自分から話すようなことでもない、だろう
爽司から話を聞いたときから、白月のことを好きになるつもりはなかった。
幼馴染で、親友といえる間柄で、貸しとか、借りとか、そんなことを考える必要もない相手で、言動に問題があるところもあるとはいえ、憎めないやつだってこともわかっている。
もちろん、爽司に遠慮する必要なんてものはなくて、そもそも、恋愛なんてものが自分本位なわけだしな。
それでも、爽司――あるいは、ほかの親しい相手であっても――から好きな相手ができたと告白されていた相手と付き合うことになっているというのは、ある意味、裏切りなのではないかとも考えがよぎる。
人間には相手の思考を読み取るなんて力は備わってないんだから、言葉にして話をしなければ伝わることはない。
ただ、白月は俺に告白したとか、付き合ったとかってことを周囲に話すつもりはないらしく――。
「――おーい、朔仁」
気がつけば、目の前で爽司が手を振っていた。
「なんだよ」
「なんだよ、じゃないだろ。朔仁がぼうっとしてんのは珍しいし、こっちのほうこそ、どうしたのかって聞きたいくらいだよ」
べつにぼうっとしてるつもりはない。
手が伸ばされたなら、瞬間、投げるとか、極めるとか、自己防衛をとることくらいはできる。
「ぼうっとしてなんてねえよ」
「いやいや。さっきから、おう、とか、そうだな、とか、返事が一辺倒なんだよ。だいたい、朔仁が言ってるのはあれだろ? 身体に染みついてるから不意打ちにも対処できるとか、そんな感じの話だろ?」
さすがは付き合いの長い幼馴染と言うべきか、爽司は俺のことをよくわかっていた。
「なんかあったのか?」
爽司から探りを入れられている、とは思わない。普通に心配されてる、とも思わないけど。
ただ、一度言い逃したことって、あらためて口にはしにくいんだよな。
「なんかってなんだよ」
少なくとも、事件とか事故に巻き込まれたとか、身内に不幸があったとか、そんな話はない。
そして、聞かれないなら、誰かと付き合ってるなんてことを、こっちから言いふらすようなこともしない。
「いーや、なんとなく。幼馴染の勘ってやつかな」
そう言われるとな。
俺だって、爽司とか、透花のことなんかは、なんとなく、雰囲気で察するとかってこともあるから、一概には否定できない。
ただ、あくまでも、勘程度のもので、はっきりとしたものじゃない。
いっそ、爽司に今付き合ってるやつがいるのかどうかと、聞いてやればよかったかもしれない。今、付き合ってる相手がいるなら、白月と俺が付き合っていようと、関係ないはずだから。
俺だって、爽司の付き合っている相手を毎回、全員、把握しているわけじゃない。そりゃあ、毎度(多分)爽司は付き合ったことをとかを報告してくるんだけど、そんなの、いちいち、全部覚えてなんていられないからな。聞いてはいても、聞き流していて、把握していないってことは十分にありえる。というより、今までだって、え? 今はそんな相手と付き合ってたのか? 前の彼女は? 別れた? しかも、すでに間に二人も挟んでる? みたいな状況があったわけで。
だって、基本的に、他人が、あるいは、それが爽司のことだったとしても、誰と付き合ったとか、興味もないからな。透花と付き合ったなら、祝福のひと言でもかけてやろうと、前々から思ってるけど。
まあ、そんなことを俺から聞くのは珍しいから、逆にこっちに探りを入れられるかもしれないし、べつに、黙ってるようなことでもないんだけど……。
「その勘はべつのやつに発揮してやれよ」
「親友って間柄なのは、朔仁くらいだからな。他のやつには発揮されねえよ」
そいつは光栄だな、とかって言えばいいのか?
けど、俺が言ってるのは、そういうことじゃない。
「まあ、いいか。それより、そろそろ、白月をデートにでも誘おうと思っててな」
危うく、お茶を吹き出すところだった。口に含んでたわけじゃないけど。
「そうか。それで、なんで報告なんてしてくるんだ?」
今まで、一緒にナンパでもしに行かないかって誘われたことはある。もちろん、全部断ってきたけど。
それでも、爽司個人のアプローチに関して、そんな報告をされたことはない。
「必要なかったか?」
必要っていうか……なんだ?
そのときの爽司の表情は、いつもより、気持ち、真剣さが増しているというか、俺のほうを推し測ろうとしているようにも感じられた。
道場での立ち合いのときとは、また、違ったものだったから、違和感があって気がついた程度のものだったけど。
白月とは、たしかに、付き合っているわけだけど、友達と遊びに行くこととか、白月個人の言動にそこまで干渉したいとか、そんなことは思ってない。俺が強制できることでもないし。べつに、束縛が強いと思われることを嫌ってとか、そんなことじゃなくて、白月には自然体のままで、自身の意思を溜め込んでほしくないからな。
「許可を求めるんなら、俺にじゃなくて、白月のほうにじゃないのか?」
デートに行くのは俺じゃない。
「もしかして、まだそこまでじゃなかったのか?」
爽司は小さく首を傾げる。
「まだとか、そこまでって、なんのことだ?」
「いや、なんでもない」
もしかしたら、爽司もそろそろ、白月に告白しようとしてるのかもしれない。俺からすれば、普通、告白してから、恋人になってから行くのがデートなんじゃないのかとは思ってるけど、爽司にとっては違うのかもしれないし。
それに、もし、爽司が本当に告白までするんなら、俺が今言うまでもなく、知ることになるわけだろ。
なんで今言わなかったんだ? みたいに問い詰められるかもしれないけど、そりゃあ、クラスメイトの大勢いる前でとか、門下生の見ているところでとか、公にして言うようなことじゃないだろう。そもそも、誰々と付き合っただの、ふられただの、そんなことが噂だとか、それ以上のレベルですぐさま触れ回る爽司のほうが異常なんだと思ってるし。
「俺は、白月は今まで会ってきた女の子の中でも、一番良い子だと思ってる」
爽司はどこか、なぜか、羨望を滲ませるような顔でいて。
「白月が、良い子……?」
良いやつであることは間違いない。
ただ、俺からしてみれば、白月茉莉は、もっと、そんな、良い子なんてことには収まらない、強いやつだと思ってる。
もちろん、ただ強いだけのやつでもないし、それは、良い子じゃないってことにもならないんだけど。
とはいえ、良い子だと断言するには、こう、抵抗があるっていうか。
そう思われるのが遺憾なら、もうすこし普段の態度とかをどうにかしてもらいたいところだけど、多分、白月自身は、俺が表面的になんと言おうと、本心ではあんまり気にしないだろうと思う。
実際、俺だって、そのままでいいとか伝えているし、それは嘘じゃないから。
まあ、本気で拒絶するような態度をとったらあれだけど、多分、俺のほうからそんなに白月を拒絶するようなことはないだろうし。
「朔仁。女の子のことを悪く言うのは良くないぜ。白月は良い子だろ。間違いない」
爽司は確信しているように言う。
どうだかな。自信満々に俺に告白してくるようなやつだぞ。いや、自分で言うのもあれだけど。
というか、やっぱり、一応――。
「うまくいって、朔仁にも彼女ができたら、ダブルデートとかもしてみようぜ」
爽司の今言っている告白と、俺に彼女ができた場合のダブルデートっていうのは、間違いなく、両立しないし、ありえない。いや、たとえば、爽司が透花(じゃなくて、他の誰かでも)と付き合って、その相手と一緒になって四人とかで遊びに行くなんてことなら、べつに反対したりはしないけど。
だから、返答に間が空いてしまった。




