煌夜とルーシィと炎神
ある日の夕暮れの会議室に幾人もの世界レベルの重要人物達が変装をして集まって来ていた。
その会議室は開ければ、マスコミが煩く言うようなものではなく、重要人物の中の一人の男性――増田の会社の会議室である。
皆は、変装に使っていたカツラや、伊達眼鏡を外すと一斉にホワイトボードの前に立っている白衣の男に向き直る。
この癖っ毛の目立つ白衣の男は有名人でもないしがない科学者であり――魔具製造者でもある。
白衣の男は会議室を見渡すと一度舌なめずりをする。
「で、我々は不老不死になれるのか?」
いきなり本題を切り出したロシアの首脳に白衣の男は静止をかける。
「皆さん、願い事の前に『魔具』という物をどれだけご存知ですか?」
ロシアの首脳が他よりいち早く答える。
「超常的な力を人に宿す道具だ。更に病気や怪我を治す魔具もある……まあ、これくらいか」
白衣の男は満足そうに頷くと、
「あと、私が魔具を開発した……という所まで言って下されば大正解でした」
「煩い! そんな事はどうでも良い! 我々はお前に大金を注ぎ込んでいるんだぞ!?」
さっさと本題に入れ、と激高する首脳に一同同じ気持ちなのか無言で男に圧力をかける。
凄まじい圧力を男は平然と受け流して言う。
「じゃあ、本題に入りましょう」
一呼吸後。
「実は、魔具の第一製造者って私じゃないんですよ」
あまりにもな発言に頭の整理がつかないのか、はたまた別の理由からなのか、会議室が水を打ったように静まり返った。
沈黙を破ったのは、アメリカの最大規模の企業――メイソン社の社長である。
「ふざけるな! じゃあ誰だと言うんだ!?」
語気を荒げながら言う社長に白衣の男は半目で見ながら、
「別にあなた達に関係ないでしょう? 願いさえ叶えれれば」
この言葉に先程とは違う沈黙が流れる。
例えばそれは、何かを噛み締める沈黙だったり、将来像を描いている沈黙だったり、深い憎悪の沈黙であったり……。
「で。私が言いたいのは、誰が作ったか。『何』を使って作ったか……」
という事なんですね。 ◆ 魔具学校――名称武藤学校。
その武藤学校の魔具を使った能力検定日の事。
ボロボロになった男子生徒が一人、とぼとぼと教室に戻って行く。
自分の成績表は能力検定の全てに置いて一。
同調検査――機械で魔具と身体がどれだけ同調しているかを調べる――は『エラー』。
つまり一切同調していない、この先の能力検定はしても無駄だ。と言われて毎回成績が一なのだ。
しかし、ボロボロになったのは検定が理由ではなく、その後の『説教タイム』が理由である。
同調率が三十パーセント以下の奴は呼ばれ、下校時間まで拘束される魔のシステムである。
「おーい。説教は楽しかったか?」
瞬、とまばたきした間に現れた快活そうな男子生徒にビックリしてから、疲れたように文句を言う。
「瞬間移動 (テレポート) で目の前にくんの止めろって毎回言ってんだろうが」
と、高校一年生の男子生徒――矢島煌夜 (やじまこうや) が呆れながら言う。
「いやいや。瞬間移動って便利じゃん」
キラリと光るネックレスを見せて言う八重樫渡 (やえがしわたる) 。
そのネックレスが魔具である。
「でも結構重たいんだよなこれが」
不満そうに唇を尖らせながら言う渡に煌夜は言う。
「俺の魔具と同じように食えば良いのにチキショウ」
「ははっ! そういや、お前魔具食ったんだっけ? ぎゃはははははは!!」
大笑いする渡をほっといて先に帰った。 ◆ 「渡の野郎……」
ぶつぶつ言いながらアパートの部屋を開けると、勉強机に向かった。
勉強をする為ではなく、引き出しに入っている金を取り出す為である。
引き出しには七万円。
くふふ、と笑いながら私服に着替えて七万円を掴んでポケットの中にねじ込む。
