名探偵じゃないから
まあ、まだ犯人が一人と決まったわけじゃなく、複数での可能性もあるけどな。
むしろ、一人であんな大胆な行動に出たんじゃなく、仲間と一緒だったからこそ、気が大きくなってやったというほうがしっくりきたりもする。複数人での行動のほうが、時間も短縮できるし、罪悪感やら、罪の擦り付け、連帯感も出てくるしな。どれもくそみたいな理由だってことに変わりはないけど。
さっさと名乗り出て、言いたいことを言って、仲直りとは言わずとも、決着つけて進んで行けるならいいけど、出てこないってことは、自分は悪くないと思っているのか、やったことを忘れているのか、怒られることを恐れているのか。
その程度、やろうとした時点で覚悟っていうか、想定しておけって話だけど。
もしかして、誰もびびってとか、我関せずとか、見て見ぬふりで済ませるだろうとかって考えていたんだろうか。
白月本人が対処したなら、表面的にはまったく気にせず、淡々と片付けて、何事もなかったかのように振舞ったかもしれないけど、知っちまった以上、無視はできない。
犯人探しなんてどうとか、悠長なことは言ってられない。実際に、被害を受けてるやつがいるんだから。
それは、白月だけのことじゃない。もちろん、俺ってことでもなく。
たとえば、今、俺に疑われているやつらとかな。ようするに、少なくとも、クラスメイト全員だ。
今の段階では、情報はまったく集まっていないんだから、全員が容疑者と言える。もちろん、調べればすぐに外れるやつらが大半だろうけどな。
犯行時刻は、昨日の放課後、白月が帰ってから、今日、俺が登校してあの状況を目にするまでの間。
俺たちよりも遅く帰ったやつらに関しては、部活で残ってたやつらが当てはまる。
ただし、男子で、運動部に所属しているやつらは、着替えるのにこの教室を使うわけで、もちろん、そいつらが全員共謀しているってことなら話は違うけど。
俺は警察でも、探偵でもないし、捜査のノウハウなんてものは持ち合わせていない。
聴取がうまいわけでも、話しやすい雰囲気を持っているわけでもない。
アリバイって意味で、俺が確実と言い切れるのは、一緒に帰っている白月と、ホームルーム終了以降、帰宅所要時間、うちまで来る時間を考えたとき、昨日もうちに武術の稽古をしにきていた爽司。それらの証明は、昇降口に構えている事務員が証明してくれるだろう。俺たちが、帰った後、再び登校して来ていないことは。
さすがに、うちでの稽古が終了した後には、最終下校時刻を過ぎているか、丁度くらいなわけで、そこから、学校に戻ってきてというのは考えられない。最終下校時刻を過ぎた後は、そもそも、校舎に立ち入ることができないはずだからな。
「昨日、一番最後まで残ってた部活って、どこだ?」
俺は部活に所属しているわけじゃないから、その辺の事情には詳しくないけど、うちの教室がどこかの部活に使用されているって話は聞いていない。そもそも、一年一組は校舎の中で最上階で、部活なんかで普段使いするには使いにくいだろう。もし、可能なら、一階とか、二階とか、なるべく面倒のない場所を申請することだろう。
それこそ、音楽室とか、パソコンラウンジみたいに、そこから動かすことができないわけじゃないんだから。
「そう言われても、なあ?」
クラスのやつらは顔を見合わせる。
まあ、ここで名乗り出てくるくらいなら、最初から白状しているか。
ただし。
「部活の顧問はその部活が終了して、全員帰宅するまでは残ってるはずだから、職員室まで確認に行けば、ついでに、昨日誰が出席したとかって事情も把握できるとは思う」
そこまでやらないのは、話してくれればわかることを、わざわざ、時間をかけるのが無駄だと思っているからってだけだ。
「運動部だからとか、昨日、最後まで残ってたってだけで犯人扱いされるのは心外だな」
同じような声が上がり、何人か頷いているやつらも見受けられる。
「べつに、犯人だと断定しているわけじゃねえ。こんなの初動の聞き取りだろう。教室に防犯カメラでもあって、記録が残っているとかってことなら話は違ってくるかもしれないけど、そんなことはないから、結局、事実を明らかにして突き詰めていくしか、方法はないんだよ」
物語に出てくる名探偵とかってことじゃないんだからな。
俺だって、こんなガキの遊びに付き合うような暇はないし、そんなことするくらいなら、他のことをしたいとも思う。
けど、目にしてしまった以上、無視はできないだろうが。だったら、解決するしかないんだよ。
「もちろん、クラス内に犯人がいるかどうかも、なにもわかってない。もしかしたら、生徒ですらなく、職員――それこそ、教師とか、事務員とかの仕業かもしれない。ただ、一つ言っておきたいのは、クラスメイトが悪意に晒されて、実際に被害まで受けたんだぞ。犯人の、動機もなにもわかってない以上、明日は我が身かもしれない。それでも、放っておくのか?」
明日の我が身、なんてことを考えなくても、他人が困っているなら、手を伸ばしてほしいところだけど。
見て見ぬふりをするのが、この場合、良い選択だとは思わない。
「白月にそんなことをするようなやつってことで、思い当たることはなにかあるか? 理由とか、動機って話だけど」
「とりあえず、ぱっと思いつくのは、僻みとか、嫉妬とかってことじゃね?」
爽司が声を上げ、クラスの視線がそっちを向く。
「たとえば、成績とか、告白されただとか、ふっただとか、そういうこと。それにしては、方法が幼稚すぎるってことは確かだけど、誰かがやったことは間違いないんだろ」
怨恨、とまでは言わなくても、ってことか。
これをだけとは言いたくないけど、結局、なにも入っていない机と椅子にゴミ――しかも、そこまで汚れるようなものでもないようなゴミ(たとえば、生ゴミとか、生き物の死骸とかみたいなものじゃなく)をぶちまけただけだしな。
もちろん、それだって、被害としては十分過ぎるけど。どの程度なら問題ないとか、そういう話じゃないからな。
「朔仁が片付けたんだろ? なにか、気がついたりはしなかったのか?」
「いや、全然気にしてない。とにかく、さっさと片付けることに気をとられていたからな。そういう意味じゃあ、俺より先に登校していて、その光景をずっと眺めていたままだったやつらこそ、なにか、気がついているとか、発見していたことなんかがあるんじゃねえのか?」
第一発見者ってことになるんだろ?
俺は普段どおりに登校した。つまり、普通なら、教室には一番乗りできるはずだった。もっとも、そんなことにこだわってるわけじゃないけど。
それはともかく。
「い、いや、俺たちも、教室に入らずにその場で見ていただけだから」
「ここから見えるのもそこまではっきりとはしていないし、せいぜい、ごみが散乱しているなあとか、そんな程度で」
正直に言えば、関わっていたと思われたくないから、手を出してはいなかったってところだろう。
もし、片付けでも始めていて、その最中にでも誰かに見られたりしたら、自分たちが犯人にされかねないからな。
あるいは、片付け終えていたとしても、白月の席をどうこうしていた不審者ってことで、突き上げられかねない。
ようするに、冤罪を確実に避けるために、まったく関わらずにいたってことだ。
「何時に来たとかって覚えてるか? そのとき、教室の扉が開いていたとか」
鍵はかかっていなかったんだろうが。




