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崩壊

 道場でも爽司はいつもと変わらない調子だった。

 鍛練は真面目にやってたし、女子との軽口も普段どおりで、茉莉とのデートがなんらかの影響を及ぼしているなんてことはなさそうだ。

 そんなことは、茉莉以外の相手とも、それはもう、数えるのも馬鹿馬鹿しいくらいにはこなしてきているやつだから、デートの一つ程度で変わる調子もないんだろう。

 いつだったか、一度のデート程度で諦めることもないとかって話もしてたしな。それが、茉莉のことなのか、違う相手のことなのかってことはともかく。

 それで、鍛練も終わって、道場の清掃も済ませて、皆が帰った後。


「どうした、爽司。なんか忘れ物か?」


 道場に持ってくるもので、忘れ物もなにもないとは思うけど。せいぜい、鍵とか、スマホとかか?

 

「ああ。言い忘れてたことがあってな」


 言い忘れてたこと、ね。

 

「べつに、デートの報告なんて、律儀にしてくれなくていいんだぞ。聞きたいことでもないし、そもそも、今まで、そんな詳細を話したこともないだろ」


「まだ、俺はなにも言ってないけど、なんでデートのことだと思ったんだ?」


 俺は爽司へ振り返り。


「違うのか?」


 今、他に人のいなくなったタイミングで俺と話そうってことが、他にあるとも思えないからな。

 昨日だって、なぜか、白月とデートするってことを俺に話してきたくらいだし。

 今まで、誰々と付き合うって話は聞いても、デートに誘うとか、そんな程度のことで俺に話しをすることはなかった。

 

「なんで、白月のことを止めなかったんだ?」


「なんでって、誘われたのは茉莉のほうだろ。それとも、高校生にもなって、クラスメイトの異性と一緒に遊びに行くのに、他の誰かの許可が必要なのか?」


 そりゃあ、夜遅くなりすぎるとかってことだと、保護者の許可くらいはあったほうが良いかもしれないけど。

 

「朔仁は気にならなかったのかよ」


「なにを気にしろって言ってんだよ。そもそも、気にしたところでどうにかなるものでもないだろ」


 その件は、昨日、茉莉とも話しているし、いまさら、爽司と蒸し返す話でもないはずだ。

 俺と茉莉が話していたことを爽司が知ってるはずもないから、それを言っても理不尽だってことはわかってるけど。

 

「そうか? 彼女が他のやつとデートなんてしてたら、裏切られたみたいな気持ちにはならないのか?」


 俺は黙ったまま、爽司にじっと視線を向け、爽司も、珍しく、真面目な視線を逸らさなかった。

 

「爽司はそんなに軽薄じゃないだろ。時折、ペラペラになることもあるけど、基本的には、相手のことを尊重してるだろ」


 少なくとも、俺は、昨日の一度のデートだけで、爽司が茉莉に手を出すようなことはないと確信していた。

 茉莉が拒むようなことは、絶対にしたりしない。デートだって、断られてたら、大人しく引き下がったはずだ。

 

「……そうだな。俺は、白月に手を出そうなんてつもりはなかったよ。でも、白月を本気で彼女にしたいと思ったし、真面目に口説いたのも本当だ」


「そうか」


 それは前から聞いてるし、いまさら、驚くことでもない。

 が。

 

「白月をデートに誘ったのは、いや、彼女にしたいと思ったのは、朔仁が白月と付き合ってると知ってたからだぞ」


 さすがにそれはスルーできなかった。

 今、爽司はなんて言った? 耳が遠くなったわけじゃないと思うんだけどな。


「……どういうことだよ」


「ははっ。ようやく目があったな」


 爽司はひどく自嘲的な笑みを浮かべていて。

 なにを考えているんだ? 幼馴染だけど、女性関係において、爽司がなにを考えているのかなんて、わかったことはない。

 