「ついに、手に入るんだ。AHが!」
最新型ゲーム機AH。
どんなソフトでも関係なくゲームが出来るという最高に最高な夢のゲーム機である。
ただし、違法。
なので、
「はあ、無法地帯に行かなきゃならないんだよなぁ」
殺人、強盗、強姦、何でもありの無法地帯。
警察でさえ、手が出せない無法地帯。
だが、行くしかない。
夢の為に。 ◆ 煌夜は今、目の前の光景に絶句していた。
もっと言うと正直来ない方が良かったかなぁ、何て後悔し始めている。
一言で言うなら地獄。
アイスピックを持ちながら歩く美女。
ナイフを持ちながら周りを威嚇する男性。
銃を壁にめり込ませて笑う不良少年。
店を出している人達は皆、散弾銃や強力な魔具を持って、万引きした奴らに重傷を負わせる。
そして、それらにビクビクしながら歩いている市民達。
「帰りてぇ……」
と、その時鼻にピアスを開けた三人の不良達が煌夜の前に立って威嚇するように言う。
「アァ? 何が帰りてぇ……だ? そんなに帰りてぇなら十万置いていきな」
「いや、持ってねえし」
「ふざけんじゃねえ!」
不良がガバッと腕を振り上げた瞬間、煌夜は見た。
明らかにヤバそうな事をしている強面のおっさんに食ってかかる十五才――煌夜と同じ歳程の女の子の後ろ姿を。
髪は金色で腰まで伸ばしているという事と身長が百五十程という事しか分からない。
「ここを統括している魔具使いはどこに居る!? 百八の魔倶の一つ炎神 (えんじん) を使っている奴の事だ!」
(そういや、ここを統括している奴がそう言ってるんだっけ?)
と、思いながら煌夜はカツアゲの事を忘れて二人のやり取りを見やる。
不良もカツアゲの事忘れて見ている。
「人に物を頼む時はそれなりの事をしてもらわなくちゃあな」
ニヤリと笑う強面のおっさんに一瞬たじろぐ女の子。
「ロリコンも大概にしろよ~」
という店主の言葉に酷い怖気を感じた。
「まずは服を脱いで貰おうかなぁ」
今から行われる事を考えてぞわりと背中が粟立った。
不良の一人の顔面を殴り道を開けさせて女の子を助け出そうと、女の子に手を伸ばした瞬間、
「やあ!」
という掛け声を付けて女の子が木刀で強面のおっさんの顔面を殴り飛ばした。
煌夜はこの後起こるであろう出来事を瞬時に予測して、女の子の手を取って走り出した。 ◆ 予測は完全に当たった。
強面のおっさんは仲間を呼び集めて、この女の子を捜しているらしい。
女の子の方を見ながら安全な場所を求めて走る。
女の子は可愛かった。
ロリコンに走ろうとしたおっさんの気持ちが分かる位には可愛かった。
くりくりした愛らしい碧眼に、小さな唇。
「何?」
女の子が可愛らしく小首を傾げて訊く。
裏路地から大通りへと走る。
「そういや、自己紹介もまだだったよなって思っただけってうおっ! ここにもあいつらが!」
大通りから裏路地へと戻って反対側に走るが、そこにも敵が居た。
二人は仕方なく裏路地に腰をおろす。
マンホールを弄っていると、
「私の名前はルーシィ。由緒正しき魔法使いの子孫」
「魔法? ルーシィお前……おっさんに喧嘩売ったり、魔法使いを名乗ったり、頭おかしいじゃねえの?」
げんなりしながら煌夜が言う。
「なっ!? 魔具が世界に溢れてるのは魔倶のおかげなのに!」
「魔具が世界に溢れてるのは魔具のおかげ? 当たり前だろバカ」
「うんうん。そこは分かってるみたいね。魔法使いは百八の魔倶を作ったの。そして、私は百八の魔倶の一つ。炎神をここの統括者から返して貰うの」
煌夜は驚愕のあまりルーシィを食い入るように見つめた。
「……な、何? 私が可愛いのは分かるけど。そんな、いきなりは――。もっとお互いを知るべきだと思うの!」
