そういう朔仁くんだから
まあ、秘密のままもなにも、俺が話す前から爽司にはかなり、確信に近い形でバレていたんだから、意味はなかったけどな。
こっちから話してたら話してたで、いまさらかよとか、そんな感じにはなっていたんだろう。それだと、喧嘩にはなっていなかったのか?
とはいえ、ここまでしたからこそ、爽司もある程度吐き出せたんだろうから。後付けだけどな。
「話ができてすっきりしましたか?」
「まあ、そうだな……」
いずれにしても、タイミングの問題だっただけで、それほど思い入れがあったわけでもないけどな。若干、後ろめたさはあったとはいえ。
ただ、まあ、認めるのはあれだけど。
「俺ももうすこし、秘密にしているままでも良かったかもしれないとは思ってる」
「まあ」
わかってる。よく人のことが言えたなって言いたいんだろ。
「茉莉と同じ理由かどうかはわからないけど、もうすこし、茉莉とだけ共有しているって時間があっても良かったかもしれないとは思ってな」
同じ意味なのかもしれないけど。
からかわれることを厭ってとか、そういう気持ちがないとは言わないけど。
「いや、なんつうか、結局、まだ恋人として付き合ってからって意味じゃあ、一か月も経ってないだろ? もうすこし、二人きりでいる時間があっても良かったかもしれない……なに笑ってんだよ」
最初は驚いていた様子だった茉莉は、今は、隠すことなく笑顔でいる。
そんなにおかしなことを言ったつもりはないんだけど、もしかして、変なことだったのか?
「嬉しいときには笑うものでは?」
「茉莉が笑ってると、真っ直ぐには受け取れねえんだよ」
なにか、邪悪な裏があるんじゃねえのかってな。とくに、今は笑うようなところがあったようにも思えないし。
「失礼ですね。今は、純粋に嬉しいと思っていますよ。まさか、朔仁くんから、そんな台詞が聞けるとは思っていませんでしたから」
どういう意味だよ。
俺が尋ね返すまでもなく、茉莉は大分、上機嫌みたいで。べつに、理由がわからないから気味が悪いとまでは言わないけど。
「朔仁くんが理解していないことはよくわかりましたが、今回だけは、お教えしてあげましょう」
「すげえ大上段からだな」
いつものこととはいえ。
そして、俺の突っ込みなんて、当然のように、茉莉は無視して、本人の言葉どおり、やけに楽しそうな調子で。
「朔仁くん。それは、俗に、嫉妬とか、独占欲とか、そのように呼ばれる感情です。つまり、私の恋人としての顔を周囲の、他の人に見せたくはないと朔仁くんが思っていたのは、そういった気持ちからくるものです」
「それで、そこまで楽しそうにしてるのか……?」
俺にだって、独占欲とか、そんな気持ちは普通にあると思ってたけど。
「嫉妬なんて、される側は嬉しいものなんですよ。前にも言いましたよね?」
「覚えてねえな」
それとも、なにか? 茉莉は俺との会話を全部覚えているとでも言いたいのか? ……それが、まったくありえないと言い切れないところが、白月茉莉の恐ろしいところだ。
「だいたい、嫉妬される側が嬉しいっておかしいだろ。そんなこと言い出したら、ストーカーだって、肯定しているようなものになるだろうが」
あれだって、極端すぎるとはいえ、嫉妬とかの暴走した果ての姿なわけだろ?
だから、人類には理性ってものが存在しているわけだけど。
「違いますよ、朔仁くん。ただの嫉妬、やきもちが嬉しいのではなく、好きな人からされる嫉妬とか、やきもちが嬉しいということです。そんな、見ず知らずの誰かに嫉妬されるとか、むしろ、気持ち悪いと思うに決まっているじゃないですか。それに、ストーカーとまでになると、それは、嫉妬という範囲を通り過ぎて、執着とか、病みとか、そんな風に呼ばれるものになるじゃないですか」
「おう、そうか……」
そういうもんなのか。
俺だったら、茉莉が嫉妬してたなんて聞いたら……まあ、そんなことはありえないと思うけど、すぐに理由を聞いて謝ると思うけど。あるいは、謝るとまではいわずとも、話し合いをしようとはするだろうな。
あるいは、別人の可能性とか、嘘とか作り話の類なんじゃないかとかって疑うかもしれないな。
もちろん、茉莉が完璧な人間だとかなんてことは、微塵も思っていないわけだけど。
「もちろん、朔仁くんが私ではない誰かに懸想するとは思っていませんから、私がやきもちを妬くことはありませんけど。残念ですか?」
「いや。だいたい、予想どおりの答えだ」
そして、実際、茉莉の言うとおりだろう。
「ですが、もし、本当に朔仁くんが他の誰かに邪な思いを抱いたとしたら」
「邪って決めつけるんじゃねえよ」
たしかに、彼女を放っておいて他の誰かを想うとか、邪には違いないだろうけど。
「朔仁くんを殺して私も死ぬでしょう。つまり、朔仁くんは間接的に殺人犯を作り出すことになりますね。まったく、恐ろしい話です」
「恐ろしいのはおまえだろうが」
だいたい、俺が他の誰かをとか、考えられないからな。
「朔仁くんにはそのつもりがなくても、向こうのほうから惚れられて、なし崩し的に浮気したみたいな形になったとしても、刺しに行きますからね」
「そんな馬鹿なことがあるわけないだろうが」
どんなシチュエーションを想像してるんだよ。
「馬鹿なこともなにも、私の身に実際に起ったことですが」
「あんなことがそうそうあって堪るか」
あんなこと、人生でも一度遭遇するかしないか、したら相当運が悪かったって呼べるような事態だったぞ。
いや、結果的にっていうか、茉莉がこうして笑っていられるんだから、あそこの時点で見つけられて運は良かったというべきなのかもしれないけど。
あのときの茉莉は、そのまま放っておいたら、消えていきそうな気配すらあったからな。殺人犯どころか……まあ、それはいいか。
「べつに、朔仁くんがどなたかを助けることを否定しているわけではありません。ほとんど見ず知らずの相手であっても親身になれるところは、良いところだと思っていますから」
「まったく見ず知らずの相手ってことでもなかったけどな」
これも言ったと思ったけど、クラスメイトではあったわけだし。それ以前から、白月茉莉の名前くらいは知っていたってこともあっても、まあ、それは関係……ないとは言わないっていう程度のことだ。
とはいえ、結局、まったく知らない相手だろうが、あんなシチュエーションだったら声をかけないやつのほうがどうかしているとは思うから、同じことにはなるんだろう。
ただの偶然ってだけのことだ。
「そういう朔仁くんだから、こうして、私も自分のことを任せているわけです」
「あんまり任されている感じはないけどな」
そりゃあ、助けに呼ばれたら、どこにでも駆けつけるつもりではあるわけだけど。
「つうか、茉莉は俺のことを過大に評価しすぎだろ」
そんなにできた人間じゃねえよ、俺は。
「過大ではなく、適正だと思いますが。朔仁くんこそ、ご自分のことをわかっていないのでは? すくなくとも、私が助けられたと思っていることは本当ですから、それだけは心に刻みつけておいてくださいね。あるいは、あのことが、朔仁くんにとっては、あの程度と呼んでしまうようなものだというのであれば、それはそれで、素敵なところですから」
「結局、どう転んでも同じなのかよ」
どう話しても変わりそうになかったから、茉莉には勝手に思わせておくことにした。
過大評価をされたままだと、思わぬ油断や隙に繋がる可能性もあるわけだけど……茉莉が巻き込まれるのはいつものことだしな。




