自由競争とはいえ
せめて、白月が告白してきたとき、その場で返事ができていたら、なんてことを考えても、いまさらだった。
今でも、答えられるかと聞かれれば即答はできないことに、あの時点でまともに返事をすることは不可能だっただろう。
白月に対して、感謝しているとか、危なっかしいやつだから目が離せないとか、見た目は美人だとか、思うところはいろいろあるけど、それはそれとして、今のところ、恋人として、あるいは、それ以上としてどうこう、なんてところにまでは考えが及ばない。
実際、性格は……いい性格をしているやつだとは思うけど、正直、今までの、この二か月くらいの付き合いで、付き合うなんてことの判断は、少なくとも、俺にはできない。
その点、数日とかでも彼女を作ったり、別れたりする爽司のことを、尊敬することはないけど、今だけは、そのメンタルが羨ましいと思ったりもする。
そして、好きにさせてみせるとまで言い切った白月に、諦めさせるのは難しいだろうし、そもそも、そんな逃げの選択肢は不誠実だし、取りたくない。
それなら、まだ、爽司の気持ちのほうを透花に向けさせようってほうが良いのかもしれないけど、ナンパでふざけたやつでも、その当人を想っているときには、一途で真面目なやつだってことも知ってるから、爽司に諦めろなんて言えない。そもそも、どの口で言うんだって話だし。
俺は白月のことを恋愛感情的に好きかどうかはわからないけど、白月からそういう意味で告白されたから、おまえは諦めてくれ、とでも言うのか? さすがにそこまで面の皮は厚いつもりはない。
まじで、なんで、二人してほとんど同時に言ってくるんだよ。多少、タイミングがずれてれば、先に決められてた……いや、そんなことはないな。
爽司が白月のことを気にしていたのは随分前からだったし、まあ、最初は噂程度のことで、いつものうちの一人みたいな話だろうと思ってたわけだけど。
白月にしたって、あんなことがあって、それでも、まだ、男に自分から告白しようと思うものなのか? そりゃあ、一切関りを断とうなんてしないでくれたってことは、嬉しいことだけど。
というか、他人に求める外からの解決策だけじゃあ、俺の今の頭の中のことに対する決着にはなりえないわけだし。
「……けど、爽司も爽司で、らしくなかったんだよな」
あくまで、幼馴染として、俺の感覚ではって話だけど。
今回に限っては、なんで、俺に先に話をしようとしたのか。まさか、高校生になったからってわけじゃないだろう。高校に入ってからってことでも、爽司が先輩と付き合っていた時期はあったわけだし。短かったけどな、マジで。
あくまでも、勘だけど、なんか、巻き込まれてる感じがするんだよなあ。いや、爽司が誰かにってことじゃなく、俺のことだけど。
直接、問いただしてみるか? いや、それだと、俺がなにか秘密を抱えていることが明るみになる可能性がある。俺が爽司について知っているのと同じように、爽司からしたって、俺が幼馴染で付き合いの長いやつだってことは変わらないわけだから。
だいたい、幼馴染とか、友人とか関係なく、そいつが好きだって言っているやつから告白されたんだけど、なんて話、聞きたくないだろ? 寝取り報告みたいなのとは違う(そもそも、まだ本人に告白してないわけだから)だろうけど、俺のほうが先に好きだって言っていたのに、みたいなことで拗れる可能性はある。
高校生にもなってとは言うけど、所詮、俺たちだって、まだ高校生でしかないわけで。
一人で考えていても俺の中にある引き出し以上の答えはないわけだけど、こんなことを相談できそうなやつに心当たりはない。
そもそも、白月はともかく、俺が爽司のことを相談できると思ってるのは透花だけなんだけど、気になる人なんて話題を持って行きたくはないんだよな。
早くくっつけばいいとは思ってるけど、急かしてまで、周りで囃し立てたいとは思ってないわけで。周りで騒いでいるほうが逆に、なんて話もよく聞く。
それに、今の状況で焚きつけたりするのは、俺の状態を解決するために利用しているようで、気分も良くない、いや、はっきり、悪いし。
爽司と透花が付き合ったから、それじゃあ、遠慮することなく、白月の告白を受ける、なんて、ゴミクズくそ野郎と呼ぶのだって憚られるくらいの超愚行だろ? 俺じゃなくても、そんなやつ、ぶっ飛ばされても文句は言えないだろ?
白月が爽司の告白を受けたら、なんてことも考えられない。
そんなことを言おうものなら、
「私が真田くんに告白したことをお忘れですか? ひどい侮辱ですね」
そのくらい言われても、仕方がない。
仮に、あれを告白とするなら、だけど、白月本人はどうやらそのつもりみたいだし。
そんな馬鹿な真似を晒して、告白を撤回させるように仕向ける、なんていうことも、同様に、子供じみてるしな。誠実でもない。
「いつもだったら、関係者一同、顔を突き合わせて、腹割って話すってのが、一番手っ取り早くて済むんだけどな……」
今回は、そうも言えない。
おそらく、透花の気持ちは察していて、直接的には聞いてないけど、俺に告白してきた白月と、その白月が気になると言っていた爽司と、その爽司のことを昔から好きでいて、けど、それを伝えたことはない(はずの)透花。
個々人の気持ちとか、感情とかを無視するなら、それらをまとめたことを、共用の通信アプリのチャットにでも投げとけばいいんだけど、さすがにそれは非人道的すぎるし、下手すれば、一気にギスって終いだ。
絆を試すとか、そんな大上段からの物言い、何様だって話だし。
「朔仁。考えごとか?」
「爽司」
声をかけられて振り返れば、いつの間にやら時間になっていたようで、道場にも、弟子連中が集まり始めていた。
言うまでもなく、バスケ部の透花はもちろん、門下生じゃない白月の姿もここにはない。
「べつに、そんなんじゃねえよ」
当人に話せるはずないだろうが。
俺だって白月に対する返答を決めかねてるっていうのに、それを爽司に伝えられるはずもない。
恋愛相談なんて柄じゃないし、そもそも、持ちかけた時点で、爽司には確実にばれる。
「道場で、道着に着替えてるのに、気の抜けてる朔仁なんて珍しいけど、そんな朔仁とやって勝っても、なんにも嬉しくないからな」
「べつに、気を抜いてるつもりはねえよ」
武術の修行中に集中しないでいるなんて、まじで、下手すれば、命にかかわるからな。
それに、まだ、始まってないんだから、べつに上の空でもかまわないだろ。稽古が始まって、声掛かれば、意識は切り替わるから。
爽司が俺の肩に手をおき。
「朔仁。俺はあんなこと言ったけど、基本的に、自由競争なんだから、俺のことなんてまったく気にする必要はないからな」
「いや、べつに、爽司たちのことを気にしてるわけじゃ……」
自分で言っておきながら、ひどいもんだ。それが集中力散漫の原因であることは、十分に理解している。
今この調子なら、今度、登校して四人で顔をあわせたときには、もうすこし穏やかに……なるかどうかは、やっぱり、俺次第なんじゃないのか? しかも、それは遠い未来の話とかじゃなく、ほんのすぐ先には、ほぼ確実に、起こりうる未来なわけで。
しかし、とにもかくにも、今は道場で武術の修行中。俺は意識を目の前の相手に切り替える。
この前白月には、投げられたり、投げたりして吹っ切れば、みたいなことを、実践までしたわけだけど、似たようなものだ。
 




