信じろ
爽司は嘘をついていた。
俺と茉莉が付き合っているとまでは思ってなかったからデートに誘ったんだと言っていたけど、俺と茉莉が付き合っていると確信していたからこそ、デートに誘ったんだろう。あるいは、付き合うという形でなくても、互いを想いあっているとわかっていたなら。
「……それだけの想いが持てるんなら、他の相手でもうまくいったんじゃねえのか。自分に付き合わせることはできないとかって言ってるけど、それも、爽司の自分本位の理由だろ」
「じゃあ、朔仁は自分が嫌いだと思ってるものに好きだと寄ってくるやつのことを好きになれると思うか? 俺は、幼馴染すら信じきれてない自分のことなんて、好きじゃないんだ」
そういう自分にずっとコンプレックスを持っていた。
だから、それを否定してくれるような誰かを探して、告白したり、付き合おうとしたりを繰り返してたってことか?
「それで俺のことなら信じられるって、それは破綻してるだろ。そもそも、それで本当に俺のことを好きだとかっていうやつのことを好きになったとして、その後、どうするつもりだよ」
自分のことを好きになるやつのことは信じられないから、俺のことを好きになるようなやつのことを信じるようにする。まあ、それはいいだろう。俺にはわからないけど、爽司にとってはそういうものなんだってことで、一応、わかったことにならなくもない。
けど、問題なのはその後のことだろ。
その、俺のことを好きになったやつとか、付き合ってるやつのことを好きになって、爽司自身はその後、どうしたいんだよ。
俺のことを好きだとか、俺が好きだとかって相手――今は白月のことだろうが――なら、爽司と付き合う可能性はかなり低い、いや、はっきりないと言ってもいいかもしれない。もちろん、そんな相手が仮にいるとすればの話だ。
付き合わない、付き合えないことを前提として、好きになるってことなのか? それは、不毛どころの話じゃないだろ。
それに、その理屈だと、爽司を選んでほしくて告白するんじゃなく、白月に俺を選んでほしかったように聞こえる。
「だから、どうしようもないんだよ」
爽司は自嘲するように天井を見上げる。
「自分のことを好きだって言ってくる相手には惹かれない、自分のことを好きじゃないって言ってるやつにはちょっかいかけに行くくせに、それですぐに好きになられると今度は自分から別れにいく。ははっ、俺ってどうしようもないほど最低で、クズ野郎だな」
爽司は俺に背を向けるように頭を抱えて、じたばたする。
「おまえさあ、もうすこし、自分とか、相手の気持ちを信じても良いんじゃねえのか? すくなくとも、俺には毎回、付き合ってる相手には真摯に向き合ってるように思えてたけどな」
俺の勝手な推測だし、わかって気になってんじゃねえって感じかもしれないけど。
それでも、そんなやつでもなかったら、別れてからそう間を空けることなく別の彼女なんてできたりしないだろう。
「俺の気持ちなんて、俺が一番信じてないからな。多分、誰と付き合っても、またきっと自分勝手に幻滅して別れるか、別れるように仕向けるかするんじゃないのかって。だから、軽い感じに付き合ってるし、誘ったりするし、受けるときにもあんまり深く考えたりしないんだよな」
普通――あくまで、クラスメイトなんかが話してるのを聞いてる限りだと、そんな風に何人も相手と途切れないくらいに付き合ってる爽司のことを羨ましく思ってたりもするみたいだけど。
けど、そんな評価は、本人としてはどうでもいいことのように。
「だから、白月にもちょっかいかけたんだ。白月みたいな女子と話すのって初めてだったから、どんな反応なのかも気になったしな」
噂から仕入れてきていたくらいだ。最初は、好奇心のほうが大きい、いや、好奇心からってだけだったんだろう。いつもと同じように。
「まあ、白月のことは、噂ってのもあるけど、それは、噂を聞いてから会いに行ったんじゃなくて、会って――というより、見てから噂を仕入れたんだよな。けど、可愛い女の子って探したら、白月には絶対、行きついていただろうな。実際、そうなったわけだし」
「おい。そこは肯定するんじゃねえよ。今、良い感じの空気になってただろうが」
吹っ切れたように笑う爽司に、つい、突っ込む。
「けど、初めて会った、いや、見たときには声をかけなかったんだろ? なんだったら、俺が茉莉と知りあって、おまえも一緒にいるようになってから、初めて、声をかけようとしてたよな」
それだと、俺なら茉莉に惹かれるとか、茉莉なら俺に惹かれるとか、わかってたみたいだけど。
「いや、朔仁は白月をひと目見たときから気になってただろ。それくらいはわかる」
「いや、さすがにそこまでじゃねえよ」
すくなくとも、今、爽司が言っているだろう意味では、気になってない。
たしかに、白月茉莉を初めて見たやつが、以後、間近で接するような位置にいるならなおさら、気にしないでいられるかって聞かれると、無理なんじゃないかとは思うけど。
「それがすでに気になってるやつの思考なんだって。朔仁、おまえだって、どこかの誰かがどこぞの誰かに惚れただなんだって話を聞いても、べつに気になりはしないだろ? 誰かが気にしてるって噂を聞いたくらいじゃ、その相手のことを詳しく見ていたいとかって思うほどじゃないはずだ」
「それはあたりまえだろ」
白月のことは、俺の近くで、大分、関係することになっていたから、気になってたってだけのことだ。始めはな。
「なら、自分で気づいてないだけだ。俺からすれば、朔仁は大分わかりやすかった」
「……たしかに、俺は茉莉に当初から気を回してたけど、それは、あいつが絡まれやすいからだ。一目惚れとか、そういうことじゃねえよ」
そういう意味で気にするようになったのも、茉莉から告白されてからだしな。
爽司はそうじゃないって言ってるけど、俺はそうだと思ってる。
「危なっかしくて目が離せないから、なんて、一番ありふれた理由じゃねえか」
「知るか。どこにありふれてんだよ」
爽司の中の常識を俺に――いや、一般に当てはめようとするんじゃねえよ。
「言わせてもらうけど、爽司の常識は普通のやつのそれから大分ずれてると思うぞ」
これだけ長く幼馴染なんてやってきて、今日、初めて知ったけどな。
まあ、付き合っては別れてを繰り返してるのは、しかも、それがかなり短かったりするのは、普通のやつなら絶対起こらないだろうとは思ってはいたけど。
「なんだよ。じゃあ、朔仁は自分が一般人代表だとでも言いたいつもりか? 白月あたりに聞いてみるか?」
「そこまでは言わねえよ。だいたい、その俺と付き合ってる茉莉に聞いたって仕方ないだろ」
茉莉は絶対――俺のことを変わってるって言うに決まってるからな。それに、今問題なのはそれじゃないだろ。
「べつに、一般人代表なんていうつもりはないし、そんなことはどうでもいい。ただ、爽司も自分のことを認めていいだろってことだけだ。すくなくとも、おまえの態度はおいとくとして、俺はおまえのこと認めてるよ、爽司」
そうじゃなけりゃあ、幼馴染って言ったって、こうして、長い付き合いにはならねえだろ。
もっとも、俺たちの場合、間に透花がいたからってこともあるんだろうけど。
「武術ってのは、そいつの人間性も出るもんなんだよ。心技体ってのは、心が重要ってことだろ」
正確には、心も、だけど、今はそんなに細かいことはいい。
「だから、おまえはまず、透花に素直になるところから始めろ」
「それはしないって言ってんだろ、馬鹿朔仁」
いや、しろよ。透花のことも信じてやれよ。




