次なる日常へ
「おはよう。」
目をこすりながら、居間へと降りる。
「おはよう。」
優花はもうすでに朝食をすまして、服を着替えている。
どうやら新聞を読んでいるみたいだ。
テーブルの上には皿が置かれ、そこには既に料理が置かれている。
スクランブルエッグ、ソーセージ、ライス、味噌汁…。
普通だ。異世界に来たとは思えない。
さらに味がそのまんまだ。
「ごちそうさま。」
食べ終わり、皿をそのままに立ち去った。
その後は浴室に行って、顔を洗い、朝シャンをして服を着替える。
そうして、居間に戻った時だった。
「まさくん、ここに座ってください。」
優花は俺を椅子に座らせる。圧に負けて座る。
机の上には皿はもうすでになくなっていた。
対面に座った優花は机の上に紙を乗せる。
その紙には『月曜日:優花、火曜日:正也、水曜日:優花…』のように順番に曜日と名前が書いていた。
「なにこれ?」
「当番?」
当番?何の?
頭に?マークを浮かべて、首を傾げる。
「料理と食事の当番。」
「別にやりたい人がやったらよくない?」
「不公平じゃない。目の前でゴロゴロされてると腹立つから。」
それはそう。
「俺やったことないんだけど。」
「それはお互い様よ。でもなんとなくでどうにかなるわよ。」
うーん、そうか。まあ、1日ずつ変わるからいいか。
嫌って言ったら嫌われそうだし、我儘には思われたくない。
「わかった。」
「じゃあ、明日よろしくね。」
コンコンコン!
誰かが玄関をノックする音が聞こえる。
「フライさんかな?」
「さあ?」
「見てくる。」
俺は玄関に行き、扉を開ける。
「誰もいない?」
開けても誰もいなかった。
「どこ見とんだ。下じゃい。」
「へ?」
下を見ると、そこには白い蛇がいた。
「夢か、夢なのか?」
目をごしごしと擦る。
「ほな、邪魔すんでぇ。」
「あ…。」
俺の股の間をするりと通って家の中へと入ってくる。
「優花、喋る蛇が入っていった!」
「喋る蛇?何馬鹿なこと言ってるの?」
そうなるわ。俺ですらよくわからないことを言ってるなって思ってるもん。
「何この蛇…?」
優花は俺と同じ反応になってる。
これは驚きよりも困惑が勝ってしまう。
「誰が蛇だって?失礼な奴らだ。僕をどこからどう見たら蛇に見えるってんだ。全くこれだから最近の若者は…うん?」
喋る蛇は玄関の靴箱に置いてある鏡を見つめる。
そして、鎌首を持ち上げて体の隅々を見る。
「蛇やん!」
目玉を飛び出す勢いで驚いていた。
「ああ、そうだ。昨日夜遅くまでやけ酒したからじゃん。僕ちゃん、おっちょこちょい。」
確かにこの蛇あまりにも酒臭い。そしてどことなく人間臭い。
「言ってよお。分かんないじゃん。」
言ったわ!なんかこいつのリズムに乗らされたらダメな気がする。なんとなく既視感がある。
蛇がバラバラになり人間になっていく。
その正体は人間だった。おそらくは爬虫融人。さらに言えば知り合いだった。そりゃあ既視感があるわけだ。
手には一升瓶を持っており、とんでもなく酒臭い。
「大沼神威」
先生と同じ時期に失踪した同級生の変人だった。
自分がしたいことしかしない。祭りごとが好きで、いつも先頭にいる。そんなパーティー野郎な陽キャだった。
「大沼君、どうしてここに?」
「あ、そんな名前じゃないから。ラック・ホワイトスネイク。この名前だから。」
「じゃあ、ラック君?どうしてここに?」
「それには大きな理由が…。」
なんか始まったぞ。
それは昨日のことだった。
「寒い。」
お金がなくて、帰る場所がない。寒さを酒で凌いでいた。
「なんであんなことになってしまったんだろう?」
先ほどのことを思い出していた。
脳裏に浮かぶは鉄球がころころと転がる音。赤と黒のマスの盤がぐるぐると回転する。
僕と相棒は熱血していた。
(黒!黒!黒!)
『黒に入ってくれ!』と天に願っていた。
しかし運命とは無慈悲なものだった。
女神は性根が腐っていた。
僕はそのまま外に追い出されたってところだ。
「自業自得じゃん。」
よくよく聞いてみたら、ただ単にルーレットで負けて金がなくなっただけじゃん。
「失敬な!あのクソ女神のせいだろうが!」
責任転換をした。中々なクソ野郎である。
「どうして、ここに来たの?」
「金くれるからだけど?」
優花からの疑問はもっともだった。その答えはもはや清々しい。
「誰から?」
「ハエからだけど?」
ハエってのはおそらくフライのことだろう。ただ、フライはなんでこんな奴に頼んだんだろうか?
「その金はどう使うつもり?」
「まずは相棒にマウントを取る。そして、金を2倍にいやそれ以上にする。」
どうしてこんなにも意気揚々と言い張れるんだ?というか、相棒も負けたんかい。
「金を貰うからにはちゃんとやるさ。だが、その前に…入ってこい。」
玄関の扉は開かれ、車椅子の男とそれを押す女が入ってくる。
「将貴に明日香か?けどその姿は?」
「何があったの…?」
男と女の正体はすぐにわかった。そんなことよりも変貌具合に2人とも驚きを隠せなかった。
一昨日あった人が車いすに座っているんだ。驚かないほうが無理があるだろう。
「色々あってな。」
「…。」
明日香は目を合わしてくれないし、将貴はばつが悪そうに答える。
きっと俺ら以上のことを経験してきたんだろう。深くは聞かない…聞けなかった。
空気がどんよりと重くなってしまった。
ーーーーーー
「ここか。」
「ええ、どうですか?」
エリアⅢの奥の場所に2人の男がいた。
その場所は森だが、目の前に広がっていたところは焦土と化し、巨大なくぼみがあった。
それはまるで隕石が落ちた時にできたクレーターだった。
「しかし、あの子らを置いてもよかったんですか?」
「あいつに任せたし何とかなるだろう。金だけの働きはするさ。
それよりもこっちのほうがやばそうだ。」
クレータの底から小さな穴がぽつぽつと空いていた。
ステッキの先で穴を叩く。
ぼろぼろと崩れ、ステッキの音が反響する。
穴の先は空洞だろう。
「この先に何がいるかは分からないが、気を付けるほうがいいな。」
クレータの下から掘り進めて、何かはその先にいる。
問題は掘り進めたものだ。森の下は岩盤になっている。森林も岩盤から生えているから生命力も強い。少々の火では燃えることはない。
今回のは森林を燃やしただけではなく、岩盤を溶かし、掘り進めていったってことだ。
隕石ではない。何らかの生命体だろう。
「ランクⅢ・Ⅳのメンバーを収集、探索隊を編成しろ。グランへは私が打診しておく。」
「は、はい!分かりました!」
(願わくば、友好的なものであってほしいものだ。)
私はかすかな希望を抱きこの場を後にした。