慌てふためくルーシィに煌夜はふぅ、と驚愕から抜け出して言う。
「んで。何で炎神をここの統括者から返して貰うんだ?」
「百八の魔倶は絶大な力を秘めてるの。まずは完璧な同調。そして、能力の高さ。放っておいたら酷い事になるわ。だからよ」
直後。
両サイドから敵が集まって勢い良くなだれ込んで来た。
「おい。どうするよ」
「私に任せて百八の魔倶の一つ――刃!」
腕を振るった瞬間、木刀が現れた。
皆は気づいていて気づかない。
まるで木刀が腕の一部とでも言うように――。
ルーシィが木刀を振るう。
煌夜の立っている地面に。
「え?」
地面が切り崩れて、吸い込まれるように落ちて行った。
ドボンと、下水に落ちた音がした。
「私の事に巻き込んじゃ悪いから」
そうぽつりと呟いて敵を薙ぎ倒して行った。 ◆ 「ルーシィィィィィ!!」
下水から上がりマンホールを押し開けた時にはルーシィは居なかった。 ◆ ルーシィが統括者の居るビルへと入った直後。
真後ろから声。
「俺の炎神を狙っている女か」
殴りかかるように振り返ろうとした瞬間、
「振り返るなよ? 振り返えった瞬間、お前は死ぬ」
ルーシィは強く強く歯噛みする。
自分の無力さが死ぬ程悔しい。
もう、魔倶で人が死ぬのは嫌なのに。
一つも魔倶を回収出来ないまま殺されてしまうの?
「今月の生贄はお前にするか」
縄で縛りながら言う。
「生贄?」
「ああ。生贄だ。国への賄賂って所か」
国への賄賂?
「魔倶を科学で作るんだとよ。んでお前はその実験に付き合わされる訳だ」
実験?
血が滲む程、強く拳を握った。
「魔具ってさぁ、魔倶の劣化版なんだとよ。まあ、俺の知ってる情報っつったらこれぐらいかねぇ」
魔倶を作る為に人を殺す?
「ふざけないでよ……」
怒りで震える。
「ははっ。怖くてぶるっちまったか?」
「うわああああッッ!!」
木刀を掌に出現させる。
ゴスッ、と鳩尾に木刀がめり込んだ音がした。
「が、はっ……!」
男はたたらを踏むとルーシィを殴り飛ばした。
「ふざけやがって! この躯 (むくろ) 様に向かって……消し炭にしてやる!」
掌から火炎放射器のように炎が噴き出した。
「んな炎で人を消し炭にできっかよォ!!」
ゴッッ!!
扉を破壊して来た炎はちんけな炎を全て吹き飛ばした。
空気を上に押し上げて小さな竜巻が出来上がる。
ちりちりっ、空気が炎の熱に悲鳴を上げたかのように、躯は感じた。
「誰だテメエは!?」
縄で縛られたルーシィはもぞもぞと芋虫のように扉に方に向きを変えた。
そこには濡れネズミのようになった煌夜がいた。
「何で?」
きょとんとルーシィ。
色々な思いを込めて、混乱する頭で言った『何で?』に煌夜は犬歯を剥き出しにして叫んだ。
「何で濡れてるかって? 教えてやる。テメエが下水に落としたからだよ!」
ルーシィは犬歯を剥き出しにして喚く煌夜を見て小さく笑った。
こんな状況で笑える程に、煌夜がルーシィの世界を変えた。
そう。
あの炎は――。
「そういや、自己紹介がまだだったよな?」
笑って、
「俺の名前は矢島煌夜。出席番号三十番。同調率『エラー』の――」
超邪悪な笑みを浮かべて、
「――炎神を食った魔具使い」
「くそっ! よりによってオリジナルが出てくる事はねえだろうが!!」
躯は叫んで炎を掌から放出した。
「火遊びみてえなもんだって事が分かんねえのか」
炎を掌で煙でも追い払うように霧散させた。
「は!?」
「お前のは劣化版にすらなってねえよ」
躯との距離を一気に詰めると腹を殴ろうとした。
しかし、突如やって来た何かに煌夜は切り刻まれる。
「があッッ!?」
腕から血が流れ、腹はまるで刀で切れたように綺麗に切れている。
「百八の魔倶の劣化版――鎌鼬」
相手は右手を煌夜に向け――瞬時に距離を詰めた。
「はや……!?」
