好きなようにすればいいだろ
◇ ◇ ◇
俺が平日に道場で稽古をするのは、基本的に放課後になる。日曜とか、祝日ってことだと午前になったりもするけど、さすがに、早朝に走り込みまでしてるのに、それから稽古も終えて、朝食を済ませて、登校して、授業を受けて、なんてやってると、眠くならないとも限らないからな。
そして、部活なんかは、週に一日とか、二日とかで休みもあるみたいだけど、他の門下生はともかく、俺は休んだりすることはない。まあ、そのあたりは、月謝の問題とかもあるから軽々には言えないけど。
俺にとっては、もはや、趣味みたいなものだし。
「朔仁。俺、今日ちょっと遅れるから」
爽司がそうやって道場に来たり来なかったりなのも、俺の口出しするようなことじゃない。
そもそも、武術の鍛練なんてものは、あくまで、自分のため――それが、結果的に人助けになったりすることもあるだろうけど――にするものであって。それは、武術の鍛練に限った話じゃないけど。
そして、爽司が休むとき、あるいは、遅れるときっていうのは、ほとんど、理由も決まっている。
「わかった」
そして、いまさら、爽司のその言動に関して、俺からなにか言うとか、ましてや、注意なんてしない。
「あれ? 理由とか聞かねえの?」
「小学生の出欠確認でもないだろうに、必要ないだろ」
そもそも、うちは道場をやっていて、門下生をとったり、そこから月謝をもらったりもしているわけで、まったく関係ないとは言わないけど、なにをするのか、どうするのか、いつやるのかなんてことは、当人の自由だしな。
べつに、ペットが死んだからとか、親戚が入院してるからとか、あるいは、誰それとデートするからだとか、理由なんて、あってもいいし、なくてもいい。
一応、透花とデートだとか、告白するとかってことなら、クラッカーでも持って待機していてもいいけど……冗談はともかく。
「そうかな?」
爽司のほうは、俺の勘違いじゃなければ、少し話したい様子でもあったみたいだけど、そんな風に躊躇う理由もないはずだ。
「言いたいことがあるなら言えよ」
「いいや、今はないな」
爽司は、やっぱり、なにか試しているみたいだったけど、結局、なにかわからなかったから、それ以上、突っ込んで聞いたりはしなかった。
だが、聞くまでもなく、休み時間に届いた茉莉からのメッセージで理解した。
「七原さんから一緒に遊びに行かないかとお誘いを受けましたが」
鳳林高校は、生徒がスマートホンの類を使用するのを、厳格に咎めたりはしていない。もちろん、授業中――というより、他の生徒の迷惑になるような使用は控えるように言われるけど、校舎内では電源を切ることだとか、そんなこともない。
放任といえばそうかもしれないけど、自己責任能力の成長を促すためと言われても、まあ、納得できないこともない。
俺が振り向けば、すぐに目と目が合う距離なのに、わざわざ、メッセージを使って送られたその言葉は。
「茉莉が好きなようにすればいいだろ」
話しかけられず、メッセージでの連絡だったことを考えて、俺もメッセージで返す。
俺は爽司にも、まだ、茉莉と付き合ってるってことを話してはいないし、茉莉と爽司が友好関係を築いていることはわかっている。
「やきもちですか?」
「なんでそうなるんだよ」
今の俺のメッセージに、どこか、やきもちの要素が含まれていたか?
犯人が隠していない秘密を見つけるとか、どんな名探偵なんだよ。それは、むしろ、でっち上げとかって言われるものじゃないのか?
「やきもちなんて、やかれるほうは嬉しいものなんですよ? もちろん、やきもちをやかれるためだけに、あえて、煽るような振る舞いをするのはいただけないですけど」
「それは期待に沿えず申し訳ねえな」
茉莉がふざけて、あるいは、からかって、反応を楽しんできていることは明白だったから、俺も適当に返事をする。
とはいえ、所詮は、休み時間のメッセージでのやり取りだ。それほど、会話も発展するはずもない。
だいたい、ついこの間、俺に対する気持ちを聞いたばっかりで、あれから、そう日も経っていないし、疑うほうが失礼だろ。ましてや、相手は白月茉莉だ。
それに、やかれるほうは嬉しいとかって言うけど、限度はあるだろ? それに、経験があって良いことでもないし。
そんな、気もそぞろな状態で稽古をしたくもないしな。
「まあ、信じてるってことで、なんとか」
「仕方ありませんね。今日のところはそれで許してあげましょう」
なんで、俺が許されるみたいな流れになってるのかはわからないが、茉莉が、たとえ爽司であろうと、他の誰かの告白を受けることはないだろうと確信しているし、なら、心配するだけ労力の無駄だ。爽司が茉莉に対して無体を働くとも思ってないしな。
いや、そもそも、付き合いたいとか、好きだとか、そんな風に思ってる相手に対して、無理矢理な言動に出るはずがない。普通の感覚なら。
「ちなみに、どうしますか?」
「どうしますかって、なんのことだ?」
束縛とか、そんな言葉を使うつもりはないけど、大抵のことは白月の自己判断に任せていいだろう。
そりゃあ、ストーカー相手に単独で向かっていくとか、そんなことになるなら、止めるとか、俺が合流するまで待ってろとかって言うと思うけど。
「七原さんから告白された場合、朔仁くんと付き合っていることを理由にしてもかまいませんか?」
「……それも含めて、茉莉の好きにしろよ」
茉莉は爽司から告白されたとして、断ることしか考えていないのか……いや、なんで俺が同情しなくちゃならないんだ。堂々としているべきだろ。
どう見られようが、事実は変わらないんだから。
わざわざ、言いふらすようなことでもないって言ったのは俺かもしれないけど、茉莉だって、秘密にしているというのも面白そうだとかって言ってただろ。
言いふらす必要性を感じてはいないけど、聞かれて黙っているほど秘密にすることにこだわっているわけでもない。ただ、まあ、ばれた場合、茉莉の知名度を考えて、少々――よりは、大分、周りがうるさくなるかもしれないけど、それだけだ。それも、長く続きはしないだろうしな。
とはいえ、一応。
「いや、さすがに手を出されそうになったとかってことになったら、あれだけど」
そんなことになったら、俺は爽司をぶっ飛ばすかもしれない。
いや、彼氏とか彼女とかってことは関係なく、そんな風に軽々しく女性に手を出すなって意味を込めてのことだけど。
まあ、爽司はそんなことをしたりしないだろう。学校にばれたら退学で、それは体裁が悪いとか、そんなことじゃなく。
「では、終わったら、連絡しますね」
「ああ。悪いな」
ある意味、茉莉に押し付ける形になるかもしれないわけで。
「朔仁くんが、いえ、誰が謝るようなことでもありませんから」
話すべきことは終わったし、昼休みも半ばに差し掛かり、午後の授業を耐え抜くための昼寝をしようと、俺は机に突っ伏す。
本当、午後に数学とか止めてくれねえかな。誰だよこの時間割考えてんの。
それとも、一年生のこの時期の問題はまだ優しいからとかって考えなのか? あるいは、この学校に来るようなやつだから、授業中に寝るなんてことはないとでも?
いや、寝ないけどな。茉莉に勉強まで教えてもらってるんだから。授業を聞いていてもさっぱり理解できなかったからってことならまだしも、授業中寝てたんでわからなかったから教えてくれとか、何様だって話だし。
退屈な授業をするほうが悪いとか、そういう話じゃないだろうしな。




