モテても嬉しくない相手
白月は、関心自体はなさそうだが、周囲から自分がどう思われているのか、どう見られているのかということ自体は、理解しているやつだった。
ただ、その周囲っていうのは、知人とか、同級生とかなんて範囲には留まらず、たとえば、道ですれ違う人、みたいな感覚での話だったけど。
俺がそう思うようになったのは、白月と一緒に帰ってからそう経たないうちのことだった。
帰りのホームルームを終え、学校を出た辺りから視線を感じる。視線というより、気配って言ったほうが近いかもしれないけど。
もちろん、一回だけとか、そういうことだったら、俺に向けられていることは確かでも、俺の近くにいる誰かにってこともあるだろうとは考えた。実際、爽司や透花とは、家も近いし、帰る方向も一緒だ。
まあ、透花はバスケ部に入っているから、放課後は練習があって、俺たちと一緒に帰るのは一週間に一日とか、そんな程度だったけど。
「朔仁。最近、モテモテじゃん。ようやく親友にも春が来たのかと思うと、俺は嬉しいよ」
爽司が面白がっていることを隠そうともせず、肩を組んでくる。
いや、俺じゃなくて、爽司が狙いだって可能性もあるだろ。むしろ、相手如何によっては、俺より可能性があるだろ。俺の心当たりはそんなにないから。
俺はそれを適当に払いつつ。
「本当に嬉しいと思っているなら、代わってくれ。つうか、爽司のほうがストーカーとか、そういうのは慣れてるだろ」
白月とは違う意味で。
俺は昔から、爽司はいつか刺されるんじゃないかと心配している。もちろん、早まったことをして警察の厄介になるような歴を持つことになってしまうような相手のことをだ。爽司に関しては自業自得だ。
「だいたい、男にモテても嬉しくなんてないからな」
相手が隠れているつもりなのは間違いないだろう。
ただ、気配を察知するとか、視線を感じるなんていうのは、うちの道場でも鍛錬することだからな。もちろん、どこの道場でも同じような鍛錬をするのかとか、そういうことはわからないが。
見えない動きを察知するっていうのは、一対一よりは、多対一の場面でより有効に働くことの多い技術だ。もちろん、一対一でも使えることは間違いねえけど、例えば、囲まれたとすると、どうしても頭の後ろは死角になって見えないから、そういうところから……まあ、そんな話はどうでもいい。
「そりゃあそうだな。つうか、朔仁も女の子にモテたいとか、そういうことを考えてはいたんだな。将来は、道着とか、巻わらとか、畳とでも結婚するんじゃないかと心配してたんだぜ」
「そんなわけねえだろ」
女子にモテたいとか考えたこともないし、そんな結婚生活を送るつもりもない。
いや、一度も人を好きになったことがないとか、そういうことじゃないとは思うが……たとえば、小学生だったころ、道場に通ってきていた年上の女子とかに、格好良いとか、憧れとか、尊敬とか、そういった感情をまったく抱いたこともなかったかと言われると、嘘になる。
「それで? なんか心当たりとかあるのか?」
性格はナンパで調子よく、透花の気持ちをスルーするようなやつで、女子からは人気があり、敵視もされているという、よくわからないやつだが、こうして、自分には関係ないことでも親友の悩みを放っておかないとあからさまに示してくるような爽司の態度は、たしかに、格好良く映ることもあるのかもしれないと、少し考えたりもする。
まあ、もうすこし、女子に対しても誠実になればいいのにと思わないことがないわけじゃないが、そういう爽司のことが受け入れられているなら、俺の口出しするようなことじゃねえ。透花の心配はあるが。
「……ないとは言わないけどな。ただ、ストーカーまでされるほどか? とは思ってる」
するなら、俺のほうじゃなく、白月のほうじゃねえかな。
ナンパするようなやつが、敵を知り、なんて考えるとも思わねえし。
「ふぅん。じゃあ、その、朔仁の嬉し恥ずかし体験談を聞かせてもらおうじゃん」
「べつに、嬉しいことも、恥ずかしいこともねえから」
ただ、女関連の揉め事に関しては、爽司のほうが詳しいだろうとは思ってるけど。
「――ふぅん。じゃあ、もう一度、白月のことを送って行けばはっきりするんじゃねえの? そんときは、俺もつき合ってやるから」
話を聞き終えて、爽司はそんな提案を口にした。
「なんでそうなるんだ?」
「だからな。白月と朔仁が一緒に帰るだろ? それをそのストーカー野郎が尾行する。そのストーカー野郎を俺が尾行すれば、証拠になるじゃん」
なるほど?
「話はわかるけど、それって、爽司はべつにいなくても良いんじゃねえのか?」
さらに尾行する必要とか、あるのか?
白月を送り届けた時点で、視線が途切れてねえようなら、俺がそいつのところに行って、直接問い詰めればいいことじゃねえか?
「いや、確実な証拠があるほうがいいだろ。たとえば、動画に撮っておくとかな。そうすれば、言い逃れもできないだろ」
「……そうだな」
それは、俺一人でも大した問題があるとも思えないし、爽司の時間が無駄になるだけじゃないかとも思ったけど、本人が提案してきていることだし、べつにかまわないかもな。
「それに、こうして事件解決したら、白月とも近づく口実になるだろ」
俺が戸惑っている様子だったことを察したのかどうか、爽司が付け足してきた理由は、実に、爽司らしいと言えるような理由で。
女子と関われるような事態だし、嘴突っ込んでおくか、みたいな程度だろうとはいえ。
あるいは、そう言っておかないと、遠慮されるかもしれないと考えたうえでの、爽司なりの気づかいかもしれないけど。
まあ、誰に迷惑かかるどころか、こっちとしては、証拠がとれるっていうなら、願ったりな話ではあるし。
「……一応、白月には話しておけよ」
「あたりまえだろ。後でいきなり、証拠のためとはいえ、動画撮ってましたなんて聞かされたら、気味悪がられるだろ」
それはそのとおりだろうな。
本当は、同性である透花に頼んだほうが、白月のためにもいいかもしれないけど、逆恨みされたりするリスクを考えたら、とても巻き込めないしな。
もちろん、透花には部活があるからって理由もあるし。
「でも、今日も現れるかどうかはわからねえぞ」
「いや、朔仁。毎日現れねえようなストーカーはストーカーじゃねえよ。それに、いなかったらいなかったほうがいいじゃん」
それはそうだが。
「日付を空けてとか」
「いいね。そっちのほうが長く白月と下校できる言い訳になるな」
どこまでも前向きなやつだった。実際、ストーカーかもしれないやつの行動、思考まで気にしだしたら、きりがないことは事実。こっちは受けに回るしかないんだから、多少、攻め気があるくらいがちょうどいいのかもな。いつまでも構っていたくもないし、早くに収束できるなら、それに越したこともない。もちろん、白月の精神とかを考えても。
一応、俺からも白月には話しておくか、と今日の下校時にストーカーの証拠を掴むために爽司も付き合ってくれることになったと、メッセージを送っておく。同じクラス、いや、もっと言えば、前後の席なのに直接話したりしないのは、もちろん、白月の周囲に今回のことで面倒な噂だとか、そういったものが流されないようにするためだ。
白月からは、わかりました、とだけ、短く返信があった。
本当は、学校側に話すべき案件かもしれないけど、白月も事を大きくしたいとは考えてないみたいだし。