犯人捜しは
教室に座席表なんてものが掲示されていたりはしないが、席の並び順は出席番号のとおりだから、誰の座席なのかってことを特定するのは簡単だろう。
おそらくは、うちのクラスだけじゃなく、どのクラスでも同じだろうから、これはクラス内の人間の仕業とは限られない。まあ、まだ、愉快犯とかって可能性はあるわけだけど。
そもそも、生徒なのか、教師なのか、あるいは、ほかの関係者のしでかしたことなのかさえ。
幸いと言えるのか、白月自身はあの状態を見ていないし、普段から人目を集めるやつだから、こうしてクラスメイトがちらちらと視線を送っているような様子でも、たとえば、学生生活に支障が出るようなことには――。
「真田くん。もしかして、今日、なにかありましたか?」
昼休み、俺が机に突っ伏していると、白月が後ろから突っついてきた。
まあ、気づかないわけもないだろうと、薄々、思ってはいたけどな。
さすがに、寝たふりなんかじゃあ、誤魔化せないだろうな。もちろん、イベントの類について聞いているわけでもないだろう。
それでも、一応。
「そりゃあ、授業があっただろ」
「そういうことではなく。普段とは違う視線が混ざっているように感じられていたので」
もちろん、白月は俺のことなんて、たまたまとか、一人のクラスメイトとして見ているだけで。
前は視線とかには鈍感だろうと思ってたけど、実は、そうでもないのかもしれない。あれは、意図してのことなのかもしれない、と少し思えたりもした。
とはいえ。
「それなら、そういう視線の主に聞けよ。なんで俺に聞くんだよ」
俺に聞かれてもわからない。
そもそも、俺にはそんな、視線を特定する、みたいな特殊能力はないし……多少、人とか物の気配がわかったりはするけど、そんなもんだ。それだって、あくまで、武術的な……まあ、結果が同じなら、それは関係ないだろうけど。
向けられてくる視線がわかるなら、こうして開けた教室内でのその先の特定なんて、簡単だろう。
もちろん、教室内でなら、クラスメイト同士で話しているかもしれないし。
「もちろん、真田くんが知っていると思ったからです」
どうしてここまで自信をもって言えるんだろうな。
とはいえ、それに対しての俺の意見は変わらない。
「その答えは朝と同じだ。それ以上は、今は言うつもりはねえよ」
犯人が見つかってからでもいいだろう。下手に、心労をかける時間を増やしたところで、良いことなんてなにもないからな。
どうせ教えるんなら、この件に関しては、後からでも同じだろうし。
「……わかりました。真田くんがそう言うのでしたら、今はそれで納得しておきます」
ただ、白月は聡いやつで、多分、俺の、口にはしなかった内容まで、完全ではなくても、察していたんだと思う。わりとあっさり、引き下がった。この場では、そうしてみせただけだとしても。
過去にもそういう経験をしたことがあったのかなんてことまではわからなかった(積極的に聞くつもりもない)けど、少なくとも、今は。
それよりも、今は目の前で起こっていた事態、なんでそんなことが起こったのか、誰がやらかしたのかって動機の解明のほうが重要だ。つまり、再発の防止だな。
たしかに今日は誤魔化せたかもしれないけど、これが続くようなら、絶対、誤魔化せなくなる時がくる。今日の犯人だって、繰り返さないとは限らない。そのときでいいか、なんて思えない。
起こったことは変えられないけど、これから起こさないとか、広げないようにする努力はできる。まあ、あくまで予防に過ぎないって言ったら、そのとおりだけど。
俺たち、一年生の教室は校舎の四階。普通に考えたなら、他学年の人たちが来ようと思うような場所じゃない。
「爽司。上級生の中で、白月に対する情報ってどの程度出回ってるか知ってるか?」
「容姿のことなら、噂程度なら、誰でも知ってるんじゃないか?」
爽司はあっさり答えた。まあ、クラスメイトで毎日見てるからってことを抜きにしても、白月は特別に見えるからな。
実際に見たことがあるかどうかは別にしても、学内での噂程度なら、回るのは一瞬だ。
教室移動や体育の授業、あるいは、全校集会だってある。すでに、入学からひと月以上は経過していて、完全に、毎回休んでいたなんて人もいないだろう。
そもそも、噂なんだから、完璧に、全員が知っている必要はないわけで。
結局、そっちからは犯人を絞り込めたりはしないか。
「一人一人聞いて回るか?」
「爽司がそれで判断できそうだってことなら、あとは、そもそも、そんな事ができるのかって話で、可能だって思ってるなら、任せるけど?」
少なくとも、俺にはできそうにない。
一人一人って、クラスメイトってことじゃなくて、学校関係者全員って意味だろ? 世間的っていうか、外から見た場合にはただのクラスメイトに過ぎない俺たちには無理だろう。
手間がかかりすぎることもあるし、まあ、それはまだいい。仮に、訪ねて回ること自体はできたとして、正直に話してくれなくちゃ意味がないしな。
もちろん、放送室を占拠して、この件を大々的に流してもあまり意味はなさそうだ。むしろ、混乱させるだけ……いや、混乱させるなら、それだけでもまだましで、誰も興味を持たないなんて可能性すらある。つまり、無駄骨だな。それなら、まだ、直接聞いてまわるほうが可能性はありそうだ。
「こういう場合、指紋とか、上履きの型とか、そういうのから調べるものなのかな?」
「上履きは指定だから無理、というか、意味ないと思う。靴はばらばらだけど、それで調べても意味はないだろうな。そして指紋はそもそも、そういうのって、素人でもできるものなのか?」
なんか、シャーペンの芯を削った粉とかで、簡易的に浮かび上がらせる方法があるとか、ないとか。
まあ、靴跡も、床にはっきり見える形では残ってないからな。
もちろん、落ちてる髪の毛なんて、なんの参考にもならない。
「わからないからこそ、試してみても、いいんじゃないか?」
失敗しても、掃除くらいで済むだろうし、やり方はネットに転がっているだろう。方法があれば、だけど。
「そう、かもな」
たしかに、ともすれば、クラスメイトを疑うってことだしな。爽司はとくに躊躇なく提案してきたけど。
「いや、やっぱり意味ないだろ。俺たちにどの指紋が誰のものだなんて特定できないんだから」
警察のそういう部署じゃないんだから。
同じように、髪の毛が落ちているとかでも、無理だ。
誰のものかわからないのと同じように、いつ落ちたものなのかも、手がかりはないんだし。
それにしても、専門の知識とか、技術なんかが必要なわけで、俺にはない。俺が考えることでもなく、誰かに任せる案件だ。
もちろん、その後でこの話の詳細というか、顛末的な話は聞く権利があるだろうけど。
「やっぱり、地道に調べるしかないな」
捜査は足で。
たとえば、先週末、最後に使ったのは誰なのか。
昨日とか、今日の早朝には、巡回したりしていないのか。
そもそも、どこから、あのごみは出てきたのか。掃除は毎日しているけど、当然、終わりにはゴミ袋は変えているし、そもそも、昨日は休日で掃除もない。
わざわざ、白月の席にぶちまけるために集めたのか? それは根性があるけど。
家から持ち込んだ?
そんな荷物を持っていたやつがいるのかどうかは、聞いてくる必要があるだろうけど、どう考えても、一人しかいないだろう、そんな挙動、調べられたらすぐに露見することは自明だろうし、そんな手に出るとは思えない。
 




