腹の探り合いをするつもりはない
それより、さっきから薄っすらそんな気がしていたんだけど。
「爽司。実は、そんなに白月と付き合いたいと思ってるわけじゃないのか?」
俺のことなんて気にしてない、あるいは、俺から気にしているような様子を感じられないってことなら、そのとおりだろうけど。
そもそも、入学前から白月茉莉を知っていた爽司であれば、入学直後だろうとなんだろうと、白月に臆するなんてことはありえないはずだし、あんなに目立つやつだったところで遠慮するような性格でもないだろ。
むしろ、進学直後で相手がいないならラッキー、とでも言いそうだ。
もっとも、白月茉莉についてのことなら、爽司なら、いつだろうと、誰と付き合っていたとかってことくらいは把握していそうだけどな。あるいは、噂程度なら、俺の耳にすら届いていたかもしれない。もちろん、爽司から聞いたとかってことじゃなく。
俺でも知ってるくらいだったんだから、他の中学での噂の広まりっていうのも、それなりではあったんだろうし。
「おいおい、朔仁。俺が、好みの女性と見れば、即座に声をかけるとでも思ってるのか?」
まあ、概ね。
「違うのか?」
というか、俺に爽司が女子に声をかける基準なんてわかるわけないだろ。
なんで、透花に声かけて真面目に付き合わないのかもわからないんだから。
ただ、爽司がどうしようもないナンパ野郎なのは間違いないと思ってるけど、くそ野郎だとは思ってない。
最低で、女の敵なのは間違いないだろうけど、それでも、絶え間なく女子と関係が続いていて、中には、一度別れてから、また付き合ったり、みたいなこともあるらしいし、本当に、よくわからない。
たしか、可愛い子なら声をかける、みたいに言っていたような気もするするし。
それでも、そんなこと、男として、なにかしら魅力があるから続けられるんだろうし。それがなにかは、さっぱり、わからないけどな。
たしかに、俺は爽司とは幼馴染で、近くにいたことは事実だけど。
「俺は可愛い子にしか声はかけない。あと、綺麗な人」
「そこは、気になった全員に声をかけておけよ」
選り好みするのかよ。いや、あたりまえなんだろうけど、最低だな。
決め顔で言って、顔の良さで誤魔化せるのは、相手が女の場合だけだからな? 少なくとも、俺には通じない。
「いやいや、朔仁。可愛いとか、綺麗って言ってるのは、なにも、顔とかスタイルが良いとかって話だけじゃないからな? 性格とかだって、真面目に考慮するから」
それは、性格が可愛いとか、そういう話なのか? それがどういう基準で言っているのかは、わからないけど。
「それで、俺が白月に声をかけたいと思っているかどうかはわかっただろ?」
「ああ。なんでかけないのかはわからないけどな」
まさか、しり込みするようなやつでもないだろうが。
「おいおい、朔仁。それは、白月が可愛くて綺麗で性格も良いやつだって認めるってことでいいのか?」
「うぜえ」
それはそのとおりだろうが。というか、白月を見てもなにも感じないなら、多分、男として、異性を見る目になんらかの決定的な違いがあるに違いない。
そもそも、その前提は爽司が自分で言っていたことを、俺はただ繰り返したって程度にすぎないつもりだったんだけど。
それから、性格に関しては、性格の良い奴というより、良い性格してる奴だと言われる類のやつだと思うんだが。
ただ順番を入れ替えるだけで、ここまでニュアンスが変わるとはな。言葉っていうのは、恐ろしいな。
それはともかく。
「爽司だって、可愛くて綺麗なら誰にでも声をかけるわけじゃないだろうが」
「どうかな」
いや、そこは素直に頷いてくれないと怖いんだが。法律とか、倫理とか、問題はいろいろあるだろうが。
というより、実際に、その理由では声をかけていないわけじゃない相手を、すくなくとも、一人は知っているからか。
まあ、透花のことについては、本人の気持ちを知っている(というより、見ていればわかる)し、幼馴染だけどそういう相手じゃなく、友人としてしか考えたことがないってだけで、客観的に見れば、綺麗だとか、可愛いだとか、そういう風に言われるだろうやつだってことはわかっているつもりだ。
あとは、現状、付き合っている相手がいるやつとか。誰と誰が付き合っているとかっていうことを、なんで、正確に把握していたのかっていうことまでは、知らないけどな。それとも知らないでいた俺のほうが鈍感すぎるだけで、実は、そんなことは、クラスとか、学年が一緒なら、誰でも気づいていたのか?
まあ、この場合、爽司がどうかってことじゃなく、俺がどうなのかって話だから、どうでもよかったんだけどな。爽司のナンパ事情についてどうでもいいと思ってるのは、いつものことだけど。
「俺のほうこそ、そこまで考えていながら、朔仁が女性に――白月に声をかけない理由のほうがわからないけどな」
「いや、爽司じゃないんだから、そんなに簡単に、好きだとか、付き合おうだとか、そんな風に考えるわけないだろ」
そして、爽司には――というか、他の誰にも――言ってないことだけど、白月の事情を考えたなら、おいそれと、気軽に声をかけられるようなこともない。
事情を知る前ならできたのかって聞かれても、答えは変わらないわけだけど。
つまり、白月に関しては、結局、声をかけられはしないことになる。
「それに、他のことを一旦余所においておくとしても、爽司が気になるって言った相手に、俺が声をかけると思うか?」
「べつに、誰を好きになったとか、惚れただなんだのは、自由っつうか、わかっていて理性で留められるようなもんじゃないだろ? つうか、理性で留められるなら、それは恋愛ってまでは発展してない感情ってことだ。あくまで、持論だけどな。だから、俺は朔仁が誰に声をかけようと気にしねえよ。相手に遠慮してばっかりなら、それは友情じゃないだろ?」
まあ、一歩譲って、そればかりの関係になるよりは、正面からぶつかり合ったほうが良さそうだと感じるのは、べつに、戦闘民族ってことじゃなく、爽司相手にはそういう関係でいたいと考えているからかもな。
ただ、だからって、なんでもかんでも言えるかっていうと、そうでもないけど。
「それに俺は……いや、いいか」
爽司は思い直したように。
「俺だって、朔仁に言わないこともあるし、それは誰だって同じだろ?」
そこまで聞いて、俺はなんとなく。
「爽司。おまえ、なんとなく俺のことを誘導しようとしてないか?」
どこにとか、なんのためにとか、そういうことはわからないけど。
言葉どおり、なんとなく、あえて言うなら、幼馴染として長く付き合ってきた直感か?
爽司は小さく笑い。
「それはどうかな」
「否定はしないんだな」
俺相手にその程度で誤魔化せると……いや、誘導しようとしてるなら、あえて、誤魔化さないで、俺に気付かせたってことなのか? 俺が爽司との付き合いが長いように、同じ年月だけ、爽司にも俺と一緒に過ごしてきた時間があるわけで。
だけど、所詮はそこまでだ。多分、女性との関係のなんらかだろうとは思うけど、俺の経験不足のためなのか、爽司が具体的になにをしようとしているのかってことはわからない。もちろん、他人の頭の中を覗き見ることなんて、誰にできることでもないんだけど。
とくに、そっちの方面で、爽司と腹の探り合いをするつもりはない。
せいぜい、俺にとって致命的な話じゃあないんだろうと思えるくらいだ。そして、それならそれでかまわない。




