解放 その日の終わり
「ここはどこ?」
暗黒に包まれゆく中で彼女は目覚めた。周りを見渡しても暗闇しか存在しない。
彼女は孤独だった。
「お前は何もできない。」
「あんたが死ねばよかったのに。」
「お前が生まれてなかったら、こんなことにならなかった!」
暗闇からは存在しない声が聞こえる。
その声は明らかに彼女を否定した声だった。
「パパ、ママ、助けて。」
その声に返ってくるものは何もない。
脳裏に浮かぶのは、生命維持装置を付けたベッドに横たわる男女。
これは変わり果てた彼女の両親だった。近くには黒くつぶされたクマのぬいぐるみがあった。
これは私が欲しかったぬいぐるみだった。パパとママは私のために内緒でぬいぐるみを買いに行っていた。この日は私の誕生日だった。
しかし悲劇はこの日に起こった。
トラックが2人の命を轢いた。運転手は飲酒運転だった。
2人は目覚めなかった。どんなに泣いても、神様は奇跡を起こしてくれなかった。
私は5歳という年齢で、両親を亡くした。
伯父と叔母は私を罵倒した。私の存在こそが2人を殺したのだと。
疫病神と罵られた。
叔父叔母に引き取られた私はもう笑うことなんてなかった。
どこにも居場所がなかった。
学校でもいじめられた。死にたかった。でも死ななかった。
死んだら、パパとママに会えないから。
だから頑張った。頑張り続けた。頑張ったらきっとほめてくれると思って、努力した。
でも、誰も認めてくれなかった。だから周りが憎かった。
ある時声が聞こえた『見返したくないか』って。
私はその声を受け入れた。誰も許せなかったから。みんな殺したかったから。
だからこの孤独はその末路なんだろう。
手に残る何かの感覚。これが何かが知らないけども、それは手にべったりと付いている気がした。
誰かの手が誰かの声が私に触れる。
『許さない!』
その声はとても憎悪に満ち溢れていた。
「どこで間違えたんだろう?」
後悔しても後悔しきれない。これは罰なんだ。悪魔のささやきに堕落した私への罰。パパとママのいる天国には行けない。
その手は私の腕を、足を持っていく。その行先は地獄。
私は疫病神だった。生まれてきてごめんなさい。
目をつぶって、罪を受け入れた。
「今度は間違えるな。」
後ろから誰かに押された。
「え?」
思わず、後ろを振り返った。
「井出先生?」
そこには私に手を振る先生がいた。先生は私の身代わりに持っていかれている。
「待って!私はここにいる。先生をもっていかないで!私が私が悪いんだから!」
だが、その声は届かない。
「もっていかないでその人を。その人が犠牲になる必要なんてない!私が悪い子なの。だから私を連れて行って!!」
叫べる分だけ声を出す。でも返ってくることはない。
「やめて、やめて、やめて、やめてぇぇ!!!!」
彼女の慟哭は暗闇の中に消える。
そして、光の中に浮上する。
~~~
「!?」
何か声のようなものが聞こえたような気がする。
「どうしたの?」
「なんか聞こえなかったか?」
ピキ、ピキ
音は上から聞こえてくる。
天井に蛹がぶら下がっている。蛹のかたい殻を内側から壊そうと中で何かが蠢いている。
「驚いたな。ここまでくると、恐ろしい執念だ。眷属で蛹を構成させたのか。」
「え?」
「あいつはまだ死んでない。たんなる初期化だ。能力は何もない状態だ。しかし、何でその術式を知っている。」
フライさんが驚いているが、それを聞いて、緊張が走る。
パキ。
蛹から蝶が出てくる。その蝶は羽を休め、やがて羽を広げる。
その蝶は空間をゆがませ、とても不安定だった。
その羽で飛び、蝶は壁にとまると、その姿は小さな蝶に分かれて、人の姿へとなっていく。
「栞奈ちゃん?」
「栞奈?」
目の前にいたのは行方不明になっていた雛月栞奈であったからだ。
だが、その様子はおかしい。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…。」
彼女は体を丸め、頭を抱え、身体を震えさせていた。
まるで何かに怯えているかのようで、ずっと下を向いてつぶやいている。
その様子は俺の知っている彼女とは全く違った。
ががーん!
ピアノが突然なり始める。
「「「!!!」」」
幽霊が存在しないのに突然起こりだす。俺たちはそれにビビる。
シュッ
看板に刺さった包丁が宙を浮き、頬を掠める。
鮮血な液体が頬を伝う。
(やばい、ちびっちゃうかも。)
それはさっきとは比べられないほど、怖かった。
「声なんて聞こえないのに。」
椎名は驚く。彼女にとって思いもしないことが起きている。
「ポルターガイスト、それは幽霊が原因ではない。この子の過負荷だ。幻術が変化した。」
ゆっくりと栞奈のほうに歩み寄る。
「ノックダウンは出来ん。」
ステッキから太刀を抜く。
「やめてください!」
それを見て、優花は叫ぶ。
目の前で同級生を斬られるのは、見たくない。
ブン!
太刀は振り下ろされ、彼女は倒れる。
その瞬間を手で目を覆って、見ないようにする。
「死んではない。模擬刀だ。」
そおっと目の間から光景を見る。血は流れていなかった。
「この子はこっちで預かる。」
フライは倒れた彼女を担ぐ。
「椎名、付いてこい。」
「は、はい。」
フライと椎名は部屋から出ていった。
俺たちは乗り越えた。
そして、何事もなくその日は過ごせた。
だが、これは序章に過ぎなかった。