「朔仁。俺が、今まで、どれだけの女の子や女性と付き合ってきてると思ってる? ましてや、それが幼馴染のことなら、わからないはずないだろ」


 俺は爽司の道着の襟を掴んで引き寄せたが、爽司は薄い笑みを浮かべているだけで、悪気とか、そういう感情は乗ってないようだった。

 払うように道着を放せば、爽司は数歩だけ後ろへとたたらを踏み、襟元を正すこともなく。


「……べつに、彼氏だ彼女だ、恋人だなんだっていうのは、法に定められてるものでもない。茉莉に対して、爽司がどうこうアプローチしようと、今の俺に止める権利なんてものはない」


 黙っていたのは俺たちだし、許容したのも俺たちだけど、普通、知っていながら手を出そうとかっていうのは、考えるものなのか?

 

「それはそれとして、俺が今、おまえに対して、ふざけんなって思ってることくらいはわかるよな、爽司」

 

 相手がいないと知らなかったから、一人でいる相手にナンパっぽく声をかけたとかってことじゃない。

 たしかに、俺たちはべつに付き合ってるとか、そんなことを公言してはいないけど、むしろ、公言する爽司みたいなのが珍しいんだってことくらいは、わかってるだろ。

 中学でも、高校でも、誰かと付き合った、別れたなんてことを、わざわざ公言してるやつなんて、爽司くらいしかいなかった。 

 

「つまり、おまえは俺が白月に告白されたとか、それを受けて付き合っていたとか、そのことも知ってたってことか?」


「俺だって、朔仁とは同じ期間だけ一緒に過ごしてきてるんだぜ。白月だって、入学してからは一緒にいることが多かったしな。すくなくとも、朔仁以上には、男女のそういうことには敏いつもりだぜ、俺は」


 爽司は、言っている内容とは逆――いや、ある意味、言葉どおり――に、ひどい顔をしていて、それは、今まで俺が見たこともないようなものだった。

 怒っているのか、苦しんでいるのか、それとも、嘆いているのか。

 すくなくとも、楽しんでいるようには見えなかった。

 

「……で? そんなことを言うために、わざわざ残ってたのか?」


 爽司と喧嘩したことなんて、いままでいくらもある。

 けど、そのどのときよりも、俺は頭の芯まで冷え切っていて。


「そうだけど?」


「そうか」


 頭で考えての行動じゃなかった。

 武術を学び、全身を凶器とでもする鍛錬を積んでいる以上、心を強く持つ必要がある。

 それは、もちろん、自制心だってそうだ。

 俺たちが考えもなく、無暗とその力を振るえば、それは暴力であり、武道――つまり、武の道からは大きく外れることになる。

 浮気だとか、不倫とかを正すなんてことは考えもせず、ただ、自分の心の内に沸いた衝動に従って、爽司をぶっ飛ばした拳は、間違いなく、暴力と呼ばれるものだっただろう。

 爽司はガードもしなかったし、受け身も取らず、そのまま、床に倒れ落ちた。


「これで満足か? それでチャラにしといてやるから、もう帰れ」


 爽司の罪悪感の自己満足に付き合う義理はない。

 

「……おまえは、いつもそうだな、朔仁」


 起き上がった爽司は、一歩、二歩と助走をつけて、跳躍してから、ドロップキック。想定もしていなかったし、さすがに今度は俺が吹き飛ばされる。


「ははっ、油断するほうが悪いんだよ、朔仁」


「油断だぁ……?」


 爽司のやろう。


「それは、茉莉のことも俺が油断してるからとか、そう言いたいのか?」


「そうだって言ってんだよ。だって、朔仁が好きになった相手なんだぞ。そして、朔仁のことを好きになった相手だ。それはきっと、すげえ良いやつだってことだろうが」


 そんなやつ、気にならないほうがおかしいに決まってる、爽司は笑った。


「……俺が茉莉のことを知る前から、爽司は茉莉のことを知ってただろうが」


 俺を物差しにするんじゃなく、最初から、いつもどおりに、自分でぶつかって行けばよかっただろ。


「そうしようと思ったときには、なんかおまえらはもう良い雰囲気だったからな。だから、牽制もした」


「やっぱりか」



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