ギルド生活の始まり
ラックの先導でゆっくりと中に入っていく。
俺らが入ると、一瞬だけ静寂があるが、またすぐに騒がしくなる。
上から吊り下げられている看板には『宿屋』、『受付』と書いてある。
「ねえ、なんか気持ち悪くない?」
「なにが?」
「なんかなめまわすような目って言うか…。その…。」
フルーレットは小声で話しかけてきた。
上手いこと言語化ができていないようだが、言いたいことは分かる。
(さっきのところとは違って、目がなおさら好奇というか生々しいというか。)
この気味悪さは確かに不気味だった。
「マスターいる?」
ラックが受付嬢に話しかけた時だった。
「おい、見ろよ。あいつら、あんなお荷物抱えて受付だってよ!」
「うけるー!!」
「あのメイド服の女かわいくね。おーいこっち来いよ。可愛がってあげるよ!そんなお荷物運ぶよりもこっちに来たほうが楽しいぜ!」
椅子で酒を飲んでいた彼らが突如騒がしくなり、その目はより好奇に、より生々しくなる。
(うえ…。)
耐性のない俺は吐き気を催すほどだった。
「黙れよ。」
ラックは彼らに冷たく言い放つ。
ガタン!バリン!
さっきの勢いとは逆に彼らは椅子から転げ落ち、怯える。中には失禁してしまっている者もいた。
床には樽ジョッキや割れた酒瓶が落ちていた。
「てめえが悪いんだろ!そんな置物持ってきやがって!!」
1人だけ虚勢を張る男がいた。その男の声は震え声で、身体も震えている。
「ああ、そうか。」
ラックはゆっくりとその男のほうへと近づく。
男の通り道にいる人たちは這いずって道を空ける。
「立て。」
「ああん?上から見下ろしやがって。殺してやるよ。」
男は剣を抜いた。
その状況に受付の人たちは慌てふためき始めた。
男は机を支えに体を持ち上げる。
「死ねよ。」
男はそのまま剣を振り下ろす。
俺は目を伏せた。
だが、次に見た光景は思っていたのと全然違っていた。
「ゲホッ!」
「…。」
ラックは男の首を掴んで、男は宙吊りになる。
剣は真っ二つに折れて、床に落ちていた。
ラックの手と腕は糸がほぐれる様に開くと、生まれた穴の中から剣が落ちてき、そのまま腕と手を元に戻し、剣を取る。
そのまま体を突き刺そうとした時だった。
「そこまで、やりすぎだ。」
フライが入ってきた。
「ハエか。」
「そいつを開放しろ。殺す必要はない。」
乱暴に手を離し、男を開放する。
「金。」
フライに対しラックは手を出す。
「あげない。」
「約束と違うじゃねえか。」
「さっき暴力沙汰になっていたのは誰だ?」
「…。仕方ない、こいつをばらして金にするか。」
ラックは足で男を押さえつけ、剣を持つ。その様子にふざけた様子は見られない。
目の前で犯罪が起きようとしていた。
「まだ、あげないだけだ。」
「えー、なんでよ。言ったことやったじゃん。」
「追加でやると言ったら。」
「やるにきまってるじゃないですか。」
ラックは男を開放した。
「今、ギルドマスターは全て出はらっている。
いつ戻れるかはわからん。あんまりやりたくはなかったが、宿屋の2部屋を1年貸し切りにした。4人で好きに分けるといい。」
フライの言っている内容。これはつまり1年間はここで生活しろってことだよな。
…マジ?ここで1年間も?
さっきのを思い出すと、ぞわっとくる。
あの気味の悪い目を向けられながらいないといけないのか。
いつ寝込みを襲われるかも気が気でない。それにフルーレットが襲われでもしたら、俺は俺でいられるのだろうか。
そう思うだけでも喉に熱いものがこみあげてくる。
(気持ち悪い。)
俺はかなり参ってしまっていた。それは立ち眩みを伴うほどだった。
「だからこいつを付ける。」
フライはラックを指差す。なるほど、それが追加って言ってたことか。
「それでいいだろ。」
「1年金がもらえるってことか最高じゃん?…待て?1年?」
ラックは何か引っかかったような言い方をする。
「1年だ。何か問題でも。」
「大ありだ!こいつらに付きっきりってことは遊びに行けねえじゃねえか!」
引っかかっていたものはとんでもなくしょうもないことだった。
中々に自分勝手な理由だった。
「そうだな。少なくとも1人前になるまではな。別に断っても構わんぞ。
断った場合は金は宿屋でとぶことになる。すると、雀の涙だな。」
「この鬼!悪魔!始めからそういう算段で近づいてきたな!」
何を言ってもフライのほうが1枚上手だった。
だからなのかラックは悪態をつくことしかしなかった。
「だが、その分大きなヤマを狙えるかもしれんぞ。」
「確かに!いいこと言うじゃん!
よし!ゆっくりでいいぞ!」
ラックはこっちに親指を立てグッドサインをする。
明らかにフライの口車に乗せられていたが、全く疑っていない。
(ちょろくない?)
そう感じてしまうのも無理がなかった。
そもそもこの会話自体が表立ってするものでは決してない。
しかし牽制の意味を含めてとても重要な意味があった。
「覚えておけよ。」
どこからかぼそりと聞こえてきた声なんて、安心しきっていた俺の耳には入ってこなかった。
まさかこの声の主があんなことをしでかすなんて今の俺には知る由もなく、この時はまだ異世界デビューの一歩を踏み出すと思っていただけだった。




