閉話 嵐の始まり
「無理だ。あきらめろ。」
「あと一歩だったんだ。次こそは…。」
ここは冥界のどこか。
俺はある奴に直談判している。正直頼みたくないが、こいつの力なしでは、あの国には行けない。
「お前、俺らを道連れにさせるつもりか?」
「は?何のことだよ?」
「お前、あのハゲワシがいるのに気付いてないのか?」
そんなのいつされた?好きなように言いやがって。
「待てよ!なんで俺は生きてるんだよ。ここに攻め入れられてもおかしくないはずだ!」
あいつなら平気で殺しに行くだろうが!ちょっと考えたらわかることだ。
「あいつがそんな優しいことをすると思うか?奴はそんな甘いものじゃない。お前がここに返った時点で目的を達成している。わざわざ殺す必要なんてない。敵対する者の情報は手に入るのであればいくらでも生かす。
ここに帰ってきた時点で詰みだ。
奴はお前の生殺与奪の権利を常に持っている。
こちらがお前を殺しても、お前の能力はあのハゲワシへと渡る。お前は完全なる傀儡だ。
お前がしょうもない能力だったら、こんなにも考えることはないんだがな。」
嫌味かよ。イライラするな。だが落ち着け、クールだ。クールにいこう。
「だが、待ってくれ。俺は奴にそんなきっかけを与えたことなんてない。」
「お前の能力は相手の精神を支配し、操るというもの。今回は奴が協力し、彼女にすんなり入ったというところだ。
そこに残されたお前の本体は?完全なる無防備、隙しか無い。
お前がデスキートに夢中になっている間にいいようにやられた。
お花畑なお前に言っておく。奴は誰も信用していない。奴にとって味方も敵という概念もない。ただ自らの目的のために駒を動かす。だから簡単にお前を見逃した。無能はしょせん無能だ。」
プツン!
下手に出たらいい気になりやがって、そんなもんされてるわけないだろ!こんなことで俺を騙せると思っていたのか?俺に嫉妬するのもいいが、いい加減にしろよ!俺は堪忍袋の緒が切れた。
「いい加減に、俺様を持っていきやがれ!てめえはそうするだけでいいんだよ!何もしてねえくせに、くだらねえこと喋るんじゃねえ!」
そうして、胸倉に掴みかかろうとした時だった。
コン!
頭に音が響くと同時にジンワリと後頭部が痛くなっていく。
(あん?なんか視界が回っているぞ?)
俺はそのまま仰向けで倒れ、視界が暗転した。
「詳しく説明しすぎでは?この単細胞には理解できんだろ。」
片手に手斧を持った銀色の髪に二本の角を生やした男がいた。その男がさっきの一触即発の場面を退けさせた。
「銀角か。襲い掛かってくれるように誘導したんだがなあ。気絶させられるとは運がいいな。」
目の前張り巡らせた糸の罠をちらっと見る。
「それは恐ろしい。邪魔しちまったか?」
「いや、血生臭いのは好みじゃない。邪魔なんで、適当なところに捨てておこう。こいつとはもう会うことがないことを願おう。」
気絶した奴は蜘蛛たちがどこかに運んで去っていった。
「今回は暴れたらしいな。」
「そうなったな。静かに回収しに行きつもりだったんだけどな。」
「預かった2人は娘たちと仲良くしている。次はこちらの番だ。何をしたらいい?」
「そうだな…。」
2人を誘拐か…。あれを利用するか。
「時期を待つ方がいいな。」
「何故?」
「あの国に2つ巨大な星が近づいて来ている。1つはすぐにでも。もう1つはいつかは分からんが、年はかからん。お前さんの方も今の間に準備は進めておく方がいい。」
「それはもう終わったんだよな…。」
「終わった?早いな。」
左腕を見る。腕には確かにあれが仕込まれている。
「ただ今回は猶予が短いような気がする。なんというか…きな臭い。」
何か胸騒ぎがするのか?
「そうか。ならこっちも急ぐようにしよう。」
こいつの読みはよく当たる。急ぐことを専念しよう。
私はすぐに家へと戻ることにした。
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「勘のいいやつだ。」
静寂な部屋に男の声が通る。
「あの無能は取り逃したが、あいつは放っておいていい。どうせ何もできないから。無様に捨てられていることだろう。」
駒にもならない奴のことはどうでもいい。
流浪域での襲撃、クラウンが散歩していたから大きな痛手にはならなかったようだが、2人持っていかれたか。あそこはフライが庭としているはずだが、どうやって切り抜けたのか…。中々に興味深い。
1と3、2と4。番号は見つけた順でつけているだけだが、相手側は2つか?
2と4はほぼリタイアだろう。なら、今の現状では五分五分と言ったところか?
「2をどうやって排除していくべきかね?」
足が使えない2番は不必要。
魔法も使えなければ、体を鍛えることも叶わない。傷も治ることはない。1と2とはそういう体だ。
そんな体に穴が開いたら価値は何もない。
だが、4の中身はかなり使える。しかし彼女の性格・人格そのものが邪魔をしている。
罪悪感なんてくだらないもの、どうやって消していこうか?
2から離さなければならない。
「少しずつ削いでいくか。」
とはいえ、慎重に手を出さなくてはならない。油断したら、モスキートにばれてしまう。
特に、エルの件で警戒されている。
また忙殺させるってのも手としてあるが、そんな手は通用しない
それにそろそろカラスやムカデも帰ってくる時期だ。
モスキートだけでなく、2人にもバレる可能性がある。
「陰湿だが仕方あるまいな。」
男は不気味な笑みを浮かべていた。
明らかに何かが起こり始めようとしていた。