する証拠はない。そのためすぐに釈放となる。
そのため早急に次のプランを用意する必要があった。そこで、精神の問題で病院に入院させることを考えたが、それは病院からの電話でできないことになった。
それはフラッドの意識が戻ったという連絡であった。
それは奇跡に近かった。彼はあの時身体障害以上のものを背負ってしまっていたが、回復するとは思いもしなかった。本来であればとても喜ばしいことなのだろう。だが、今回はそうともいかなかった。彼が生きているのを知れば、彼女を入院させることが不可能となる。
苦虫を噛み潰したような気持ちであった。しかし、奇跡は起こった。
犯人が捕まった。ただしそれは事切れ、なにも喋らなかった。
そいつは早朝、ギルド内で問題を起こしていた。
以前から容疑者としては上がっていたため、任意同行を要求したが拒否し、確証は得られなかったが、酒場でウエイトレスに対して、恐喝·暴行を起こし、路地裏に逃げていたところに何者かに襲われ、命をおとしたと見ている。
残念ながら死因の特定はできず、プロの犯行として見ている。恐らくは裏ギルドによるものかと思われる。
また彼の靴は車椅子に着いていた下足痕と一致し、この事件は彼の犯行としては間違いない。
特に犯行時間ぐらいに宿から出てきた姿も目撃されているため可能性はかなり高い。
犯人死亡のため、危害なしと判断し彼女と彼を再開させることを決定した。
見守りは必要だが、問題はなにも起こらないだろう。ただひとつ彼の残りが短いことを残せば。
よって彼女にこの事実を伝えることを禁ずる。
以上を持って今事件の報告を終える。
フライ·バアルゼブル
「…。」
ある暗い部屋にこの報告書を読んだ者がいた。
「なるほど。」
男は引き出しを空けると、血のついた爪を取り出す。
だがそれはすぐに塵のようにぼろぼろと崩れてしまう。
(…、あいつは利用価値があるのかもしれんな。まさかクラウンと会うとは?いや、厳密には違うか。クラウンだったのほうが良いか。あんな常識外れはあいつとカラスしか知らん。)
あの鷲にとられた後、あいつの核を破壊しにいった。だが、そこで会ったのが背広姿のクラウンだった。それは完膚なきまでに眷属を叩き潰した。こちらが抵抗する暇なんてなかった。
(奴とクラウンには何の関係が?クラウンは確か異世界からの転生者のはずだが…しかしあいつは筋者と言っていたが、一般人であるあのガキと何の関係が?)
しかし考えてもなにも変わらない。堂々巡りになる。
(まぁ、よい。もう手遅れだ。長くても6ヶ月、もう既に体は鈍くなっている。奇跡が起こらない限りもう終わりだ。私よ…貴様の負けだ。チャンスを与えても、時間は冷酷だ。)
男は暗闇で不気味に笑う。
(所詮は人形…私につけられたのが運のつきだ。与えられた奇跡はもう潰える。足掻きたいのなら好きにすればいい。)
ポン
男は報告書に「了承」の印を押す。
「絶望の先には絶望しかない。
蜈蚣に襲われたあいつはどうなるかね?」
男はにやりと更に不気味な笑みを浮かべた。




