話すのか、隠しとおすのか
「そして、この段階で、私のほうから七原くんに具体的に話をすることもありません。私自身は七原くんからなにも話をされていないのに、先んじて、こちらからお断りするというのは、おかしなことですし。一応、デートに誘われたとは言いましたが、結局、二人で遊びに行くということです。男女としての仲を発展させることを目的としたものではありませんから」
それも自分の判断基準次第なところはあるだろう。
たとえば、どこからがデートと呼ばれるようなものになるのかとか、どこからが浮気の範疇になってくるのかとか。
厳しすぎると、束縛が強いと窮屈な思いをさせるだろうし、緩すぎても、自分に興味関心がないのかと誤解させる可能性がある。
その辺の誤解をしないためには、結局、言葉を尽くすしかないわけだな。あとは、相手への信頼度とかにもよるのか?
「真田くんからは話し辛いということでしたら、私のほうから話しをしておきますけれど」
「なんの話だ?」
聞き返しつつ、白月の指していることはわかっていた。
「私が真田くんと付き合っているという話です」
俺は今でも、爽司の気持ちを、本当のところでは測り切れていないのかもしれない。
多分、爽司的には白月にも今は本気なんだろうが、実際に付き合ったら数か月程度でまた別れることになるかもしれない。
もちろん、そうはならないっていうこともあるだろう。
「白月的には爽司と出かけるのはデート――男女交際としてのデートだって認識してるのか?」
俺は、七原爽司という幼馴染の個人のことは信頼しているけど、爽司の女関係のことは、全く――ほとんど信用していない。
昔からモテるやつだから、そして、付き合う前も後も、それなりに良好な関係を築いているらしいところから考えるなら、女子側からの評価は良いんだろう。長続きしていないと考えるなら、そこそこよりは上程度で収まっているのかもしれないけど。
まあ、正直、付き合うとか、付き合った後の話とかは俺にはさっぱりわからないからおいておくとしても。
「だから、お断りしたのですが」
そうだろうな。普通に友達として誘われたのなら、とくに、断る理由もないだろうし。
この場合は、爽司の認識じゃなく、白月の認識としてって話だからな。
「ただ、一度誘って断られたくらいでは諦めないといったようなことも、言われましたが」
一度断られたくらいで諦めてたら、本気じゃないと思われるからとか、そういう話か?
「それは、爽司的には、男女交際としてのデートってことじゃなくて、ただ、友達と出かけるってだけの感覚だったって、本当にそれだけのことだったんじゃないのか?」
もちろん、俺は爽司じゃないから、爽司がなにを考えているのかなんて、本当のところはわからないけど。
「真田くん。それは、本気で言っているんですか?」
白月の目が若干細められる。
たしかに、俺は爽司とは幼馴染で、それなりには、お互いのことをよく知っているつもりだ。
だけど。
「……いままでの爽司だったら、そんなわけないだろうなと悩むことなく言えただろうな」
それは、今でもあんまり変わってないかもしれない。
「ただ、まあ、これもいつものことなんだけど、今回は本気だとも言ってたんだよな。だったら、俺も少しくらいは信じるものじゃないかとは思ってる」
そう答えると、白月は怒っているのか、それとも、つまらない……は少し違うと思うけど、複雑な顔を見せた。
「……なんだよ」
「友情に厚いところは美徳だということもあるのだと思いますが、彼女としては、素直に喜べないと言ったところでしょうか」
俺がよくわかってないみたいな顔をしていたからだろう。
「普通、好きな相手にほかの相手を好きになってかまわないと言われると、ショックを受けるものですよ」
「さっきも同じようなことを言われたな」
いや、俺が白月に言わせているのか。
「まあ、これは、私のことが好きなのかどうかわからない、あるいは、自信がないと言っていたような真田くんに承諾させたような私のほうに問題があることとも言えますから」
「そうじゃないだろ」
それを、いや、今回のことに限った話じゃないかもしれないけど、告白してきたほうに責任を全部被せるのは違うと思う。
告白された側だって、告白されたってことを真面目に考える必要があるだろう。
それも一目惚れとかじゃなく、真剣に悩んだのか、想ったのか、考えてくれたのか、そんな想いを伝えてきてくれた相手に対して。
それは誠実とは言えない。
「ですが、真田くんにとって、七原さんがそれだけ大切な友人だからこそ、それだけ悩んでいるということですよね。この場合、多分、私たちのどちらに問題があるということではないんだと思います。少なくとも、私たちの間では」
「そうなのか? やっぱり、俺が爽司に対して、はっきり、俺は白月茉莉と付き合っているから爽司と白月のことを応援することはできないって言えば済む話じゃないのか?」
それを言ったら、もう、応援するとかって話じゃないかもしれないけど、べつに、誰が誰を好きでいるってこと自体は悪いことでもなんでもないわけだし。
もちろん、硬い言葉を使うなら、結婚だとか、婚約だとかってことまでしていて、それをわかったうえでの浮気とか、不倫とかは違うけどな。きちんと訴訟とかもされるし。いや、訴訟されるかどうかってことが問題なわけじゃないけど。
「真田くんがそうしたいのならば、思うようにしたらいいのではありませんか?」
「それが簡単にできなかったから、どうしようかと思ってるんだよな」
正直、爽司に話そうってことなら、いくらでも機会はあったはずだ。
ほぼ毎日といっていいくらいには、道場で顔を合わせているわけだし、学校でも同じクラスなんだからな。
「話せないのであれば、隠しとおすしかないのでは? 私としては、知られたところで、どうにもならないと思いますが」
早く言っとけよな、とも、なんで言わないでいたんだ、とも、楽観的なものも、悲観的なものも、どっちの反応も想像できる。
むしろ、片方に絞り切れないのは、爽司の恋愛事情に突っ込んだことがないからだな。いや、他の誰かって話でも、恋愛的な話をしたことはない……透花のはそういうのじゃないし。
「個人的なことを言わせてもらうのであれば、誰が誰と付き合う、この場合は私と真田くんのことですが、そんなことは当人同士の勝手なので、誰がどう思おうとも知ったことではない、というところですが。もちろん、誰に言う必要もないと思っています」
そりゃあ、第三者とか、全然関係ない、顔も名前も知らないやつにはなんと言われようとどうでもいいかもしれないけど、爽司とは幼馴染なんだよな。
多分、高校生にもなって幼少期から付き合いがあるってだけでも十分過ぎるほどに貴重な相手だから、できれば、これからもそうありたいと思ってる。もちろん、爽司だけじゃなく、透花とも。
「ですが、これは結局、私の意見ですから。大事なのは、真田くんがどうしたいのかということなのでは? そして、それを決められるのも真田くんしかいません」
「……俺の勘っていうのもあれだけど、多分、隠しとおすのは無理だと思う」
俺も、ある程度は、爽司や透花に悩み事みたいな雰囲気があれば察するし。まあ、俺がそういう勘の悪いほうだっていうのは、そうかもしれないけど。
それはつまり、爽司のほうからも、俺のことはなんとなくわかるんじゃないのかってことだ。とくに、彼女だなんてことに関しては、爽司のほうが慣れてるだろうし。