どうせ、顔は合わせることになる
七原爽司は俺の幼馴染であり、気のおけない友人だ。
同じ道場で修行する好敵手であり、性格はナンパなやつだが、少なくとも、稽古中は真面目に取り組むやつでもある。
その爽司に好きなやつができたらしいけど、それ自体に驚きはない。昔から、誰それと付き合って、別れて、また付き合って、なんてことを繰り返しているやつだ。いまさら、誰を好きになろうと、勝手にしてくれと思う。
まあ、その相手が、これもまた幼馴染の橘透花であれば、ようやく収まるところに収まったかと、二人との付き合いも十数年になる俺からすれば、むしろ、安心できるところでもある。
だが、どうやら、爽司本人によれば、今回マジで好きになったのは、同じクラスの白月茉莉らしい。
まあ、その、今回はマジだって台詞もよく聞くから、いつものことなのかとは思うけど。
その白月茉莉は、顔見知りになったことこそ、高校に入学して同じクラスになってからのことだけど、噂くらいは、この町に住んでいる学生なら――それも俺たちと同年代程度であれば、なおさら――誰でも知っていると言えるレベルでの、有名人だ。
スポーツだとか、芸術で優秀な成績を修めているなんてことじゃなく、まあ、成績は頭いくつか抜けるくらいには優秀なやつだけど、そんなことじゃなく、その外見によってだ。
この国ではほとんど見ることのない、天然の白い髪を腰のあたりまで綺麗に伸ばし、瞳の色も真っ赤。おまけに、というか、おまけではなく、顔だちも恐ろしく整っていて、女子の平均より若干高い身長と、まあ、その、なんだ、プロポーション的なことでも、メリハリのついた、魅力的なっていうか、そんな感じで、簡単に言うなら、ちょっと見かけないくらいには美少女ってやつだ。
その白月茉莉に告白された。
罪の告白とか、そういうことじゃなく、いや、恋だの愛だのを纏めて色欲と呼んで、それが罪だって言うなら、告解と呼べなくもないかもしれないけど……言葉の定義はともかくとして、だ。
白月からされたのは、おそらく、男女の恋愛的な意味での告白なんだろう、と思う、多分。
こんなに疑問が連なるのは、それが、俺の中でうまく繋がっていないからだろう。
俺は、恋愛の経験なんて碌にないから、どうしたら、恋だの、愛だのって気持ちにまでなるのか、はっきりとはわかってない。子供だと言われればそうだろうし、それを否定できたりはしない。
少なくとも、俺からしてみれば、そんな風に白月に思われるようなことをしているつもりはない。
たしかに、成り行き上っていうか、何度か、問題にぶつかったりはしたし、勉強を教えてもらったり、ちょっとした護身術の手ほどきをしたり、悪漢との間に入ったこともある。
けど、それが、恋愛感情ってものに繋がるのかと言われたら、首を捻るところだろう。
だって、俺がやったのは、白月の目の前で人をぶっ飛ばしたところなんだぜ? それも、そこには、肉親とは言わずとも、親族? まで含まれている。まあ、その親族――白月の叔父、今は逮捕されてるけど――ってやつが、白月に手を出そうっていうくそ野郎だったからなんだけど。
とはいえ、親族に暴力を振るったことは事実なわけで。
まあ、その後も、白月に対して行われたいじめ、あるいは、嫌がらせを咎めたりはしたけど。
そんな風に関わってきて、俺自身、白月に対して親しみを覚えていないわけじゃない。
「どうしたもんかな……」
多分、他人から見れば、贅沢なことに悩んでると思われても仕方のないことなんだろう。
それでも、幼馴染であり、親友であるやつが、曲がりなりにも、好きだと言っていた相手からの告白を、こんな曖昧な気持ちのまま受けて良いのかと思うところはある。
じゃあ、断ればいいんじゃないのかってことになるんだろうが、親友――爽司が好きだって言ってる奴からの告白を中途半端な気持ちで受けることはできない、なんて断り方、できるはずがないだろ? それは、さすがに、白月の気持ちに対して、不誠実が過ぎる。
そんなことで、白月の告白に対して、返事を即座にできず、ついでに、翌日――つまり、今日の登校時間も、普段よりも若干遅めになってしまった。
「おはようございます、朔仁くん」
通学途中に声をかけられて、そちらを振り向けば、透花と丁度登校時間が重なっていたらしい。
「ああ。おはよう、透花」
俺と爽司と透花は、基本的には、鳳凛高校に通っている生徒って枠組みで考えるなら、近所に住んでいる関係だから、通学時間やらが被ったところで不思議はない。
まあ、よりによって、今日かっていうのは、思わないでもないけど。
もちろん、俺の都合だから、そんな気持ちを透花に晒すことはない。
「朔仁くんは、今日は少し登校時間が遅いんですね」
透花が心配そうに見てくる。
俺は、早朝に走り込みを行っていたり、朝は基本的に早いほうだから、登校時間も必然的に、平均よりも早くなる。ほかの生徒より、自宅が近いっていうこともあるしな。
それで、その時間帯は、ほとんど毎日変わらない――っていうのも、朝起きて、走り込みだのをする時間がいつも同じだからだ――わけだけど、今日は少し遅くなっていたからな。ああ、タイムがってことじゃなく、起床時間がってことだけど。
「まあ、ちょっと考えごとがあってな」
透花には、まったく関係ないとは言わないけど、ほとんど、関係ない。
「そうですか。私でよければ、話し相手くらいにはなりますけど。聞き役くらいしかできないとは思いますが」
いや、さすがに、透花には話せないだろ。
いくら、爽司については、いつものこととはいえ、好きな相手の、惚れた相手だのなんだのなんて話、積極的に聞きたいとは思わないだろうし。少なくとも、透花に関しては。
もちろん、友達の話、なんてものに、幻想を抱いてもいないしな。
だいたい、透花とはほとんど毎日顔を合わせているわけで、俺の交友関係とか、誰と顔を合わせて話をしたのか、なんて、透花なら、すぐに思い浮かべられることだろう。そうすれば、誰の話なのかなんてことは、すぐにばれるわけで。
「気持ちは受け取っておく。なにかあったら、必ず、相談させてもらうから」
もちろん、爽司と白月に関係していないことについては、だけど。
幼馴染で、いろんなことを知っている仲とはいえ、秘密の一つや二つ、いや、十や二十、ないわけじゃないからな。
「あっ、試験の対策は頼む」
授業料だかなんだかを免除の特待生である白月は言うに及ばず、透花も成績優秀であり、高校受験のときには、俺も爽司も、足を向けて眠れないくらいには、世話になった。
もちろん、俺や爽司、白月とは違って、透花は女子バスケ部に所属しているから、その兼ね合いもあって、都合がつくかどうかはわからないし、無理はしてほしくないけどな。
「はい」
透花は少し考えるようなそぶりを見せ。
「もちろん、それはかまわないのですが、それでしたら、茉莉ちゃんにも声をかけたほうが良いと思います」
透花の言うことはもっともで、成績優秀者かつ、部活にも、外部団体にも所属していない白月のほうが、都合のつけやすさという点で考えたなら、圧倒的に上だろう。
「……あー、まあ、そうだな。白月にも声はかけてみるから」
こんな中途半端なままに頼み事というか、誘ってもかまわないのかと考えもしたけど、結局、教室での席は前後しているわけで、どうせ、顔は合わせることになるんだから。
むしろ、白月のほうからぜひ、なんて言ってくるんじゃないかと考えると、なんとなくじゃなく、利用しているような、罪悪感めいたものに囚われなくもないんだけど。




