変わったように見えるか?
翌日の教室では、爽司と茉莉がデートをしていたらしいという話題が囁かれていた。
放課後で、白月家も、七原家もここの近所で、二人が一緒にいたのがこの近辺ってことなら、見かけるやつがいても不思議なことはない。
「真田の家もこの近くだろ? 見てたりしないのか?」
「見てねえよ。放課後は、部活はないけど、道場に出てるから」
クラスメイトに聞かれても、答えられるほどの情報を知ってるわけじゃない。多分、クラスメイトたちが知っている話と大差ないだろう。むしろ、どこに出かけていたのかなんてことも知らないわけで、情報は少ないとも言える。
「まあ、爽司のほうは、昨日、道場にくるのが遅れたりはしたけど」
その程度なら、話しても問題はないだろう。
だからって、その前になにをしていたのかってことは、話していないわけだから。知らないとは言わないし、むしろ知っているけど、俺がここで知っているとかって言うのは、所詮、今クラスメイトたちが話している噂と信用度における違いは大したものじゃない。
「そんなに騒ぐほどのことか? 爽司が誰かとデートするとかなんて話、いまさらすぎるだろ」
一応、いままではクラス以外の同級生とか、先輩とかが相手であって、今回は初めて、クラスメイトとのことが話題に上がったってことではあるけど。
しかし、爽司に限ったことじゃなくて、他人が付き合うとか、そんなこと、わざわざ騒ぐほどのことでもないと思うけどな。芸能人のことで騒いでる報道とかじゃないんだから。
「いやいや。このままだと、全員、爽司の後ってことになるだろ」
「うっわ、処女厨きっも。こういうやつがいるから、男子全体で誤解を受けるんだよ」
「なんで七原ばっかりがもてるんだ、この世界、間違ってるだろ」
クラスメイトの男子たちは騒いでいたけど、俺にはどうでもいいことだから、そういうことを言ってるからモテないんじゃねえのか? とは言わないでおく。
「というか、デートしたのが羨ましいとかってことなら、おまえらだって、誘いに行けばいいだろ」
肩ひじはらず、欲張ることなく、自然と相手に敬意なんかを持っていれば、デートと言わずとも、遊びに誘うくらいはできるんじゃないのか?
「……どう思う?」
「なんか、真田さあ、最近変わった?」
「七原の幼馴染だと影響受けるとか?」
クラスメイトから、疑念の混ざった視線を向けられる。とんだ言いがかりだな。
「なんでそうなるんだよ」
そもそも、変わったとかって、意識してることでもなければ、自分じゃあ気づかないものだからな?
「なんというか、こう、雰囲気がな」
「そうそう。女慣れしてる感じっていうか」
「具体的に言えば、彼女でもできたんじゃないのかってこと」
他人の彼女の有無を気にする前に、自分のやるべきこととか、そういうのを見直したほうがいいんじゃねえのか?
「彼女ができたかどうかなんて関係ねえよ。そもそも、彼女の作り方とか、デートの誘い方なんて、俺じゃなく、爽司に聞いてくれ」
それこそ、詳しいだろ。というか、俺に爽司以上の話なんてできないからな。
爽司の話が参考になるとか、参考にできるとかってことは、別の問題だから、自己責任だけど。
「まあ、真田に彼女はいないか」
「平日も、休日も、基本的に道場にいるらしいしな」
「誰かと遊んでるとかって話すら聞いたことないし」
たしかに、誘われても普通に遊んだこととか……高校に入ってからはないな。男子と女子とにかかわらず。
それこそ、茉莉とデートに出かけたとか、爽司や透花とも一緒に勉強会でもしているとか、朝に一緒に走り込みをしているとかってくらいで。
それに、走り込みに関しては、あれを一緒にと呼ぶのかどうかは、かなり微妙なところだろうし。
「すみません。座りたいのですが、構いませんか?」
少しばかり教室から離れていて戻ってきた茉莉が声をかけると、茉莉の席の机に座りかけていたクラスメイトが、慌てた様子でその場をどく。
ここで、話しかけられた、みたいな騒ぐほど馬鹿ではなかったらしい。もちろん、事の真相を直接尋ねることもなく。
「楽しそうにお話しされていましたね」
茉莉の耳に届く範囲であからさまに話をするほどの度胸はなかったようで、クラスメイトたちがそそくさと離れていった後、茉莉が呟く。
あれが楽しそうに見えたのか?
「なにも話してねえよ」
彼女がいるかどうかってことについて、肯定も否定もしてないからな。
そもそも、茉莉は俺が誰に話そうと、話すまいと、どちらでもかまわないってことだっただろ。
「まあ、彼女がいるのかどうかってことについては、疑われかけたけど」
すぐにあいつら自身で否定されたしな。
そのことについては……とくに思うところもないな。
誰に知っていてほしいとか、知らないでいてほしいとか、そんなこともないし。
「つまり、朔仁くんは話さなかったということですね?」
「話せばさらに騒ぎが大きくなりそうだったからな」
誰に知られようとかまわないとは思ってるけど、騒がれたいとは思ってない。
そして、それは当然、丁度、後ろの席にいる茉莉にも話は飛び火するだろうし、おそらく、男子だけに留まらず、女子だって同じような感じになるのは、なんとなく、予想はつく。もちろん、それがクラスに留まらないんじゃないのかってこともな。
そんな騒ぎまでを望んでいるとは思わない。まあ、多少、牽制というか、告白避けのためとかってことでなら、利用したいと思ってないこともないんだろうけど。
そのためだけじゃないとは言っていたけど、それに、俺だってそうなるのは望むところだし。
茉莉を疑うとかってことじゃなく、彼女に対して、他の男が言い寄っていたりするのを好ましく思う男はいないだろ?
「本当に、なぜ、他人の付き合った付き合わないなんて話がそこまで盛り上がるのでしょうか?」
茉莉は、理解できないとばかりに、小さくため息を漏らす。
それに関しては、俺だって、聞いた風な知識しかないから、なにも言えない。
「そんな暇があれば、単語帳の一つでもめくっていたほうが、建設的でしょうに」
「家で一人のときとかにはやってるんじゃねえのか? だから、学校でクラスメイトがいるところでは、別の、馬鹿話でもして盛り上がりたいとか、そういうことだろ」
多分。俺はあいつら自身じゃないし、そんなことは思ってないから、わからないけどな。
「朔仁くんも気になりますか? どんな話をしたとか、なにをしたのかなんてことが」
「なんの……ああ、昨日の爽司とのデートのことか? 俺は、べつに。というか、なにか言いたいことがあるなら、茉莉のほうから言ってくるだろ」
電話でも言ったけど、信じてるとかってこともそうだけど、幼馴染と彼女の話だぞ。
むしろ、二人になにかあって隠されるなら、所詮、そんなもんだったのかと思うだけだし。もちろん、信頼っていうのが先にあるのは前提として。
それに、茉莉が、俺と爽司を比べるとも思ってないしな。
「これは信頼を得ているということなのか、それとも、放っておかれているのか、悩みますね」
「……本当に悩んでるのか?」
茉莉は、すぐに肩を竦める。
「最近の朔仁くんはからかい甲斐がありませんね。変わらないままの朔仁くんでよかったのに」
「それは悪かったな。けど、そうしたのは、茉莉だからな」
彼女の気持ちを汲み取れるようにとか、そういう話じゃなく。
ただ、茉莉のことだから、なんとなく、わかるようになってきているってだけのことだ。
それが同じことだって言うなら、それはそのとおりかもしれないけど。
 