右手から鎌鼬を射出。
右手から炎を放出するが切り裂かれて、何の意味もなかった。
脚の太ももが切り裂かれて一度膝をついた瞬間、待ってましたとばかりに鳩尾に蹴りを入れられる。
「ごあ……ッ!?」
あまりの痛さに腹を抱え込む。
躯は髪を引っ張り、顔面に右手を翳すと同時に煌夜は弱い火を飛ばした。
が、躯には当たらずに飛んで行った。
「ふん。劣化版に負けるたあな! 終わりだ!」
右手から鎌鼬を出す――瞬間に躯が吹き飛んだ。
木刀を持っている少女――ルーシィが殴った所為である。
「セーフ……」
ボロボロの身体を起こしながら言う煌夜にルーシィはぶっきらぼうに訊く。
「何で私を……あそこまでして、助けようとしたの?」
「助けようと思ったからだろ?」
「バカッッ! もう少しで死ぬ所だったのよ!? それを分かってんの!?」
煌夜がもし死んでいたらと、涙目になりながら怒鳴りつける。
「涙目だぞルーシィ。あははははははははは!」
ぐいっとルーシィを押して前に立つ。
「え? 煌夜?」
「ルーシィ。お前は手出すなよ」
煌夜は痛む身体に鞭打って走り出す。
全てはルーシィを完璧に助け出す為。
自分の為に涙目になってくれたし、なんだかんだで他人の心配をするようなお人好しを完璧に助ける為に煌夜は躯に挑む。
「うおおおおお!」
躯は哄笑しながら最大の鎌鼬をぶつける為に右手に力を集める。
煌夜の右手に紅の炎が灯る。
炎が最大限まで凝縮された最高の炎。
煌夜の通った場所がオレンジ色の軌跡を描く。
拳の射程圏外。
「鎌鼬!!」
鎌鼬を出された場所はそこだった。
「煌炎――」
拳を鎌鼬にぶつけた。
鎌鼬の空気が凄まじい炎により一気に膨張し――紅色の炎を纏ったまま拳が抜けた。
但し、無事に抜けたのは拳だけ。
他は、鎌鼬に切り刻まれていく。
――ブシュウ!
肩、腕、胸に脚と切り刻まれて真っ赤な鮮血が噴き出る。
それでも、前に踏み込み、そして。
「――紅!!」
拳は顔面に当たり、肉が焼けた音と骨と拳がぶつかった音がした。
躯は完全に意識を失ったまま、コンクリートの壁をぶち破って五体を投げ出した。 ◆ 「はあ。一体何したらあんな風になるんだい?」
薬品臭い匂いのする無機質な部屋でルーシィは医者と二人で居た。
「私を、助けてくれたんです」
つらそうな、だけど満更でもない笑みに医者はくすり、と笑う。
「そう言えば無法地帯が壊滅したってね。一人の少年が壊滅させたとか」
医者の探るような目線に、耐えきれなくなって、
「私、今から煌夜の所に行ってきます」
小走りで何故か、煌夜に会うだけで嬉しく感じてしまう自分に違和感を覚えながら病室に向かう。
こんこん、と二回ノック。
「うわっ! お前、何時の間に大人の階段を上ってたんだ!?」
煌夜の上擦った声に不信感を抱くルーシィ。
続いて、
「馬鹿野郎! 何で病室にナース持ってくんだよ!? いいってマジで!」
「何だよ。病院で見るから興奮すんのに~」
「余計なお世話だっ! 分かった! 外人物貰うから看護士さん来る前に帰れぇぇぇぇ!」
「お前、外人派?」
「うるせえ! お前が持って来たのでマシなのがコレしかなかったんだよ!」
「にしても看護士さんは許せないね。看護婦さんにして欲しいね」
「それは同意する!」
不毛な会話を遮るようにドアを開けると、快活そうな男が紙袋一杯に本を持っていて――煌夜は金髪碧眼の女性が裸になって際どいポーズをしているエロ本と呼ばれる本を持っていた。
一瞬、私が好みだったりするのかなぁと思いそれが気恥ずかしくなって――。
「エロ煌夜ぁぁぁぁぁ!!」
木刀片手に煌夜に襲いかかった。
やたら謎を残して完結。
まあ、謎は全部裏設定に……駄目ですよね。
短編では無理があったか……。




