告白と告白
「なあ、朔仁」
翌日、いつものように放課後、うちの道場で門下生たちと鍛錬をこなし、皆が帰った後に掃除をしていると、爽司が一人で戻ってきた。
「どうした、爽司。忘れ物か?」
一応、皆が帰った後に確認はしてるつもりだけど、財布だとか、スマホだとかはなかったと思ったが。
「忘れ物……いや、物じゃないんだけどな。話し忘れてたことがあってよ」
話し忘れたこと?
新しい彼女ができたとかって報告なら、今すぐじゃなくても、というより、いちいち、報告してくれなくてもかまわないけど。
そもそも、明日も学校で会うわけで、そんなに急な用事がなにかあるのか?
しかも、一度、帰ったふりをして、他の門下生が帰るのを待ってまで。
「そうか、急がないなら、ちょっと待っててくれるか、すぐに掃除を終わらせるからよ」
掃除っていっても、道場の床の雑巾がけだけどな。
「ああ……いや、俺も手伝うから」
普段、他の門下生に掃除までやらせることはない。
実際、ある程度のまとまりがあるとはいえ、最後ともなると、結構遅い時間になるし、そこから掃除までして……なんてことになると、それこそ、俺たちのほうが警察の厄介になりかねない時間になる。
俺なら、自宅の敷地内から出ることはないからな。
まあ、年末とか、そういう日には、一年への感謝ってことで、その日にいるやつらで大掃除でもないけど、それなりに気合入れてやるけど。
もちろん、普段からやってもらって、全然困ることはないし、むしろ助かるわけで、爽司の提案を断る理由もない。
「助かった、爽司。それで、話ってなんだ?」
だから、掃除を終えて、余計な話をしたりはせず、本題に入る。
そのあたりは、爽司もそのつもりだったみたいで。
「朔仁。俺、好きな人ができた」
「またか」
ついこの間まで、なんとかって先輩と付き合ってたんじゃなかったか?
「そんな顔するなよ。先輩も、受験に本腰入れるってことで、寂しいけどって別れたんだよ」
「そうか」
べつに、そっちの事情は聞いてない。
「今度はどこの誰なんだ? また、べつの先輩か? それとも、他校の後輩か? もしかして、同級生じゃないだろうな?」
透花からはなにも聞いてないけど……それは、相手が透花ではないってことなんだろうな。まあ、いまさら透花が過剰に反応するとも思えない。
いや、爽司はまだ、好きな人ができたって言っただけで、告白したとか、好き合ってるなんてことは言ってないな。
なら、まだ、可能性はある……のか?
「いや、白月だよ」
「白月? 白月茉莉?」
それは、ひと月とか前から言ってないか?
いまさら、あらためて聞かされるようなことじゃないと思ってたんだけど。
「ああ、うちのクラスの白月茉莉だ」
それは、知っている。多分、他の誰か、なんてあやふやな相手よりは、ずっとよく。
「いや、雰囲気から察してたけど、まだ告白してなかったのかよ」
爽司にしては珍しいんじゃないのか?
「いや、今回はマジのやつなんだって」
「それは、いつも言ってないか?」
だからこそ、俺は、透花に対する爽司の態度こそ、マジのやつだと思ってたんだけど。すくなくとも、ある程度以上は。
そして現状、白月と透花はそれなりに良好な仲だと思う。
「それにしては、いつもより期間をかけてたんじゃないのか?」
いつもなら、知り合った時点でナンパしてたはずだ。
それが、今回は、数か月挟むという、一段置いている。もちろん、入学してすぐと言ってもいいころ、先輩と付き合っていたから、あんまり、気にするようなものでもなはずだ」
まあ、それはいい。
「それで? 今回は、なんだって、告白もする前に、俺に声をかけに来たんだよ」
誰々と付き合った、付き合ってる、みたいな事後報告は結構受けるし、受けないこともある。誰のことが気になる、みたいな話もな。
けど、告白しようと思ってる、なんて、そんなあやふやとも言える状態を俺に伝えてきたことはない。
「まさか、協力してくれ、なんて言わないよな?」
七原爽司が、俺に。
一歩譲って、透花に告白しようってことなら、俺に協力できることもあるだろうけど、他の誰に告白しようってことでも、俺に力になれるとは思えない。たとえ、それが、白月であっても。
「いいや」
爽司は首を横に振り。
「そんなことは言わないし、頼まないな。べつに、なにってほどのこともない。それとも、気になるか?」
「なに言ってんだ」
なんだって、他人の腫れた惚れたの話を俺が気にするんだよ。
といったような、話を爽司とした日の翌日。
もはや、習慣と言ってもいい、むしろ、そんなことすら意識しないままに、白月と下校し、家まで送り届けたわけだが。
「もうべつに平気だと思いますが」
「それはそうだろうけど、一応な。なにがあるかわからないから」
知り合いだろうと、知り合いでもなかろうと、知り合ってから、白月が狙われた回数は呆れるくらいのものだ。
さすがに、数十回とか、百回を超える、みたいなことはないけど。というか、今の時点で百回を超えてたら、一日二回以上襲われていたり、会っていない日、たとえば、日曜日とかも数えていたりすることになるわけで。
そもそも、クラスメイトと、それもわりと近所のやつなら、一緒に登下校するとか、そんな程度のことに、大した理由なんて必要ないだろ。
まあ、爽司が好きだとか言ってたし、それはいつものあれだとは思うけど、そんな相手と、いつものこととはいえ、二人きりになることに、思うところがないわけじゃないけどな。
「そういえば、真田くん」
そして、そんな風に雑談めいた、明日の天気を知っているか、みたいな口調で白月は。
「私を幸せにできるのはあなたしかいませんから、私を幸せにしてくれる気概はありますか?」
さすがに、そこまで言われて、なんのことだかわからないほど、俺だって、鈍感だったり、馬鹿だったりするわけじゃない。
どうやら俺は立ち止まっていたらしく、隣を歩いていた白月の背中が視界に入ってくる。
数歩進んだ白月は振り返り。
「……おまえは、天上界の人間かよ」
自尊心どうなってんだ?
誰がこんなモンスター作り出したんだ。
「私は白月茉莉ですが」
それは知ってるんだよなあ――って。
「なにしてんだよ」
白月は一歩、二歩と歩み寄ってきて、俺の手を掴む。
「ご覧のとおり、私はここにいます」
たしかに、白月に掴まれているのは感じているけど。
いや、まあ、白月のこの感じはいつものことだから、そう衝撃を受け続けてもいられないんだけどな。
それにしても。
「なんだって、俺に」
「理由はもう言いましたけど」
たしかに聞いたけどよ。
「それとも、もっと、いくつも理由が必要ですか? 意外と、欲しがりなんですね」
「なんだって?」
意外とってなんだ。あ、いや、俺が欲しがりだとかってことを肯定するつもりはないけど。
まさか、余計なストーカーがこれ以上現れないようにするための防波堤として、なんてつもりじゃないだろうしな。
そんな面倒なこと、白月茉莉がするはずがない。それは、短くとも、この一か月とか、二か月そこらの付き合いしかない俺でもわかる。
しかし、あまりにも、タイミングが悪すぎるというか。
もちろん、誰それと付き合うのに、他人の許可やら、承認やらが必要なんてことはない。それが、結婚ってことにまでなると、変わってくるのかもしれないけど。
白月はしばらく俺を見つめ続け、やがてため息をつくと。
「わかりました。今すぐとは言いません。ですが、近いうちに、好きにさせてみせますから」
いい顔をして――白月が美人で良い顔をしてるってこととは関係なく――そんな宣言をしてきた。




