希望
コンコンコンー
書斎をノックする音が聞こえる。
「誰だ?」
「モスキート様、お時間よろしいでしょうか?」
「スターチスか。構わんよ。」
ガチャリと部屋に入って来る。
「失礼します。モスキート様、お久しぶりです。」
「お前が来たということは、来たということだな。悪いが今はこの場を後にはできない。好きな部屋を自由に使ってくれて構わないって伝えておいてくれないか?」
目の前には書類の山が積み重なっている。生憎、仕事をほったらかしにするのは非効率だ。
「かしこまりました。・・・?、失礼、この屋敷に地下はありますか?」
突然黙ったと思ったら、藪から棒になんだ?
「あるにはある。あそこはフライが検死に使っているはずだ。」
「いえ、それはあり得ないかと。私は近衛兵として、時に死体をフライ様に持っていくことがあります。しかし、こちらへとお持ちしたことは一度たりともありません。フライ様自身もモスキート様のところでやるのは嫌がります。」
「馬鹿な、あいつがそういうふうに手配したはずだ。だから、使っていないってことはないはずだ。」
「それは貴方様の目で確認をしましたか?あのお方であれば、幻像を使うことすらあり得ますが?」
あいつなら確かにやりそうだ。
「しかしだ。あいつにはメリットがない。」
「いえ、メリットがないはずではありません。エル様はどこにいらっしゃいますか。」
「エル?あいつは・・・。そういうことか。」
仕事の関係でエルはあいつに預けている。信用したが、信用しないほうがよかった。
やっと点と点が線でつながった。あの実利主義のあいつならおかしなことはない。
腹の中からふつふつと怒りがこみあげてくる。
「吸血鬼の能力を強引に開花させるつもりだな。地下室なのは確かなんだな。」
「ええ、アルは片角で、上手く魔力を練りこむのはできませんが、その分魔力の感受性には優れ、魔力の感知に関しては誰も右に出るものがいません。」
「そうか。お前の嫁は優秀だな。」
「お褒め預かり光栄です。行き方さえ教えてくだされば。」
「いや、私も行く。付いてこい。」
私は太刀を握り、椅子から離れる。エルが関わっている以上、無視するわけにはいかなかった。
「スターチスさん!その私、私は!」
「アル、ありがとう。」
片角の淫魔の少女は焦っていたが、徐々にスターチスに頭をなでられ、落ち着く。
私はその間も無言で作業を進める。地下へと続く階段は長机をどかした絨毯の下にある。
「そりゃ見つからなかったわけです。」
「そんなところに。」
身近な場所に置く方が意外と見つからない。2人は驚きと同時に関心もしていた。
「ああ、この階段の先に地下へと続く扉がある。」
階段を降りると、暗く長い廊下が続いていた。
「真っ暗ですね。」
「スターチス、光源はあるか?」
「ええ、問題ありません。」
スターチスは手のひらサイズの光り輝く玉を作り出し、宙に浮かべる。
その玉は光り輝き、辺りを照らす。暗闇を照らし、廊下を明るく照らす。
その先にポツンと小さな扉があった。
「~~~!!!」
奥から何か聞こえてくる。扉を強くたたく音も聞こえてくる。
(まずい状況かもな。)
「アル!」
少女が駆けだし、扉を引っ張る。
「アツッ!」
少女は扉からすぐ離れ、手を見る。手は真っ赤になっていた。
「離れろ!」
シュッ!
俺は懐にしまっていたナイフを扉へ投げる。
ナイフは扉に刺さると、先が溶け出し、柄ごと流れ落ちる。
「やはりコーティングされているか。無理やり叩っ斬るしかないか。」
予想通り扉は血液で結晶化されて、開かなくなっていた。
「お待ちを。ここで斬れば、扉は開きましょうが、扉にいる子も斬ってしまいます。ここは私にお任せを。神の手」
スターチスは手を光輝かせ、そのまま扉を殴りつけた。
バキィ!
