それが恋愛なのでは?
翌日も、宣言どおり、白月はやってきた。
「昨日より早くないか?」
いや、俺は起きてたけど。なんなら、母さんも。
「はい。こうして、お弁当のほかに、朝食の分も作って持ってきました。初めてのことでしたし、どれくらいの時間がかかるのかわからなかったので」
たしかに、白月は学校指定の鞄のほかに、袋を二つ下げてきているけど。
「大変だろ」
朝から二食分も用意して、うちまで来て、食べずにそのまま走り込みだ。
さらに、運動着と制服、両方ともを持ってくる必要もあり、荷物とか、毎日の洗濯の手間なんかも増える。
「大変ではないとは言いませんが、高校生や中学生の子供のいる多くの家庭でこなされていることではありませんか?」
それはそのとおりかもしれないけどよ。
いや、俺に、本当にその大変さがわかってるのかって聞かれると、わかってないんだろうけど。
「そういう問題か?」
「心配してくださるのは嬉しいですが、私はまったく気にしていないので。そもそも、つい最近までは、それが普通の生活をしていましたから」
白月の両親――今の両親は再婚だ。いや、再婚だった、というのが正しいのか。
先日、白月の叔父が問題を起こして、茉莉が被害者になりかけた、あるいは、なっていたと言ってもいいかもしれないけど、とにかく、逮捕されたんで、しかも、事がことだったため、なんでも、留置場でだか、離婚が成立したとか、しないとか。
それで、その再婚相手と一緒に生活していたころは、忙しい母親の代わりに食事を含めた家事をこなしていたということで、朝早起きして食事を数人分用意することには、なにも抵抗を抱いてはいないらしい。
「それに、好きな相手になにかをしようと思うことを、大変だと思うようなことはあるでしょうか?」
じゃあ、一億円くれ、なんて小学生みたいな馬鹿な返しをしたりはしない。
というか、白月なら、
「では、身近なところで一億円を稼ぐところを見つけましょう。お急ぎのようでしたら、銀行でしょうか。もっとも、成功する確率は低そうですから、まだ、宝くじを買ったほうが良さそうですね」
なんて返してきそうだ。
「さあな。そこまで他人を、恋愛って意味で好きになったことはないから、俺にはわからん」
「私のことを好きになれば、すぐにわかることではありませんか?」
すでに、面倒なことを言われてる気がするんだが。
「だいたい、それは、人に言われて好きになるようなものじゃないだろ」
「そうでしょうか? 毎日、好きだと言ってくる相手に好感を持たないでいるほうが難しいのでは? もちろん、言動が行き過ぎているとか、ストーカー気味になったりまですると危ないかもしれませんが、私はストーカーをされることはあっても、することも、したこともありませんから」
微妙に返し辛い言葉を混ぜてくるは止めろよ。
「それに、真田くんが私の告白を受けてくれないのは、そういう風に私を見たことがないからということでしたから、そうやって意識させるようにしていくことも重要かと思いまして」
「いや、受けるとか、受けないとか……」
爽司の好きになったっていう相手なんだぞ。
幼馴染のことは応援するだろうが。そして、その当の相手からの告白なんて、答えに窮して当然だろうが。
「それとも、真田くんにとって私は、どうしてもそういう対象としては見ることができないほどでしょうか?」
白月が言っているのは、白月自身の外見に関してのことだろう。
俺だって、もちろん、白月がちょっといないくらいには美少女だっていうことはわかっている。それから、告白されたことに対して、いつまでも返事をしないでいることが、どれほど最低なのかってことも。
受けるにしても、受けないにしても、誠実に対応するべきだってことはわかっているんだが。
「いや、そんなことはない。はっきり言えば、俺は白月に対して、大分、好印象とか、感謝とか、そういったものを覚えてもいる」
ただ、それが恋愛的な感情なのかどうかがわかってないだけだ。
今までに、まともに経験がないからだろうけど、それも言い訳だってことはわかっている。
けど、そんな中途半端な気持ちで受けたりはできないだろ?
「べつに、今好きでいてくれなくてもかまいませんよ。これから好きになってくれる予定なので」
「俺の予定を勝手に立てるなよ」
白月は楽しそうに笑う。まるで、その過程も楽しいのだとでも言わんばかりの様子だけど。
「予定は埋めるものですから。それに、私から動かないと、真田くんのほうからはなかなか動いてくれそうにありませんから」
「というか、今好きでなくてもかまわないとか、これから好きになってくれればとかって言うけど、今、自分を好きではない相手と付き合って、それで白月は満足なのか?」
俺が言うことじゃないってことは十分に承知だけど、それは、悪いやつに騙されてるんじゃないのか?
「もちろん、恋愛において、ずっと好きでいるだけ、相手が自分を見てくれなくても、いつまでもそんな状態でかまわない、と言えるようなことはまれでしょう。よほど、博愛だとかの精神に満ちている人は別かもしれませんが、そういう人は、そもそも、恋愛をしたりはしないでしょうし」
白月は一度言葉を切って、わずかに腰を折り、首を傾けて俺を見上げるようにするので、俺は少しだけ身体を反らせる。
「ですが、真田くんはそうではないと思っていますから。きっと、どちらにしても誠実に答えを出してくれるはずです。そして、そのどちらにしてもということを、自身のほうへ向けようとすることが、恋愛なのではありませんか? まさか、その時間を無駄だと言うつもりではありませんよね?」
それは、まあ、言えないけど。
「なので、今まで私のことをそういう風には思っていなかったとしても、これから先は、すくなくとも、そういう風に意識はしてくれるはずですから、それでも十分、もちろん、今後何年もその状態だというのだと、少し困りますけど」
「いや、何年もそんな状態なら、それはもはや付き合ってるだろ」
少なくとも周囲はそう思うだろう。それが、外堀を埋めるとか、そういうことなんじゃないのか?
「真田くんがそれを言うんですか?」
「たしかに、俺の言えたことじゃないかもしれないけどよ」
今まさに、告白の答えを先延ばしにしてるやつにはな。
「とにかく、こうしていても、遅くなってしまいますから。好きな相手と二人きりでランニングというのも楽しいものですよ。どうですか、真田くんも」
「それは、自分を好きになったほうが一緒に走り込みをするこの時間をより楽しいと思えるようになるとかって言いたいのか?」
実際、いつまでも止まったままに問答してばかりだと、遅刻するからな。
「真田くんはそうは思いませんか?」
「走力だとか、持久力だとかってものを鍛えることが目的であって、好きな相手と楽しく過ごすことが目的じゃないからな」
すこし冷たく聞こえるかもしれないけど、俺にとっての走り込みの意義はそんなところだ。
少なくとも、鍛練としての走り込みについては。デートで一緒にランニングする、みたいなことを言っているとかってことだと、判断はできないけど。
「それは、両立できないことでしょうか?」
「両立?」
考えたこともないな。あたりまえだけど。
「好きこそものの上手なれって考え方自体は理解してる」
今回のことは別物だと思ってるけど。
「どうせ好きになって、付き合うことになるのなら、早く始めてもかまわないとは思いませんか?」




