幼馴染として気がつく
◇ ◇ ◇
「そうか、朔仁。白月と付き合ってたのか。俺の知らない間に。そんなおまえに、白月に対して想いを高まらせて話す俺のことは、さぞ、滑稽に、道化に見えたことだろうな」
爽司がそんなことを言うとは思っていない。そんなに性格の悪いやつじゃない。
けど、結果として、今の状況を考えたなら、なにを言われても仕方ないとは思っている。
いままで、爽司と喧嘩をしたことがないわけじゃない。むしろ、他人を巻き込んだものも、巻き込まなかったことも、巻き込まれた場合だって、数えきれないくらいにしてきた。
さすがに、女関係でっていうのは初めてだけどな。
いや、まだ喧嘩したわけじゃない。いまさら、爽司と喧嘩することに腰が引けてるわけでもない。そもそも、喧嘩になると決まってるわけでもない。そういうことは早く言っとけよ、みたいに、多少諍う程度で終わる可能性もあるだろう。さすがに、なにもなく笑顔で、良かったな、とかって言われるとは思ってないけど。
ただなあ……って。
「――なんだ、透花か」
気配を感じて振り返り、伸ばされかけていた手を掴んでから、それが透花だったと気がついた。
さすがに、気配自体はわかっても、それが誰なのかまではわからないからな。師匠に話したら、修行不足だとかって言われるかもしれないけど。
「お、おはようございます、朔仁くん」
いくら透花とはいえ、驚いたらしい。若干、言葉がつまっていた。
「悪い」
俺は掴んでいた手を離す。さすがに、いくら幼馴染とはいえ、失礼が過ぎる。
「なにか用事だったか?」
「いえ。姿が見えたので声をかけようと。ですが、朔仁くんのほうは、悩み事でもあるのでしょうか? 誰かを待っていたようにも聞こえましたけれど」
普段より過敏だったからな。
「私でよければ、話を聞くくらいはできるかと思いますよ」
いつもなら、ありがたい申し出だろうけど、今回に関しては、透花に話せることはない。
「いや、大丈夫だ。これは、自分で考えることだから。心配してくれたのに、悪いな」
透花に関係がまったくないことでもないんだけど……いや、やっぱり、関係ないな。
「そうですか。もしかしたら、茉莉ちゃんのことかと思ったのですけれど」
そのまま学校へ向かおうとしていたんだけど、つい、足を止めて振り向いた。
これじゃあ、自白したようなものだ。まあ、自白しようがしまいが、そこまで察せられていたとか、当たりをつけられていたなら、あんまり変わりはないのかもしれないけど。
「……なんでそう思ったんだ?」
「最近の朔仁くんは茉莉ちゃんのことを気にかけている様子でしたから」
たしかに、告白されたとかって以前から、様子を気にしてはいたけど、それは、べつに、恋愛的な、そういうことじゃなくて、危なっかしいとか、目が離せないとか、個人的にはそういうつもりだったはずだけど。
「そんなにわかりやすかったか?」
「はい。ですが、それは、私だったからかもしれません」
ようは、幼馴染としてということだろう。
それはつまり。
「それは、もしかして、爽司も気づいていたりするのか?」
「どうでしょうか。ですが、私が気がつくくらいですから、爽司くんも気がついているのではないですか?」
そうなのか? 爽司が気がついていたら、言ってきそうなものだと思うけど、そんなこともないのか? とはいえ、透花よりも爽司のほうが、一緒にいる時間は長いからな。
けど、白月とのことだぞ? 爽司が気づいているとして、言ってこない理由はあるのか? あるいは、そこまで具体的じゃないってことか?
「茉莉ちゃんと爽司くんに関係していることなんですね」
この時点で、透花にはほとんどバレていたんだと思う。
とはいえ、あからさまではあっても、他人の気持ちを俺が勝手に代弁したりはできない……んだけど、ここじゃあ、しないと話が進まないんだよなあ。
まあ、いまさらか。
「……透花は爽司に告白しようとか、まだ、考えてもいないのか?」
透花と爽司が付き合ったなら、白月とのことを話しても問題ないだろうとか、そんな風に、打算だったり、逃げているつもりはない。
「え? えっと、それは、その……」
なんというか、善意で申し出てくれたのに、このまま、こっちの都合で透花のことをずっと思考に囚わせておくのも悪い。
「白月に告白されたんだ。それで、付き合うことにした」
だから、素直に話すことにした。
もちろん、登校中の生徒もまばらには見えるから、小声でだけど。
「そうなんですか」
「あんまり驚かないんだな」
さっきとは全然違う様子だな。
まあ、さっきのは透花自身のことで、今回は俺の話だからだろうけど。
「茉莉ちゃんの様子はわかりやすかったですから。いえ、朔仁くんが鈍いとは……自分のことはわかりにくいものですから」
「否定しきれてないぞ。まあ、俺も反論するつもりはないけど」
まさに、透花の言うとおりだから。白月がわかりやすいってことじゃなく、俺が鈍いとか、自分のことはわかりにくいとかって話のほうだけど。
「それより、白月がわかりやすい様子だったって、どういうことだ?」
俺は、告白されるまで、そういう雰囲気はまったくわかってなかったんだけど。
「どうと聞かれても、そのままですとしか……」
透花は困ったような顔を浮かべる。
それは、他人にとってわかりやすいのか、それとも、クラスメイト、あるいは、友人として察せられることなのか、あるいは、女子同士だからすぐに気がつくのか。
もしくは、それこそ、俺が鈍いと言われる理由なのか、俺が白月のことをそこまで見ていなかったって話なのか。
さすがに、誰でも簡単に、あからさまでわかるとかってことじゃないだろうけど。
まあ、この場合、他の誰かが重要なんじゃなく、爽司に関してだけど、この手のことに関して、爽司が気がついていいないとも思えない。
しかし、そうなると疑問はあるわけだが。
「それって、爽司も気がついていると思うか?」
俺のことに気がつくくらいだから、同じ、幼馴染である爽司のことにも気がついていたりするんじゃないのか?
むしろ、透花のほうが爽司のことをよく見ているはずだし。
「爽司くんは……気がついていても、きっと、朔仁くんに言ったりはしないと思います」
いや、滅茶苦茶言われてたけど。
なんなら、白月のことを好きだとか、そう考えると、宣戦布告でもないけど、牽制みたいなことまで言われた気がするけど。
いや、そうか。気がついていたとしたら、あれは牽制だったのか。
は? 牽制だ? 爽司が俺に対して?
「朔仁くん……?」
「悪い、いや、なんでもない」
まだ、爽司の考えがはっきりわかったわけじゃない。
透花の言ってることだから、多分、かなり近いことだろうとは思うけど、確信しているほどじゃない。
幼馴染とはいっても、爽司の恋愛だのに関しては、基本、スルーして、聞き流してたからな。
幼馴染ってことなら透花もそうだけど、爽司と透花、こういう案件でどっちに肩入れするかって言ったら、考えるまでもないだろう。
ともかく、そんな感じで、多分、爽司も同じようなもんだと思うんだよな。だから、俺が誰かと付き合うとかってことに関して、あれこれ口出ししてきたりはしないはず。まあ、朔仁も誰かと付き合ったりすればいいじゃん、みたいなことは何度も言われてきてるけど。
「なんでもないはないな。ここまで話をしておいて。けど、これは俺が確かめることだから。話聞いてくれてありがとな、透花」
「朔仁くんが良かったのなら、良かったです」
 




