爽司のナンパ講座
本人がそれで幸せだっていうなら、それでいいんだけど。
さすがに、そんなところにまで責任は持てないからな。いや、でも、幼馴染に悲しんでほしくないってことはあるから、やっぱり、自衛くらいはしっかり意識を持たせといたほうが良いかもな。
「朔仁。幼馴染に対して容赦ないな」
する必要を感じないからな。むしろ、幼馴染だからこそ、だろう。
それに。
「うちの道場に通ってきてるんだろうが。それなのに、素人の接近を許して、危害まで加えられたってことなら、周囲への注意力が足りてなかったってことだろ」
なんのために、武術を習ってきているんだよ。
そりゃあ、相手も達人だったとか、そういうことなら話は違ってくるかもしれないけど、そうじゃないだろ?
俺としては、そう思ったんだけど。
「それは朔仁が脳筋だからだろうが」
「朔仁の基準で考えてたら、誰だって、危機感足りてねえよ」
「誰でも彼でも、突然、後ろから物投げられても反応できるわけじゃねえんだからな」
なんで俺に飛び火してんだよ。もともと、爽司の女関係の浮気だのなんだのって話だろうが。
「俺のは真っ当な言い分で、おかしいのは爽司のほうだと思うんだけど」
話がずれすぎじゃねえか?
べつに、門下生が元気なことをどうこう言うつもりはない、どころか、活気があるならそっちのほうが良いとも思ってるけど。
「俺のどこがおかしいって言うんだよ?」
爽司は心外だと言うように両手を上げるが。
「そりゃあ、彼女が途切れないところだろ」
「何人も付き合ってることだな。おまえのところに集中してるから、俺のところに回ってこないんだろ」
「おまえが自分自身でおかしいと思ってないのが、一番、おかしいところだよ」
滅茶苦茶に言い返されていた。もちろん女子からじゃない。男子からの反応だ。女子はと言えば、完全に無視を決め込んでいる。正しい反応だろう。
まあ、俺としても、門下生たちの言い分に、とくに反論する気はないわけだけど。
とはいえ、俺の意見としては、爽司の一番おかしいところはそこじゃない……あるいは、ある意味では、同じことかもしれない、か。それを指摘したところで、返答はわかっているから、繰り返したりはしないんだけどな。
透花に対して、過保護なんてことはないはずだけど、口出ししすぎるのは良くないだろうしな。少なくとも、透花がどうしようと決めて、自分から動かないでいるうちは。
「おまえらがモテないのも、そうやって、人をすぐに悪し様に言えるところだろうけどな」
もちろん、男に対して、ただ黙って言われっ放しでいるだけの爽司じゃあないわけだが。
「なっ、俺は他人を批判してるわけじゃなくて、爽司をこき下ろそうとしているだけだ」
「そうだそうだ。男と女の敵、つまり、人類の敵ってことだろうが」
「これは悪口じゃねえ。七原爽司の生き様に対する忠告だ」
どいつもこいつも、好き勝手言ってるなあ。
誰と誰がどこの誰に、嫉妬しようが、惚れた、刺された、なんだろうとかまわないけど。
「おまえら、道場に来てるんだったら、稽古に集中しろよ。師匠も見てるだけじゃなくて、しっかり言ってくれ」
まじで、なにしに来てんだよ。
爽司のことを肯定するわけでも、味方するつもりでもないけど、脱線しすぎだろ。
こんなの、脳筋とか、それ以前の問題だろうが。
そして、師匠はちゃんと仕事をしてほしい。
「そういうことは、私に言われて気をつけるのでは意味がないからね。自分でなにをするのか、決めるのは自分自身なんだから」
たしかに、うちで来ることを強制しているわけじゃないけど。
技とか身体を鍛えるだけじゃない、道場に来ている以上は、心のほうも鍛えようと思ってもらわないと。心がないなら、それはただの暴力だからな。
ただ、それは、そういう方向に指導しない理由にはならないと思うんだけど……師匠が決めたことなら、弟子はそれを全うするだけなんだが。育成方針に口出しなんてことも、俺のすることじゃないし。
「まあ、でも、朔仁くんが促したりすることを止めたりはしないよ」
それも、心を鍛えるためってことか?
俺だって、稽古時間外はともかく、稽古相手として、面と向かい合ってる最中はそれに集中してもらいたいけどな。すくなくとも、俺の相手をしている間は。
ただ、師匠の手抜き感は否めないわけだけど。
「けど、稽古を指揮してるのは師匠だろう」
俺が稽古内容まで決めてるわけじゃない。
こいつらが余計なことにばかり気を取られて集中しきれてないからって、喝を入れる目的で、勝手に、乱取りを始めたりはできない。
いや、まあ、うちの修行自体が、そもそも、組手だってことなら、それはそうだけど。
「まあね。一応、月謝という形で報酬ももらっているわけだし、導くのも仕事なんだけど」
そもそも、道場には女子も来ているわけで。人数は少ないとはいえ。
まあ、一緒に修行する相手に声をかけたり、男女交際って意味で付き合ったりっていうのが、あんまり考えられないって言うのなら、仕方ないけど。
実際、目の前でこんなあほな会話してる相手に告白されて、真面目に答えられるとか、受けられるとかなんて、考えられないだろうっていうことくらいは俺にもわかる。よっぽど好みとか、そういうことなら話は違うのかもしれないけど。
もちろん、ゆくゆくは、俺もこの道場を師匠から受け継ぐときが来るのかもしれないとは、考えることもないわけじゃないけど、それは、まだしばらく先のことだと思う。
少なくとも、俺はまだ、試合形式で師匠に勝つイメージは持ったことがない。
師匠に勝てないのに後継者だとかなんてものは名乗れないからな。
「俺に彼女ができているのは、声をかけたり、遊びに行ったり、とにかく、一緒に過ごそうとしている努力の結果だろ? 俺だって、なんの努力もしてないわけじゃないんだぜ」
あたりまえだけど、爽司の言うとおり、なにもしないで彼女ができるわけじゃない……んだろう。爽司にとっても。たとえば先輩なんて、自分から声をかけにでも行かなければ、普通、接点を持つことすら難しいことだろうしな。
俺はそもそも、作ろうとか、そこまでしてどうしても欲しいとかって思ったことがあるわけじゃないから、あまり理解してないところもあるんだろうけど。
それが良いことなのか、悪いことなのかはべつにして、努力自体を認めるべきだとは思う。
ただし。
「よければ、声のかけ方とか、高校生の俺でもできるエスコート、デートの仕方とかでも、教えるけど」
「爽司。ナンパ講座は後で、せめて、稽古が終わってからにしてくれ。べつに、場所はここでも使ってくれていてかまわないから」
俺には出席するつもりはないけどな。あとは、なし崩し的に、俺の部屋に押しかけてくるなんてことがなければ、なにをしていようと気にしないから。いや、幼馴染として、あるいは、友人として、最低限の心配はするだろうけど、そんなことは、わざわざ、あらためて言うことでもないしな。
しいて言うなら、少しは透花のことも考えたらどうかってことだけど、それこそ、俺から言うことか? って気はするし。
「ナンパ講座なんてものじゃないけど。朔仁は気にならないのか?」
「自分で言うな。気になるはずないだろ」
いや、本当は、この間の雨のときに白月と遭遇したときから、爽司の話も少しは聞いとくべきだったかと思ったりはしているけど。
「そうか。朔仁がそうなら、俺にも都合はいいけど」
なんの話だ? どう関係があるんだ? 俺とナンパに? とは思ったけど、やっぱり、それも興味はなかったから、突っ込んで聞いたりはしなかった。
 




