気まずさなんて感じるはずもない
俺は経験がないから推測でしかないけど、白月のあの告白の仕方からして、催促してくる、なんてことはないだろう。
ただ、それは、いつまでも答えを引き延ばす言い訳にはならない。
なら、白月からの告白のことを、爽司には黙っていればいいんじゃないのか? 実際、告白されたってだけで、俺も、付き合うことを了承したわけじゃないし、白月の答えも、好きにさせてみせる、とまあ、自信に満ちているように感じられるものだったけど、俺自身の気持ちが中途半端なままじゃあ、むしろそんな状態で受けることこそ、不誠実だと思う。
爽司の女性遍歴は急すぎると常々思ってはいたけど、なんで、今回に限って、慎重になってんだよ。それが、本気だからってことの意味なのか?
いや、問題はそこじゃねえ。それは、本来、改善していて然るべきところだ。
白月は、俺が告白を断ったにもかかわらず、なんで、諦めないどころか、宣戦布告までしてくるんだよ。
俺だって、本心で白月のことを嫌っているわけじゃないし、むしろ、好感は持っている。それを見透かされてるとかってことなのか?
「真田くん」
突然、そんな風に呼びかけられて驚いた。
不注意だったかと、即座に構えて周囲を見回す体勢をとれば、ジャージ姿の白月がいて。
「おはようございます」
「ああ、おはよう――じゃねえよ。なんでこんなところにいるんだよ」
早朝も早朝。新聞配達員ですら、まだ仕事を始めているかどうか怪しいくらいの時間だぞ。
「見てわかりませんか?」
「……ランニングかなにかか?」
俺も似たような格好で、今まさに走り込みの最中だから、最初にそれが思い浮かんだ。
町内清掃、にしては、軍手はしていないし、袋を持っているわけでもない。
白月の家じゃあ、ペットの類は飼っていない。散歩という線はない。
ラジオ体操でもするつもりだったとしても、こんなところまで出てくる必要はなく、家の近く、なんなら、室内でもできるくらいだ。
「ええ」
白月はあっさりと認め。
「真田くんがこのあたりを走り込みのコースにしていることは知っていましたから。待ち伏せをさせてもらいました」
「いや、なんでだよ」
待ち伏せなんてしなくても、一緒に走ろうとかって誘うメッセージの一つでもくれたなら、断ったりしないんだけどな。
「もちろん、真田くんと一緒にいたいと考えたからですが。それ以外にどう見えますか?」
それがなにか? とけろりとしている。
それはもちろん、本来、告白をされただの、断っただのに、気まずさなんてものを感じる必要はないわけだけど。
「朝から私に会えて得をしましたよね?」
むしろ、急かされてる感じで、焦るまであるんだが。
いや、俺が、きちんと答えていないのは事実で、加えて、一緒に走る相手がいるのも、競争意識ってことまで考えると、悪くはない。それに、男なら、美人とランニングするっていうこと自体には、プラスの思考を持つものだろう。もちろん、俺だって、そういう気持ちは持ってないわけはない。
少し前、具体的には、告白される前の俺なら、もろ手を挙げて喜んだ――すくなくとも、歓迎したものだろうけど。
だけど、俺がなにかを返事する前に。
「私も、真田くんのトレーニングを邪魔しにきたわけではありません。私のことは気にしないでくださいね」
おまえ、直前に、気にさせるために来たとか言ってたじゃねえか。それは、精神的には、俺の邪魔をしに来てることだとは考えなかったのか?
走り込みは健康に良いとか、いざってときに、不審者から逃げるのにも役に立つとか、そんな風に考えて勧めた手前もある。
白月が、いつ、どこへ向かうと決めて走り込みをしていても、俺にはそれに対してどうこう言うことはできない。人として当然の権利とか、それ以前の問題だからな。
たとえ、告白された側と、断った側だとしても。
「白月。気まずいとか、そんな風には考えなかったのか?」
普通、告白を断られた翌日に、そいつの目の前になんて、堂々と立てるものじゃないんじゃないのか?
もちろん、それは、告白を断った――フった側が言うべき言葉じゃないってことはわかってるし、どの口が言うんだって話なのは百も承知だけど。
「なんで、私が気まずさを感じなくてはならないんですか? むしろ、気まずさだろうとなんだろうと、真田くんが私のことを意識してくれるなら、それで十分、目的は達成されるのですけど」
そりゃあ、たしかに、意識はする。
けど、それは、より、断ったっていう意識を強く認識させる結果になるだけなんじゃないのか?
白月の考えはわからないけど、すくなくとも、告白という行為に関しては、俺以上の経験のあるやつだ。そこに、するとされるの違いがあろうとも。
だから、これもなんらかの意図をもってやっているだろうことは明白なんだが。
それにしても、強すぎないか?
「それに、真田くんとご一緒できるというのは、たとえ、体力の差から置き去りにされることが明白だったとしても、楽しみにするには十分な理由ですから」
「……言っとくけど、そんな風に言われたからって、俺が手心を加えたりすることはないからな?」
女子と一緒に走ることを目的としているんじゃなくて、体力づくりの一環としてやっているわけだから。
「手心なんて、望んでいるはずないじゃないですか」
白月は当然のように笑う。
「むしろ、そう思われることこそ、私への侮辱だと思うんですけど」
「それは、悪い」
たしかに、言われてみれば、白月を侮ったことは事実だった。それと、俺が大分自意識過剰だったってことも。いや、後者に関しては、完全に間違いとも言えないわけだけど。
「それに、一晩寝て冷静になったところで、私からの告白を断ったことを後悔されているということもあるのではないかとも思いましたから」
こいつ、マジで強いな。なんだよ、メンタル鋼かよ。
「そもそも、一度しか告白できないと決まっているわけではありませんし、元より、長期戦の構えですから」
「……それはストーカーとかってことじゃないのか?」
やっていること自体は。まあ、こうして堂々と俺の前にその姿をさらして、目的を告げてくることが、ストーカーと認識されるのかって話はあるだろう。
べつに、俺に危害を加えようとしているわけでもないしな。精神的ダメージは、俺が勝手に受けているだけだし、たとえば、警察に話に行ったとして、自慢話を聞かされるためにここに詰めているわけじゃないとか、そんな暇じゃないとかって言われるのがおちだ。
警察じゃなく、たとえば、クラスメイトとかに話したとしても、周りから固める下地を作る協力をしているようなものだ。
「真田くんは、私と一緒にというのは、お嫌でしたか?」
「嫌、とは言わないけどよ……」
まさかとは思うけど、道場に入門までしてくるつもりじゃないだろうな?
いや、それは、前に勧誘して断られているし、そもそも、白月――だろうと、誰だろうと――が武術に興味を持って、自分でも学びたいと思ってくれるなら、歓迎したいところだし。
「嫌ではないのなら、ストーカーではありませんよね。クラスメイトの美少女と一緒に早朝にランニングをするなんて、むしろ、青春で、ストーカーとは真逆と言ってもいいような性質のことですし」
「自分で言うんじゃなければな」
まあ、白月はこういうやつだから、いまさら、そこにまともに突っ込んだりはしないけど。
「とにかく、早く行きましょう。私としては、真田くんと二人きりでいられる時間は貴重だと思っていますが、のんびりしてもいられませんから」
まあ、今日も学校は普通にあるからな。




