尾行と対決
白月の放課後の予定が、告白のために呼び出されて埋まっている、なんてこともなく。
少なくとも、入学してから白月と多少なりとも関わってきて、今告白するようなやつはいないだろうなと、見当をつけてはいたが。
自惚れとか、そういうことじゃなく、事実として、俺たち以上に白月と近づいたやつもいないだろう。
そして、実際、呼び出されるようなこともなく、あるいは、友人と連れ立って遊びに行くから、みたいなこともなく、俺たちはごく自然なクラスメイトとして一緒に帰路につく。
まあ、高校生にもなって、そんなことで囃し立ててくるようなやつもいないとは思うけど、一応、男二人と女一人に見える状況だけは、気にかけていた。
ともすれば、俺たちが悪者に見えなくもないわけだし。結局、杞憂だったけど。
三人で一緒に校門を出たとはいえ、それじゃあ、爽司の言っていた目的は果たせない。透花がいれば、もっとスムーズに進んだかもしれないけどな。頼んで断るようなやつじゃないし、むしろ、話せば心配して自分から協力を言い出すとも思う。
そんな、たらればの話はおいておくとして。
この前、白月に絡もうとしていたやつらを牽制したのは俺だからな。どっちかっていうと、爽司よりは俺が隣にいたほうがいいだろう。
「なんか、勝手に話進めたけど、余計な世話とか、自分でどうにかできるから不要だとかって思ってたら、遠慮なく言ってくれよ。ああ、言っとくけど、べつに、俺たちがこのことに関して面倒だと思ってるとか、そんなことはないからな」
歩きながら、いまさらながら、再度確認を取っておく。
「そんなことは思っていません。忙しい中、私に付き合ってくださって、おふたりには感謝しています」
そんな風に返されるのも、想像どおりだ。
こう言ったらあれだけど、形式的な意味合いの強い確認だったからな。
「それに、それほど距離があったりもしませんから」
少なくとも、徒歩圏内である程度の時間しかかからない。
もちろん、このことを言い出した俺たちのほうが、白月の家まで行く程度のことを問題にすることもないしな。むしろ、女子である白月のほうが、警戒することなんだろうかとも思うけど、俺はもう白月の家に行ったことがあるわけだし、いまさらって感じなのかもな。
「そうか」
それきり会話はなくなる。
会って数日、せいぜい、数週間程度の相手と、クラスメイトとはいえ、話すような内容もない。女子とのお喋りを得意としているような爽司なら、また話は違ったかもしれないけど、俺から白月に振ることのできるような話題もなく、あまり関係ないような話を器用に持ち出すような気遣いもできなかった。
事前に爽司に女子との会話の鉄板ネタでも聞いておけばよかったかと、これ以降のどんな場面で使うかもわからないことをぼんやりと考える。
まさか、爽司が日頃女子に軽く声をかけているように見えるのが、こういったときのためなんてことは、全然、考えてはいないけど。
とはいえ、そんなに待つようなこともなかった。
白月の家と、鳳凛高校の距離がそれほど離れていないことも関係しているんだろう。帰宅ルートの中で仕掛けることのできる時間、場所は、それほど多くない。
この時間だと帰宅部が多かったんだろう、生徒の波から離れ、俺と白月――まあ、少し離れたところから見ている爽司がいるけど、ほかの生徒はいなくなったくらいのところで、爽司からメッセージが届く。
いちいち確認する必要もなく、内容はわかっている。
「白月」
声だけかければ、白月も頷くだけで返してくれる。
そのまま、白月の家に真っ直ぐ、最短で向かうんじゃなく、適当に曲がったりしながら、本当に、俺たち――正確には白月だろうけど――の尾行をしているやつなのかどうかを確認する。
そうして、確認が取れたところで、もちろん、白月の家の近くなんてところじゃない場所で、立ち止まり。
「おい。用があるなら出てこいよ」
これでも出てこない場合、爽司がそいつに後ろから声をかけて確認する手筈になっているけど、そんな面倒を起こすことなく、気配の主が近くの曲がり角の向こう側から姿を見せる。
「確認は必要か?」
俺は白月を後ろに庇うように前に出る。
証拠が、ないわけじゃなかったから、問答無用で詰め寄ることもできたけど、できることなら、穏便に済ませたいからな。
「……なんのことだ」
案の定、とぼける相手に。
「ここまでつけてきておいて、なんのことだもなにもねえだろ。それとも、おまえの家がこのあたりにあるのか? あるいは、この周辺を目的にした観光客だとでも言い張るつもりか? ああ、つけてきているってことに関しては、証拠もあるし、いまさら、言い逃れしようとか考えても無駄だからな」
証拠? と訝しむ相手に、爽司が後ろから声をかけて。
「そうそう。こうして、おまえのさらに後ろから動画撮ってたのよ。これで、あいつら二人をつけてないっていうのは、ちょっと無理があるんじゃね?」
爽司に驚いた様子でその尾行していた男は、さっとその場から離れる。
その反応だけで、自白を取ったようなもんだ。いちいち、検証するまでもなく。
また、実際に爽司が動画として残していたかどうかもわからない。少なくとも、物的証拠があると脅せるだけでかまわなかったわけで、その引き出した反応だけでも十分と言える。
「まあ、まさか、初日で引っかかるとは思ってなかったけどな。俺としては少し残念でもある」
爽司が肩を竦める。
「もうすこし時間がかかれば、白月と一緒に下校する理由にもなったのにな。まあ、白月の安寧が一番だけど」
と、さすがにウィンクまではしなかったけど、口説いてるみたいな口調の爽司に白月は取り合わず、俺もそれを流して。
「爽司の戯言はおいておくとして、あんたはどうするんだ。大人しく認めて、白月に謝罪して、今後しないと誓ってくれるなら、俺たちとしてはそれでかまわないんだけど」
一応、警察には話すだろうけどな。
かまわないっていうのは、こっちで話がついているからってことで、ストーカー自体がなかったなんて言うつもりはない。
「ふっ。なにを言い出すのかと思えば。私はただ、野鳥の観察していただけで――」
「ほー。だったら、おっさん。あんたのスマホ、見せてくれねえ? さっき、白月と朔仁のこと、写真にでも撮っていたような動きをしてたよな?」
爽司に手を伸ばされると、男は、プライバシーがなんのと、スマホの中身を見せるようなことはせず、むしろ、頑なにポケットを握りしめる始末。
そんな態度だと、なにかあると言っているようなものだけど。
「そうか。まあ、俺たちはどっちでも良かったけどな、どうせ、警察にストーカー容疑で捕まって、事情聴取でも受けるんなら、当然、そのときにスマホの中身なんて確認されるだろうし」
爽司が肩を竦める。
「くっ」
観念したように、膝と手をついた男は、しかし、そのまま白月のほうへ突っ込んできて、その白月を後ろに庇った俺に思い切りタックルをかましてきた。
俺は、白月を庇いつつ半身になってそれを躱し、そのまま逃走するなんてことにもならないよう、すれ違いざまに、加減はしたけど、腹を蹴り上げた。
悶絶して、蹲る男に。
「なあ、おっさん。俺たちが高校生だからって、あんま、ふざけた態度とってんじゃねえぞ」
ついでに、まだ聞きたいこともあるから、気を失われても困る。
「あんた、他に仲間とかいたりする? いや、集団ストーカーなんてものがあるのかどうか、俺たちも詳しくないんだけど、これっきりにしてほしいからよ」