「きゃああああああ!…。」
そのまま扉に穴が開く。悲鳴が扉の内側から聞こえる。
「ふん!」
そのまま穴の部分を掴み、強引に扉を引く。
バキブチブチィ!
片腕で強引に扉を引きちぎる。
「これは。」
目の前に広がっていたのは、ぽつぽつと存在する血だまり。手を真っ赤にさせて、涙で顔がぐしゃぐしゃなメイド服姿の少女。
「将貴が、将貴が!」
その少女は私を掴み必死に訴える。指さす方向には血に飲み込まれている少年がいた。
「どけ。…エル。」
娘をどかすと、その先にはここにはいないはずの子がいた。
しかしその姿は私の知っているその子とは大きくかけ離れていた。
「いた。スミレちゃん!」
アルが走ろうとしたその時だった。
「アル止まれ!浄化の光」
眩い光が辺りを襲い掛かる。
血はすべてが蒸発する。月は消え、奥につるされていた少女は落ちていく。
「あわわわ・・・。」
アルは猛ダッシュで走り、スミレをキャッチする。
「よかった。スミレちゃん、遅れてごめんね。」
落ちてきた彼女はすうすうと寝息を立てて眠っている。その様子を見て、アルは安堵する。
「なんで、こんな。せっかく集めたものが、たかがオークのせいで一瞬で・・・。」
光に襲われたエルは少し火傷跡が見える。
「汝、悔い改めよ。」
スターチスの指先に熱い光が収束する。
それを喰らえば、彼女は絶命してしまう。
「よせ。スターチス何が見えた?」
スターチスの前に立ちふさがって止める。
「魂に黒いものが。」
スターチスの光は消える。
しかし黒いものとは?取り憑かれたってことか。
「それを引きずり出すには?」
「かなり根深いもので難しいかと。取っ掛かりがなくなればいけますが、相手次第としか。」
なるほど、相手の戦意を完全に削げばいいってわけか。
「スターチス道は私が作る。それからあとは頼むぞ。」
私は太刀から鞘を抜く。
「ですが、もしもの場合は・・・。」
「分かっている。その時は私が仕留める。」
これは私の責任だ。
私はゆっくりと彼女へと歩んでいった。
~~~
「将貴君、将貴君!起きて!」
耳元でどれだけ叫んでも、揺らしても彼は目を覚まさない。
私はいつもドジをする。あの時私がドジなんてしなかったら、こんなことにはならなかったのに。
どうやったらいいのよ。
私は絶望していた。
「そうだ、心臓マッサージ。」
そんなとき私の脳裏に心臓マッサージが出てきた。
彼の胸を確認すると、上下に動いていなかった。
「ふん、ふん、ふん、ふん!」
私は必死だった。火傷して腫れた手のひらと手のひらを重ねて、胸に押し当て、押しては引くのピストン運動のように繰り返し続ける。1回1回するごとに激痛が走るが、歯を食いしばって耐える。
ごぽお
彼の口から血が出ていく。心臓マッサージの手順通りいけば、その先にあるのは人工呼吸だ。
ファーストキスだのいろいろ言う人もいるだろうが、私にはそんなことを考える余裕がなかった。
唇と唇を重ね合わせ、血を吸いだし、空気を送り込む。
「!?」
血を吸った瞬間、高揚するような感覚を抱く。
それの影響か何度も何度も繰り返すとどんどん力は強くなってくる。だから繰り返せば繰り返すほど血は溢れるように出てくる。
「ごぽお。」
彼は自分から吐いてくれるまでになった。
もう少しだと感じた。
そして、次に人工呼吸をした瞬間
「明日香?」
彼の声が聞こえてきた。私は唇を離した。
彼は私を見ていた。人工呼吸したのを見られていただろう。
そんなことよりも彼が目を開いているのを見て、涙が出てきた。恥ずかしさよりも先に嬉しかった。
(ああ、良かった!)
「将貴君!」
涙でぐしゃぐしゃな顔なんて気にせずに抱き着いた。
「良かった、良かったよおぉぉぉ!」
吠えるように泣き続けた。